ストーキング妄想ガール

ツネキチ

ふたりはバス通

 彼のことが好きだ。

 

 そんなことを思い続けて3年余り、とうとう何も進展がないまま中学校を卒業してしまった。


 私はなんて意気地がないのだろう。ほんの少しでも勇気を出していれば違う結果になっていたかもしれない。


 幸いにも彼とは進学する高校が同じ。


 彼と恋人同士になる。そのためには行動しなければならない。


 日々の積み重ねが成功の秘訣なのだから。



「というわけで、彼と一緒に通学するためにはどうすればいいか考えたいと思います!」

「……人の部屋、朝イチで押しかけてそれ?」


 同じ高校に進学することが決まった親友のトモちゃんが、布団にくるまったまま眠たそうな顔でそう告げてきた。


「こんな朝早くに。一体今何時だと思ってんのよ」


 恨めしそうな表情でこちらを睨むトモちゃん。


「何時って……朝の7時だよ」

「お願いだから寝かせてよぉ」


 何を大袈裟な。普段だったらとっくに起きている時間だ。


「今春休みだよ? それも進学の境目の、部活も宿題もない人生でたった数回だけの春休みなんだよ? いつまで寝てても文句言われない貴重な休みの日に、なんであんたのわけわからない話を聞かなきゃならないのよぉ」


 嘆き悲しむように布団を被り直すトモちゃん。

 

 それよりなんだわけのわからない話とは? 私のキラキラ高校生活がかかっているんだぞ?


「ほらほら起きてよトモちゃん。太陽はとっくに昇ってるし、鳥も鳴いてるよ。すっかり春だね」

「安眠邪魔されてそんな清々しい気分になれるか」

「あ、そうだ! 実はチーズケーキ作ってきたんだ! トモちゃん食べる?」

「…………食べる」


 ようやくトモちゃんが布団から出てきた。


 そのまま私が用意したチーズケーキを渡す。


「どうどう?」

「……美味しい」

「でしょっ!」


 我ながら自信作だ。


 眠そうだったトモちゃんの目もようやく覚めてきたようだ。


「あんた良くもまあ朝からチーズケーキなんて作れるね? 温かいし、これ出来立てでしょ?」

「実はこれ炊飯器で作ったんだ」

「炊飯器? これが!?」

「うん。昨日のうちに準備して、あとはタイマーを朝にセットするだけ。結構簡単だよ?」

「へー、この味が炊飯器でねえ」


 感心したような表情を浮かべつつ、トモちゃんはケーキを食べ進める。


「あー美味しかった。このケーキが食べられるなら早起きも悪くないね。うん、今日はありがとう。じゃあまた明日ーー」

「それで、さっきの話に戻るけど」

「くっそ。誤魔化しきれなかった」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるトモちゃん。私のケーキを食べたんだ、逃すわけがない。


「何? 彼と一緒に通学?」

「そう! 中学ではお互いの家の位置的に一緒に通学なんてできなかったでしょ? だから高校では毎朝一緒に登校することで仲を深められないかなって!」

「そのアイデア自体は間違っていないんだけどさぁ」

「彼と一緒に登校する方法を考えてきたから、トモちゃんに聞いてほしいなーって」

「そこでなんで私を巻き込むかな!」 


 やだなあ。私たち親友でしょ? 


「ていうかそんなの考えるまでもないでしょ。事前に待ち合わせすればいいじゃん? 連絡先知ってるんだし」

「そんなの3年間何のアプローチもできなかったヘタレの私にできるわけないでしょ!!」

「とうとう開き直りやがったなこいつ」


 高校生になったら本気を出す。今更変な見栄は張らない。


「待ち合わせじゃないならもう神頼みでもする?」

「トモちゃん。そんな偶然に頼るような真似するわけないでしょ」


 高校生活3年間は長いようで短い。


 偶然に頼っているようじゃ、あっという間に卒業だ。


「じゃあどうすんの?」

「当然、私に考えがあるよ」

「……嫌な予感しかしないんだけど」


 なんて失礼な。私の考えを聞けばその素晴らしさにトモちゃんもひれ伏すだろう。


「彼も私も、通学にはバスを使うでしょ?」

「……まあ、そうだろうね」


 私の住んでいる家から高校まではそこそこの距離がある。同じ中学に通っていた彼も当然、私と同じようにバス通学になるはずだ。


「定刻で発車するバスなら待ち合わせなしでも出会う可能性は十分。同じバスに乗れば、あとは自然な流れで一緒に登校できるというわけだよ!」

「それはそうだけど。あのバス結構な頻度で出てるでしょ? 一緒バスに乗るにはやっぱり偶然に頼るしかないじゃん」


 トモちゃんの言う通り。私たちの通う高校は生徒数がとても多いため、通学の時間帯はかなりの数のバスが出ている。


 でも当然そんなの織り込み済みだ。


「我に秘策あり! 私の作戦を使えば、100%の確率で彼と一緒のバスに乗れるよ!」

「その秘策って?」


 私は笑みを浮かべてその秘策を披露する。



「一番最初のバスが出る時間にバス停に行って、彼がバス停に来るまで待てばいいんだよ!」

「ストーカーじゃん!」


 

 トモちゃんが悲鳴のような叫び声をあげた。


「彼がバス停に来るまで待つって!? 朝早くバス停に来て、何本も何本もバスが出るのを乗らずに見送るってこと!? もうそれそういう妖怪じゃん!」


 親友に妖怪呼ばわりされる日が来るとは思わなかった。


「怖ぁ……あんたそんなこと3年間するつもりなの?」

「まさか。3年間もしないよ」

「え? あ、そうなの?」

「1ヶ月あれば彼の通学のパターンは割り出せるからね!」

「怖っ!!」


 あれ、なんだろう? トモちゃんがやや離れた位置に座り直した。


「私の中でシミュレーションは完璧にできてるからね。同じバスに乗った私と彼。私はこう声をかけるんだ『おはよう。偶然だね』」

「白々しい。どこが偶然なんだ」

「自然と隣の席に座る二人。バスが着くまで取り止めのない話に花を咲かせる。素敵な、二人きりの時間」

「通学ラッシュで混むから二人きりには絶対なれないよ」

「肩が触れ合う距離、自然と相手の横顔を見る。そして彼は思うの『こんなに近くで見るのは初めてだけど、綺麗だな』って」

「図々しい妄想だな」


 トモちゃんの合いの手がやかましい。


「毎日一緒に登校する日々。そんな日常を繰り返すうちに彼は気づく。『あれ、こんなに毎日同じバスに乗るのは変だぞ? もしかして偶然じゃない?』」

「偶然じゃないよ。執念だよ」

「そのことに思い当たった彼の頭の中は私の事でいっぱいになるの。『胸がドキドキする。こんなの初めてだ。この感情は一体なんなのだろう?』って」

「あえて名前をつけるとしたら“恐怖“じゃないかな」


 怖い要素なんてどこにもないよ?


「どう! 完璧な計画でしょ!」

「すごいね。褒められそうなところが根性しかない」

「これで間違いなく彼の心を射止められるよ! 高校生活はバラ色だね!!」

「まあ、全部無理なんですけどね」

「……へ?」


 トモちゃんの言葉の意味がわからなかった。


「彼ね、家族で高校近くの家に引っ越すんだって」

「引越し!!??」

「うん。この春休み中に。高校ではチャリ通だって」


 なんだそれ!? 聞いてないぞ!


「ちょっと待って、そもそもなんでトモちゃんがそんなこと知ってるの!?」

「SNSだよ。この前呟いてた」

「彼SNSやってるの!? なんで教えてくれなかったのさ!!」

「あんたSNSなんてやってないじゃん」

「彼がやってるならすぐにでも始めてるよ! だ、だめだ! すぐアカウント作って監視しなきゃ!」

「……だから教えたくなかったんだよ」


 いや、待て。アカウント作りはあとだ。


 このままじゃ私の計画が全てご破産になってしまう!


 考えろ。考えるんだ私! 彼と一緒に通学できる方法を!



「……わかった。私も引っ越す。彼の引っ越し先を調べてその近くで一人暮らしする!」

「もう完全にストーカーの発想じゃん」


 

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