第3話 生肉は規定通りに加熱しよう

「前回は少々トラブルもございまシたが、まあ高度の柔軟性を維持シつつ臨機応変に対応出来まシたよね」

「要するに行き当たりばったりだったということですか……?」

 数日後。オイカワさんにふたたび呼ばれて、またしてもオイカワさんがお住いのタワーマンションの一室にやってきた。オイカワさんが銀河の英雄の伝説のような事を言い出したが、前回のあれはオイカワさん的には上手くいっていたらしい。

「洗浄殺菌を無事に終えまシたところで、私の素材からする地球上の肉類を参考にシて、それらの安全性も確保シなければならないのではないかと思ったのデスね。ニンゲンさまはうっかり生肉を食べると、腸管出血性大腸菌やサルモネラ属菌やカンピロバクター属菌他、様々な食中毒起因菌により体調不良をおこシかねないそうデス」

「そうですね、加熱不足で食中毒というのは聞きますね」

「その対策のため、肉類ではお召シ上がりの前に、一定の温度で一定時間加熱する、という方法があるのデスよ(「食品、添加物等の規格基準」(昭和34年厚生省告示第370号)参照)。それを今回は実践シようかと思うのデスっ」

 そうして今回は、浴室の隣の小部屋前に案内された。ドアが透明なガラス張りなので中が覗けるが、……小規模なサウナ? を思い起こすような室内で、何らかの操作パネルがドアの横に設置されている。

「加熱温度にはいろいろ条件があるようデスが、今回は中心温度について、63℃で30分以上経過という条件に沿うことにシてみまシた。ここ数日は、私の密度と体積において、その条件を十分に満たす事の出来る温度と時間を、繰り返シ検証シていたのデスよ」

「中心温度?」

「そうデス、私の中心部分の温度デスね。表面の温度だけ測っても、奥まで火が通っているか判りませんからね。もちろん現場で運用する際は、表面部で何度になっていれば中心部分も条件を満たす、というモニタリングの方が効率的なのデスが、なにぶん再現性を確認するのが手間でシて」

「何ですか現場って。……え、ていうか中心温度ってどうやって測ったんですか?」

「おや、だってニンゲンさまは内部に通じる、便利な穴があいているではないデスか。私のいつも使っている棒状の温度計が直径3.5センチ位なのデスが、たまたま差シ込むのにサイズも大変丁度よかったのデスよ~~」

 さらっと言い放ったオイカワさんを、前にして――……えっと、人間で、直径3.5センチ位の棒状のものを、突っ込みやすい……穴……

「そこに温度計を突っ込んで測りまシたっ。いやはや、今回やってみて初めて知りまシたが、ニンゲンさまには実に棒を突きさすのに、とってもちょうどいい穴があるものデスよねえ。今後も研究には活用シようと思いまシたデスよ」

「あの。……オイカワさんって女子なんですよね?」

「はい、そうデスよ~~。ニンゲンさまの女子を模シておりますよ」

 ………………。

 いやいやいや、深く考えてはいけない。ちょっと深く考えるのはやめとこう。

「さてさて、その検証から導き出シた温度と時間の設定で、私をこんがり加熱すれば、ニンゲンさまにとって食中毒起因になるようなものが、きっちり死滅できるという訳なのデスね。そこでこの家にもともとあった、ご家庭用サウナとかいう小部屋を改造シて、食材まる焼き部屋を用意シたのデスよっ」

 じゃじゃーん、とドヤ顔で小部屋を示してきたが、いやネーミングセンスよ。

「ではさっそくデスね」

「うわちょっと!?」

 オイカワさんが唐突に制服を脱ぎ始め、……ブラウスとスカートの下から現れたその肢体は、先日の下着……では無かった。ほぼ面積が無いに等しい、広い意味で言うとボンテージファッションの類と言えなくもなく、見たままで言うとほぼ紐が身体に巻き付いているという……おっ、先端と局部はギリギリ何とかうまいこと見えていない、これならセーフセーフ……いやもうそういう問題じゃねえ~~~~!!

「なっなななっなななんで……なんですかその服……服ですか!??」

「おや、肉料理を作る際にはこのように縛る事で、形を整えて火の通りを均一にするもの、と文献で見たからデスが。ちょっとタコ糸というもので縛るのは難シそうだったので、地球で一般的に取り扱われているという、ニンゲンさま専用の拘束具というものを用意シてみまシたっ」

「え、えええ……」

「確かに加熱が不均一デスと、十分に菌類などが死滅できていない可能性がありますものね。理にかなっておりますデスね」

 解釈次第で奴隷とも女王様とも見れそうな格好で、うんうん、と頷くオイカワさんに、残念ながら俺は、それはちょっと違うと思います、という根拠を説明し切るだけの語彙力を持ち合わせていなかった。国語を学ぶことの重要性をこれほどまでに痛感する機会がこんなところに存在していたなんて、誰が予見できただろう……

「これで私を十分加熱致シますので、その後であれば、飯野さんにもご安心シてお召シ上がりいただけると思うのデス。少々お待ち頂きますが、すぐ終わりますので、宜シくお願いいたシますね」

「えっと……俺はここで待ってればいいの?」

「そうデスね、加熱中は特にやることもないので、少々お待ちくださいデスよ。で、終わったら適切に加熱が出来ているかどうか調べないといけませんので、温度測定はお手伝いくださいね」

「ん……?」

 温度測定って、さっき言ってた方法……って、あの、それ、相当絵的に……あの、問題が……

「では、私が入りまシたらその操作パネルで、スタートキーを押シていただけますかっ。もう設定はシてありますから、スタートすれば自動で始まりますデスよ」

「えっあ、ちょっオイカワさん!?」

 聞き返す間もなく、ぱたん、――がちゃん、とドアが閉まり、分厚いガラスの向こうで紐姿のオイカワさんが、にこにこと手を振っている。……うう、ひとまず仕方がない……加熱が終わった後のことはもう、加熱後に考えよう……!

 半ば投げやり、成り行きに任せて、ドアの隣の操作パネルを眺める。確かに既に温度と時間は設定済みらしく、何らかの数字などが運転開始を待つかのように、ちかちかと点滅している。……なるほど、俺は他のボタンより大きめにわかりやすく設置されている、このスタートキーを押すだけで良いという事か。

 起動前にふと、オイカワさんを眺める。ガラスを隔てて、高温で熱せられる部屋が存在している。……オイカワさんは人間じゃないということなので、大丈夫なんだろうけど、……63℃で30分以上って、一般的な人間なら、まず間違いなく死にますよね。

 なかなかスタートを押さない俺に、オイカワさんが首をかしげだす。何か口をぱくぱくさせているが、相当分厚いガラスに阻まれ、その声は聞こえない。オイカワさんもそれに気が付いたのか、どこからともなくスケッチブックらしきものを取り出し『スタートキーを押すだけデスよ~~』などと書いて、こちらに示してきた。

「いや……えっと……それ……」

 なんというか……この光景を見て、世界残酷ニュース系のオーブンや冷蔵庫に取り残された作業員とか、有名なネットミームとかが急に脳内を駆け巡りだした。……庫内に残された悲痛な引っかき傷……埋めつくす炎……やっぱり神様なんていなかったね……

「ど、どうシたのデスか?」

 何故かドン、ドン、――グシャっ、というやたらと規則的な幻聴まで聞こえ出し、頭を抱えだした俺に気付いたのか、オイカワさんが慌てて飛び出してきた。

「ちょっとすみません……なんというか……俺には無理です」

「なにかこの行動にトラウマ的なものが……!?」

 トラウマというか、現実的にこのボタンを押せる人間はそうそういない気がする。いや、もう、ほんと。

「うーん、まあそれでは私が内側から押すだけなので、別にいいのデスが」

「えっ」

 よく見たら、内側にもしれっと同じようなパネルが存在していた。凄い耐火性ですね、などと突っ込む間もなくあっさりオイカワさんは室内に戻り、ぴこ、とかわいい起動音を鳴らすと、――がちん、と重厚な施錠音が響き、室内は一気に、熱量を湛えた紅蓮の色に染まり――

「ちょっわっああああああオイカワさっ……!?」

『では少々お待ち下さいデス~~』

「うわあああ、スケッチブックやめてください!!」

 明るく熱く照らされる室内に、思わずドアのガラスをどんどん、と叩いて縋ったが、当たり前だがその程度では、分厚い強化ガラスは微動だにしなかった。一方、中のオイカワさんは汗ひとつかかず、ゲームキャラの待機モーションのようにほのぼのと横に揺れ、ローストを意識しているのか、時折くるくるとその場で回転する余裕まで見せていた。

 ……だ、大丈夫ってことでいいのだろうか……俺、骨が見えて爪が飛ぶまで、ガラスを殴らなくてもいいですかね……?

 こっちの方が滝汗を流しながら室内を見つめ、ほどなく――どこかお風呂が沸いたことをお知らせするようなメロディが響き渡り、がたっ、とドアが解錠される。解放された室内から、すっかり日焼け……いや焦げ……? たオイカワさんが現れた。

「ふぅぅ、いい火加減でシた。お待たせいたシまシた~~」

「だ……だいじょうぶ……なんですよね……???」

「もちろんデスよ。設定どおりに加熱を終了いたシまシたっ。あ、そうそう、ちゃんとモニタリングシないといけませんデスね」

 そう言うと、オイカワさんはどこからともなく、銀色に鈍く光る、太さ3.5センチ位の長めの棒状の機器を取り出した。さっき言っていた温度計か。

「こちら、当研究センターでも使っているものデスね。測定シたい部位に当てますと、その温度履歴が最長1年分程度自動で抽出できる、という温度履歴抽出機なのデスね」

「めっちゃくちゃ便利ですね……!?」

「ええ、ちょっと大判デスけど、耐熱10兆℃耐冷マイナス272℃までいけますので、星間のあらゆる環境に対応できるのが便利なんデスよね。で、これを私に挿入シて頂ければ、自動で抽出が始まりますので、ちょっと差シ込んで頂けますかね?」

「……な、どっどどどどこに!?」

「さっき話シた通り、ニンゲンさまには中心部につながる、この太さの棒がちょうど入る穴があるではないデスか」

「だ……なっ……い、いやっそれはその……」

「さ、お熱いうちに入れて下さいデスよ」

「――っ!?」

 オイカワさんはそう言うと、立ち尽くす俺の前に、すっと屈みこんで――

「ちょ……そういうのはちょっ……と、あのっ……!」

 その場に膝立ちになり――目を閉じて俺を見上げ、――あーん、とおおきく開いた口を向けてきた。

「…………。」

「……どうシまシた?」

「……あっ、そっか、喉ですね……! 口から差し込むということですね……!!」

「?? そデスよ。口内から喉、食道に通じているので、わざわざ開腹シなくとも、差シ込むだけで済むわけデス。とってもお手軽デスよね」

「あっああ~~……、はい、そそそそうですね、ええ、そうです……よねえぇ……」

 さも当然のように、一切邪気も下心も見えない微笑みを浮かべるオイカワさんに、……なんとも急激に恥ずかしくなり、体幹とその他がへなへなと萎れていった。代わりに熱がこもりつつある顔を晒しがたく、思わず座り込んでうつむく俺に「わ、なんデスか、疲れまシたか、それとも私、なにか間違ってまシたかね?」と、オイカワさんが頭を撫でてくる。

「はっ、ひょっとシてニンゲンさまには他に、身体の中心部に向けて、太さ3.5センチ位の長めの棒状のものを挿入する為に、さらに効率のよい穴があいているのデスかねっ。それならば是非ともご教授を……」

「いやいやいやいや何でもないです、口がいちばんいいと思います、上からの方が効率良いですよきっと」

「上から? 下からというのもあるのデスか」

「いやもうやりましょう、わかりました、やりますんで勘弁してください」

 またややこしい話になる前に、渡された温度計を握りしめる。……うう、これは温度を測るだけ、温度を正確に測るだけ……!

「じ、じゃあその、えっ……と、入れていいんで……すねっ……!?」

「はい、ゆっくり入れて頂けるとありがたいデス」

 膝をついて、かるく目を閉じて顔をあげ、口を半開きにし、俺の対応を待っているオイカワさんに、……これはこれでその……と思いながら、ささやかに棒状のそれを、口元に滑らせる。さながらアイスキャンディーなどを含んでいるような、まあその……日常でまだあり得る程度に咥えて貰い、しばし待ってみたが――

「……?」

「……」

「……んうっ、違います、そんなんじゃ足りないのデス」

 オイカワさんが上半身を綺麗に逸らせ、とぅるんと機器から唇を放し、ほぁ、と息を吐いた。眉尻を下げ、とろりと潤んだ瞳で、不満そうに俺を見上げる。

「もっと奥まで届くようにお願いシたいのデスよ……、このままだと冷めてシまうので、すこシ手荒でも構いませんから、もう私に思いっきり突っ込んでいただけないデスか?」

「おぁっ……えっとでもその、苦しいんじゃないかと思って……」

「中心温度を適切に測らないと、モニタリングにならないのデスよ。適切な調査及び安全確認のためデス、なにとぞお願いいたシますっ」

「んんんっ……!」

 こちらがためらうたびに、何か絶妙に丁度いい理由が出てくるのが上手すぎませんか、オイカワさんっ……!

「あ、じゃあ改めて測る前に、一旦バリデーションをシておきますよ」

「ば、バリデーション?」

「ちょっと温度計、そのまま持っておいていただけますかね。この温度計の便利なところがデスねえ、このように手を筒状にシて、上下に擦ると校正が出来るのデスよ~~、わざわざニンゲンの皆様がやっているような、沸騰シた湯と氷水などが無い状況でも手軽にできまシて……」

 オイカワさんの流暢な説明は『俺が握る棒状の機器の先端を、オイカワさんが左手でやさしく支えつつ右手で艶めかしく擦っていらっしゃる』という状況に負け、大変申し訳ないのですが大半は耳に入ってきていなかった。この温度計の開発者様に会うことが有れば、一体ナニをしているときにこの仕様をひらめいたのか、是非聞いてみたい。

「……ふ、さて、おっけーデスね。ばっちり正常によく反応シておりますよ~~」

もうほんと言い方よ。これで狙ってないのだから怖い。ほんと怖い。

「ではではお願いいたシます、……んぁ、そうそう」

 再び跪いたオイカワさんが、唐突に俺の左手をやさしく引き寄せ――自分の後頭部にあてがう。

「安定シないとやりにくいデスよね。私の後頭部を抑えて頂いたほうが、うまくいくのではないかと思うのデス」

「……んん~~~~……!」

 こ……これは……、正確に温度履歴をとるための行為であって……、一切、そういう……疑似的な……何かという訳ではな……くっ……!

 脳内を正当化で満たす事に集中し、左手でオイカワさんの後頭部を支えると――右手に握った温度計の先端を、――ぐっ、とオイカワさんの口内に挿入していく。ぬる、とした感覚で、目立った抵抗もなく滑るように沈み込んでゆく温度計を、オイカワさんも苦し気なく受け入れてくれ――……なにこれ……ほんと……犯罪行為に該当しませんよね、これ……?

「も、もういいですか、これっ……!?」

 耐えかねて聞いたものの、返事の代わりに――オイカワさんがふるふるっ、と小さく首を振り、温度計を握る俺の右手に、そっと手を重ねてきたと思ったら――その手に力がふいに込められ、――ず、ぐぐっ、ともうすこしだけ、温度計はオイカワさんのさらに奥の方に押し込まれていって――あああああ……

「……、う……んぅっ……」

 オイカワさんから、声とも息ともつかないものが漏れたとき、明るい電子音が……日本人にとっては、まるでポテトが揚がった時のような、軽快な音が鳴り響いた。オイカワさんがぱちっと目を見開き、温度計を口内から解放する。

「――はいっ、モニタリング終了~~デスよ。だいじょーぶデス、ばっちり予定通りデス」

 温度計の濡れた先端を、オイカワさんがティッシュでやさしく拭き取ってくれる。いや、ほんとさっきから、温度計の話ですからね。

「そ、そうなんだ……それは良かった」

「では、本題デスよね」

 にこっ、と微笑むオイカワさんに、――ざわっ、とこちらの身の毛がよだつ。……そう、色々あったけど、ここまではただの準備。このあと、オイカワさんの身体を、俺が安心して食べることができるのか、……それが本題なんだ。

「あ……えっと、本当に……やらないと駄目ですかね……?」

「はい、是非っ!」

「う……あの、オイカワさん……、俺……その」

「あそっか、このタコ糸代わりの紐、取らないといけませんデスね」

「っ!?」

 オイカワさんが、紐状の衣装の留め具をさくさくと外しはじめる。首、胴体、腰、と順番に外され、床にばらばら、――ぼてっ、と衣装の落ちる音が……

……なんか今変な音がしなかった?

「あ……あやっ」

 どこか間の抜けた声に、うっかり顔を上げたところ――そこに、半透明のスライムのような何かに、全身をぬらぬらと絡みつかれたオイカワさんがいた。

「って、ええええなんですかこれ!?」

「あ~~、ええっと~~、その~~、この身体を構成シている素材のうちのひとつ……と言いますかね……」

「えっじゃあ大丈夫なんです……!?」

 何故か気まずそうに頬を掻くオイカワさん。対象年齢高めのRPGでありそうな具合で、上手いこと局部にスライムが這っており、幸か不幸かギリギリ直視出来る状態ではある。

「いや~~、その、ちょっ……とその……素材の加工の際に処理が甘かったみたいでデスね~~、生き残っていたものが加熱シたら、外に出て来ちゃったみたいデスね~~」

「生き残り……えっどういう意味で……」

「えと……これはちょっと、星間内で要注意のスライムでシて……ニンゲンでいうと寄生虫が一番近いデスかね」

 ……ニュースでよく見かける、鮮魚類にみられるアニサキスを思い出す。白い糸状の幼虫で、うっかり食べてしまうと、生きた幼虫が胃壁や腸壁に刺入して食中毒を引き起こすとか言う……

「いやそれって大丈夫じゃないのでは……!?」

「まあ寄生虫というか、規制スライムというかデスね」

 何かうまいこと言ったつもりなんですか、それ。

「あっ我々のような生命体には無害なので、こんなことになっておりますが大丈夫デスよ」

「ということは人間には有害なんですか……あ、まさか服が溶けたりするとかですか」

 何故かオイカワさんが冷や汗? をだくだく流し出したので、ちょっと場を和ませようと思って言ってみたら、可愛いお顔をぱあっと輝かせてくれた。

「おお、そうなのデスよっ。このスライムはニンゲンに張り付くと、身体中のありとあらゆる穴から侵入シていって、 丁寧に内臓を溶かシ尽くすんデスが、何故だかガワだけは残すという習性がありましてデスね」

「めっちゃくちゃ危ないですよねっ!?!?」

「な、なので地球への持ち込みは厳厳厳禁なのデスがっ、今は私が抑えておりますのでっ……ここは私にまかせて逃げて下さいデスっ! すみません、じ、次回迄にはちゃんと安心して食べられるようになりますのでっ……!」

「そ、そんな、オイカワさんを置いていく訳には――」

「あ、すみません足元にスライムが」

 威勢よく一歩踏み出したところで、スリッパ越しに珍妙な弾性を覚える。――オイカワさんが紐衣装を脱ぎだした時、ぼてっ、と落下したスライムの破片だった。

「――っっっうわああああああぁあぁぁ!?」

「あわわわ、ニンゲンさまの皮膚に付いたら離れないデスから、いまのうちにお帰り下さいっ! そ、それから、わわわ私がこの寄生虫を地球に持ち込んだこともごごごごご内密にっ……、こここここれがバレると、管理と確認不足と諸々の違反で、ものすごーく怒られるのデスっ……さ、お早く!」

 だから無傷の筈のオイカワさんが焦っていたのか、……いやそんな場合じゃない、俺はスライムに捉えられたら普通に死ぬわけで……!

「じ、じゃあ俺行っちゃいますよ!? だっだだだ大丈夫なんですよね!?」

「ご安心ください、私たち生命体にとっては、スライムは美容法の一種なのデスよ~~、あっほらニンゲンさまにもありますよね、寄生虫を体内で飼うというような減量法が」

「それは本当にやばいやつだから絶っ対真似しないでくださいね!?!?」

 スライムを身体中にぬめらせながら、にこにこと手を振るオイカワさんを置いて――だってスライムの特殊能力で俺の身体を食い尽くされたら、オイカワさんとの研究はどうなっちゃうんだ、ライフはまだ残ってる、ここを耐えれば次回は勝てるんだから――などというモノローグを背負いながら、その日はオイカワさんのマンションを後にした。

 翌日、更に肌はつやぴか髪には天使の輪がきらめく、かわいさ5割増しのオイカワさんが「オイカワは生き残りまシたよ~~」などと言いながら、にこやかに登校していた。

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