マジカル! ダサ・キラ

物語創作者□紅創花優雷

明かり舞う露草

 魂を蘇らせる禁術。その術が発動されし時、闇が世界に溢れ、愚か者共は間もなく全滅するであろう。

 闇に心を狂わせ、滅ぼしあい、そしてやがては誰一人として残らない。そうだ、お前等は愚か者。生きている価値など一片もない。

 あと一か月後に、お前等は再び滅びの道を進む事になるだろう。それも、最も愚かで、醜い形で。

 しかし、これは挽回のチャンスでもある。

 見せてみろ、お前等の、愚か者の存在意義を。証明してみせろ。



 彼女の名前は望月舞明(もちづきまいみ)、一般的な女子高生である。好きな物はアニメや漫画、世に言うオタク女子という奴だ。

 そんな彼女は今日も学校に行く。面倒だが、嬉しい事にあと少し頑張れば念願の夏休みに入るのだ。その中で一つ悲報があるとすれば、夏休みの宿題が多いと言う事だろうか。

「あづい……。もっと、もっと涼しくなってくれ……」

 襲い掛かる七月の暑さの中、学校へと向かう彼女は、信じてもいない「神」とやらに懇願してみたが、気温は勿論一℃も下がらなかった。

 これは、そんなある夏の日の事。とある四人の少女の、異様な夏休みの話である。



【明かり舞う露草】


 学校に付くと、クラスには既に半数ほどの人が到着しており、残りのクラスメイトは舞明と同様、ギリギリにやって来るタイプの生徒だった。

「お、舞明じゃん。おはよーさん」

 窓際の最後尾の席で笑みを向けてきた洋紅色の瞳の彼女は、友人の創火花優雷(そうかばなゆうらい)であった。

 舞明は、彼女の前にある自身の席に荷物を置く。

「おはよー、優雷。今日も早いのね」

「どっちかってと、お前が遅いんじゃない?」

「遅刻はしてないからいいんですー」

 そんな風に、朝のホームルームの時間まで他愛のない雑談をしていた。

 どこの学生となんら変わりない一日。念願の夏休みは、もう一週間後だ。

 まだ暗くなる気配のない夏の午後四時。舞明は優雷と共にかえり道を歩いている。途中の分かれ道までは、同じ方向だ。その間も、二人はどうでもいい事を話している。

「ほんじゃまたな舞明」

「おう、また明日ね」

 言葉を交わし、舞明はそのまま道を真っ直ぐ、優雷は左へ曲がって行った。

 さて、今日は帰って何をしようか。そうだ、録画していた深夜アニメを見よう。

 そう決めると一気に気分が乗って来た。舞明は足を速め、舞明イチオシのアニメである「絶対零度」の主題歌、「ice」を口ずさむ。

 君の心の氷融かせたなら笑い合うんだ。特に気に入っているフレーズを小さく歌った時だった、

「ふむ、人の子にしては良い事いうっキュね。それ、君が考えたんキュか?」

 可愛らしい「何か」の声が、横からそんな事を言ってきた。

 聞かれていた事に恥ずかしさを感じながらも、勢いよくその方向を振り向く。すると、そこには信じがたい光景があった。

 なんともファンシーな二頭身の白猫。小さな黄色い羽でふよふよと浮遊しているそれの首には、首輪ではなく天色の宝石のついたペンダントがぶら下がっている。

「キュー?」

 極めつけには、このよくあるマスコットキャラクターにありそうな語尾。今舞明は、それに話しかけられた。

 なんとも信じがたいこの状況に、思わず絶句する。

 この猫、一体なんなんだ。舞明は困惑する思考から、なんとか言葉を引き出す。

「あ、えっと、魔法少女の勧誘なら、お断りしています……?」

 彼女のその言葉に、猫は小さく吹き出すように笑った。

「君としては冗談かもしれないけど、確かに強ち間違いじゃないキュねぇ」

「とりあえずここじゃ何だ。場所を変え話そうか」

 猫がにこりと笑みを浮かべると、ペンダントの宝石から光が放たれる。舞明はその眩しさに咄嗟に目を腕で覆い、視界が閉ざされた感覚は先程と違う風を感じ取った。

「……?」

 恐る恐る目を開けると、目の前に佇んでいたのは王様でも住んでいそうな立派な城であった。

「ようこそ。ここは天界、心の世界だキュ」

「は……?」

 舞明は思わずその一声を漏らす。

 七月十日月曜日の午後三時半頃。下界ではまだ日の暮れる気配もなく、太陽はその熱を主張していた。

 だが、ここは随分と丁度いい気温だ。今の彼女には、そんな事を気にできる余裕はないのだが。

「えっと、もう一回お願い。テンカイココロノセカイ、と……?」

「察しが悪い子だな……」

 訝し気な顔をして呟いた猫に、余計なお世話じゃこの野郎と言ってやりたいのは山々だったが、舞明は迂闊にそんな発言をするほどバカではない。何せ相手が正体不明のマスコットなのだから。

 気持ちは飲みこんだが、猫はまるでその内心を見透かしたかのように微苦笑を浮かべる。

「まぁ、人の子だからわからないのも仕方ないっキュね。ごめんキュ」

「とりあえず、僕の自己紹介からしよう。僕は心の中級天使、マキャーミティールル・ドールキャット。マキャーって呼んでくれたらそれでいいっキュよ」

 舞明は、マキャーの自己紹介の中に入っていた「中級天使」というワードを聞き逃さなかった。

 天使、どこぞの宗教で出てくる他にも、漫画やアニメでもよく出てくる存在だ。舞明も後者においての天使をよーく知っている。

 しかし、そう言ったモノに出てくる天使という存在は人に鳥のような真っ白な翼をはやしたような見た目をしているものだろう。だが、これは猫だ。どこからどう見ても、デフォルメされた猫のマスコットキャラクターだ。もしこれが本当に天使だとしたら、実は天使は猫だったのかと。ハッとして顔を上げると、マキャーがそんなわけないでしょとでも言いたげな呆れた表情をしていた。

 今にも溜息をつきそうなマキャーだったが、気を取り直して説明を始める。

「天界っていうのは、『神様』とそれに仕える『天使』が住んでいる世界キュ。その天界の中にもいくつかの世界が入っていて、心の世界はそのうちの一つ、君達の心を管理する概念神とその天使の世界キュ。分かりやすく言えば、天界が君達で言う『国』で、心の世界はその国に属する『都道府県』の一つっキュ。これで理解できるっキュか?」

 なんだか言い方に多少馬鹿にされている感があるような気がしたが、何も言わずこくりと頷く。理解できたと判断したマキャーは、引き続き話をする。

「それで君にここに来てもらった理由だけど、大神様が君に少し話があってね。それで来てもらったんだキュ」

「大神様は、うん。人の子が嫌いだ。くれぐれも気を付けるキュよ」

 何やら不穏なセリフが聞こえてきたような気がするが、マキャーは舞明の返事を聞かないまま扉に手を掛ける。

 その一瞬、魔方陣のようなモノが扉に現れ光を放つ。またこれかと脊髄反射で目を瞑ると、次に立っていた場所は部屋の中だった。

 靴はいつの間にか脱がされていて、靴下越しから肌触りのよさそうなカーペットの感触が伝わって来る。部屋の照明はシャンデリアで、落ち着いていながら上品な空間だった。

 これは、所謂応接室みたいな場所なのだろうか。部屋の中心に置かれた長方形のテーブルと、そこを挟むようにソファーが置かれている。

「望月舞明、合ってるか?」

 キョロキョロと辺りを見渡す舞明に降りかかった声。その男はソファーに腰を掛け、彼女に目を向けていた。

「舞明、彼が大神様っキュ。早く挨拶を」

「あっ、えっと、はい! アタシが望月舞明です! あっと、本日は、おひがらもよく……」

 促されて咄嗟に出た慣れない挨拶。お日柄も良く、だなんて普段の挨拶では全く使わない言い回しが飛び出てしまった。

「下手に改まるな、傍からお前等に忠誠を求めちゃいない。座れ、話はそれからだ」

「は、はい」

 言われるがままに開いている方のソファーにちょこんと座る。

 舞明は生きていて神やら何やらをと出会った事も何もないが、「大神」という言葉に響きだけで分かる。この人、いやこの神、下手に敵に回したら死ぬ。そして、自分はまだ死にたくない。

 無駄に背筋を伸ばす彼女に、大神は小さく笑う。

「安心しろ。確かに俺は人類が嫌いだが、理由もないのに殺さない。ただ、お前に一つやってほしい事があってな、契約の持ち掛けだ」

 内容は真剣そのものなのだろう。しかし、話すバイレン本人はまるで世間話でもしているかのようだった。

 しかし、その空気は彼が名乗りを上げた瞬間切り替わる。

「俺は心の大神、バイレン・レザー・ユーベルだ。今日お前に来てもらったのは、先程も言った通り頼みがあるからだ」

「単刀直入に言う。俺の息子の一人が禁術を発動しようとしている、お前等が阻止しろ」

 頼みとは言われたが、その口ぶりは命令のようで、机の上に出されたそれは契約書だった。

 舞明のあまり多くはない知識の中には「契約書はよく読め」とある。だから彼女は、その紙を手に取ると見たくもない文字の羅列に目を通した。

 契約期間は一か月。口でも告げられた通り、彼の息子が禁術を使おうとしているから、それを止めさせろとの事。そしてこの契約を交わす事で生じる舞明側のメリットと言えば、この報酬だろう。

「ご、ごじゅうまん……!?」

「妥当な額にしたつもりだけどな、物足りないか」

 舞明が思わず声を漏らすと、わざとらしく尋ねてくる。

「いや充分というか充分過ぎると言うか、こんな大金受け取れないですよ!」

 仮に夏休み期間全てフルタイムでバイトに入ったとしても、この額は稼げないだろう。

 そもそも、バイトもしていない舞明が突然五十万円を手にしてみろ。親に追及される事待ったなしだ。

「そんじゃ、報酬金額は要相談としよう。きちんと目を通せよ、後からやっぱなしは無効だからな」

 そう言われ、改めて文面に目を移す。

 報酬の話は一旦置いておこう。確認すべき事は沢山ある。

 契約書にはこうも書いてある。自分と同じように「選ばれし者」はあと三人いると。

「えっと。大神、様。この残りの三人って言うのは一体……?」

 舞明は人見知りという訳ではないが、知らない人と一緒というのは何となく気兼ねする。念のため訊いてみると、バイレンは意味ありげな笑みを浮かべて答えた。

「それは、お楽しみだ」

 答えはCMの後、みたいな濁され方をされた。なんかイラっと来たが、これも一旦置いておこう。一通りの要点は読み取れた、はずだ。

 どうやら契約する事によって、「光の力」なるものを使えるようになるらしく、それで天使と同じような状態になれると。しかし常時そうなる訳ではなく、所謂変身のようなモノをしてそうなる事ができるそうだ。

 ここで理解した。マキャーが言っていた、魔法少女の勧誘は強ち間違いではないと言うのはこう言う事だ。確かに、契約書には色々書いてはいるが、とどのつまり魔法少女の勧誘に近しいだろう。

 正直、断りたかった。

 そりゃそうだろう、舞明も幼い頃はそういうアニメを見て育ったから分かる。魔法少女になれば最後、面倒事に巻き込まれるのがお決まりだ。そんな事になればまともにオタク活動も出来ない。

 しかし、それが出来る気配はない。何せこの大神、頼みとか言ったくせして「阻止しろ」と命令形で言いつけてきたのだ。

 そしてもう一つ、舞明はどうしてもツッコみたい事があった。

「あの、ほんと、怒らせるかもしれないけど一応訊いていいですか?」

「言ってみろ」

 ほとんど意味のない確認を取ってから、契約書とバイレンを視線で一往復する。

「大神様の息子が、その禁術? ってのをやろうとしてるんですよね?」

「その、なんで父親の貴方が止めないんです……?」

 ごもっとも、赤の他人が止めてくれとお願いするよりも実の父親に叱られた方が確実に効果的だろう。

 彼女の問いの後、バイレンは飲んでいたコーヒーカップを机に置く。

「俺にとって、人類は愚か者に過ぎない」

 その一言はとても鋭く、先程とは違う恐ろしい物を感じた。

「これはお前等への試練だ。この俺に、人類の存在意義を証明してみせろ」

 舞明はそこで理解した。この神は、人が好きではない。

 人間を、人類を下に見ている。人間が嫌いだとは聞いたが、それ以上に嫌悪しているのだ。

 だからきっと、こんな事をやらせようとしてきた。普通に考えて無茶でしかないこの試練を。

 彼女の中の何かに火が付いた。それは挑発に乗ったヒーローのようでもあり、反抗心とでも言うのだろう。

「分かりました。やってやりますよ」

 強い意志を持つ彼女の瞳に、バイレンは薄ら笑いを浮かべた。

「契約だ。望月舞明よ、これよりお前は俺の契約者となり、『光の子』となる。そして証明せよ、愚か者の存在意義を。生きる意味を、俺に見せてみろ」

 言葉に応じるように、契約書に魔方陣が浮かび、舞明の手は自然とそこに向かう。

 陣に手先が触れた途端に光が勢いよく溢れ出し、露草色のそれは手を伝い彼女の体内へと吸収された。

 身体に走った不思議な感覚に己の手を眺めるが、それは何の変哲もない右手だ。

「お前等が立ち向かう相手は、俺の子の中で最も優秀な奴だ。『説得』はそう簡単ではないぞ」

 その言葉の後、バイレンはその手に力を浮かべ、綺麗な天色の宝石を作り出す。宝石はふわりと浮き上がり、舞明の手元にやってきた。

 これは、バイレンやマキャーが付けているそれと同じようだ。光を宿す宝石からは、不思議と手に馴染むような感覚がした。

「契約の証だ。天色宝石はいついかなる時もお前の呼びかけに応え、光を与えるだろう」

「マキャー、こいつを下界に帰してやれ」

「承知しました。舞明、行くっキュよ」

 そう言われ、舞明は急いで立ち上がる。マキャーが扉を開けると同時に視界が白く塗りつぶされると、再び立っていたのは自身の家の前だった。

 握られていたのは、つい先ほどの出来事が夢ではない事を証明する天色の宝石。

 太陽に照らされる輝きが舞明の桃色の瞳に映ると同時に、体内で光が循環しているのを感じ取った。

「……とりあえず帰るか」

 まだ日は暮れていない。なぜならあれから十数分ほどしか時間は経っていないから。まだ明るい空の下、彼女はただいまと家の扉を開いた。



 七月十一日火曜日。目を覚ました舞明は、時計を目に遅刻寸前である事を理解した。

 現在時刻午前八時十一分。家から学校までは大体三十分、ホームルーム開始は八時半。そう、時間がない。

「やっばいやばい!」

 血の気が引く気配を感じながら飛び起きる。無造作にパジャマを脱ぎ捨て制服に身を包んで髪を整える。忘れ物がないかのチェックを軽く済ませ、鞄を手に取ると走り出す。

「行ってきます!」

 舞明は走った。とにかく走った。走ればギリギリ間に合うから。

「舞明、何をそんなに急いでるんキュ?」

 いつの間にか並行飛行していたマキャーが、必死な彼女に訊いてくる。

 遅刻しそうなんだよと答える前に、マキャーは呆れたような表情で言ってきた。

「無駄に夜更かしするからっキュよ、全く。人の子は自己管理も出来ないんキュか?」

 随分とまぁ頭にくる言い方だ。舞明は走りながら声を上げる。

「まだアタシ何も言ってないのになんで分かるのよ!?」

「そりゃ、心の天使キュから。人の子の心くらいは読めるっキュ」

 マキャーは当たり前だろと言わんばかりに答え、舞明の走る先に目をやる。その最中、彼の真丸い目が大きくなり、大声を上げる。

「止まれっ!」

 突然の声に驚いた舞明が咄嗟に足を止めると、そこから一歩踏み出した先の、コンクリートの地面が抉れた。

 舞明が一体何事だと叫ぶ前に、上空から影が落ちる。

「マキャーミティールル・ドールキャット、で合っていたか」

 声は上空から地面に降り立つ。金髪の男が地に足を付くと、その胸に付けられた赤銅色の宝石が微かに力を帯び、彼の背に生えていた真っ黒な翼が姿を消す。

 マキャーはその場に控えるように頭を下げ、そこにいる男に挨拶をした。

「お久しぶりです、ローブァイト様。それと、僕の事はマキャーとお呼び頂いて問題ありませんよ」

 どうやら、この金髪はローブァイトと言うらしい。舞明が彼に顔を向けると、ローブァイトも同じく彼女に目をやった。

「光の子、か。話は既に聞いている」

 視線は直ぐにマキャーに戻る。

「宣戦布告されたからには、こちらも応じるのが礼儀だ。だが、それにしても嘗められたものだ。大神様は、人の子如きにヘルツ様に敵う可能性があると本気で思っているのか……」

「今の所、可能性は限りなくゼロに近い。しかし、大神様は期待をしています。光に恵まれた魂であれば、人類であろうと奇跡をもたらせると」

 不服そうな彼のぼやきに、マキャーは笑みを浮かべて答えた。

 それで理解したのか飲み込んだのかは分からないが、ローブァイトはその答えを聞いて頷く。

「そうか。では、俺も期待していよう」

「マキャー、俺達に弱い者いじめをさせるなよ」

 そう告げると、彼はあっという間にいなくなった。

 理解が追い付いていない舞明の横で、マキャーは顎に手をあてて考えている。

「ローブァイト様の言う通り、今の舞明を戦わせるのは弱い者いじめ同然になるな……きっとヘルツ様も直ぐに動き出すだろうし」

「マキャー?」

「よし。舞明、今日早速訓練を開始するっキュ。後で迎えにいくから準備しておくんキュよ」

「あ、ちょ!」

 舞明の言葉は聞かず飛んで行く。

 理解できない展開は止めてほしいと頭を掻くと、学校の事を想いだし全力疾走で足を進めた。しかしまぁ、遅刻したのだが。

「はい望月遅刻なー。とりあえず席付けー」

 教室に入るや否や、担任である佐藤の若干気怠そうな声が飛んでくる。ワンチャンあるかと思ったが、そんな事は無かったようだ。

「ははっ、遅刻常習犯望月の再来ってか。感動もんだね」

「感動の『か』の文字もないわ」

 席に着いた舞明に、優雷は愉快そうに笑みを浮かべる。そんな彼女に一言ツッコみ、ほぼ棒読みで「夏休み前だからって浮かれないようにー」と注意する佐藤の言葉を聞き流していた。

 ホームルームが終わると、一時限目から移動教室で理科室に行かなければならない。これが地味に面倒だ。

 そうは言いつつも移動しない訳には行かないので、優雷と一緒に第一理科室へと向かう。

「それでそれで、その時の氷河のセリフがまぁーよくて! 『俺はあの時の弱い俺じゃない!』って。あの感情的になった感じ、マジで良かった」

「なんほどねぇ。それは中々面白い展開だ」

「でしょでしょ!」

 ろくに前も見ずに語る舞明。優雷はこのアニメをよく知らないだろうが、目を細めて話を聴いていた。

 そんな時、舞明は廊下の曲がり角で人とぶつかった。

「っと、ごめん!」

 謝りながら慌てて前に顔を向けると、相手はなんとも可愛らしい美少女で、舞明は思わず息を吞む。

「大丈夫だよ。気にしないで」

 少し垂れ気味の青柳色の瞳で優しく微笑んだその表情は、正しく可愛さと美しさの黄金比と言えようか。そして何より、舞明の目に付いたのは、彼女の胸部。そう、たわわに実ったソレだった。

 そしてその次、無意識に向けた視線の先は己の平たい胸部。

「沙宵。行くよ」

「あ、うん。いま行くー」

 呼ばれた彼女は、小走り程度の速さで友人の下へ戻る。

 どうやら、美少女の友人は美少女のようだ。彼女を呼んだ静かに澄んだ声の持ち主は、また違ったクール系の美少女であった。

 肩をぽんと叩かれる。振り向けば、わざとらしく同情したかのような表情を浮かべた優雷が、口元に笑みを堪えながらこう言ってきた。

「安心しな舞明。女の価値は胸じゃないぜ」

 そう言う彼女は、何がとは言わないがそれなりの大きさで。舞明は諸々言いたい事を飲みこみ、「行くよ!」と言い放った。

 理科の担当は担任と同じ先生だ。佐藤の相変わらずあまり気合の入っていない声で、眠くなりながら窓の外を眺めている。

 そこから見えた校庭には、一時限目から体育とかいう可哀想な生徒達の姿が見える。いや、真夏の今であれば昼間より幾分かマシだろうか。

 そんな事を考えながらぼーっと眺めていると、不意に横切る者があった。カラス……いや、あれは人間か。全体的に黒い、年上の女の人。そこまで頭に浮かんで、ハッとする。

「いやここ三階っ!?」

 立ち上がった舞明がそう叫ぶ。すると当然、教室中の視線は彼女に集まった。

「おー、そーだなー。俺の隠れ特技チョーク投げをくらいたくないなら座れー」

「あっ、はーい」

 舞明は疑問を残しながらも座り直す。

 さっきのはどう考えても人間だった。しかし、あの黒い翼、どう考えても人間に備わっているモノではない。頭の中に浮かんだのは、通学路で突然現れたローブァイトと言う奴。そいつの背中にも黒い翼があった。

 ここで一つ、魔法少女モンに限らず数多くのアニメでの道理というモノがある。それは、戦うべき敵は何人もいると言う事だ。

 つまり、さっきのは敵陣営の一人か。たまたま通りかかっただけである事を願いながら、心臓はバクバクと跳ねていた。

 今こられたら死ぬ、殺される。

 机に伏せる彼女は、傍から見れば居眠りをしているようにしか思えないだろう。

「望月ー、俺が今言った事言ってみろー」

「あっ、はい! 先生はチョーク投げ得意なんですよね!」

 佐藤の教師らしいトラップに見事に引っかかった舞明。慌てて顔を起こして答えたが、それは「聞いていませんでした」と言っているようなモノだった。

「全然違うぞー。上っ面だけでも聞いている感だしとけー、俺だって今すぐ帰って寝たいんだからなー」

「あ、帰りたいんだ……さすが省エネ先生」

 ちなみにこの省エネ先生と言うのは、彼がエネルギー問題に気を使っているからとかそういうのではなく、本人が非常に省エネに生きているから付いたあだ名だ。

 それからも舞明は頭の片隅で警戒を続けていたが、何事もなく昼休みの時間になった。

 なんだ大丈夫じゃんかと。安心しきった彼女は、いつもと同じように優雷と共に屋上でお弁当を食べた。

 屋上は穴場だ。得にこの季節、皆クーラーの利いた教室で食べたがる。しかし、この屋上は日影が多く、皆が思っている以上に涼しいのだ。

「優雷さー、夏休み何か予定あるん?」

「どっかには行くと思うよ? あともしかしたら実家に遊びに行ったりすっかも」

「あーね」

 舞明はそんな他愛もない会話をしながらウインナーを口に入れる。

 横目で見えた優雷のお弁当は、相変わらずよく作られていた。栄養バランスとかも気にしてありそうだ。

「自分で作ってん?」

 訊いて見ると、優雷は口に合ったほうれん草の胡麻和えを飲みこむ。

「ん、ううん。作ってんのは清雷か穏雷かユウくんだよ。この感じ、今回のは多分清雷だね」

「あぁ、分かるんだ」

「まーね。やけに栄養バランスを考えて作るのは清雷、そう言うのは考えずうちの好きな物を詰めてくれるのが穏雷、その中間くらいがユウくん」

「あぁあとたまに美雷が作ったりするんだけどね、そん時はビタミンたっぷりメニューよ」

 そう話す優雷は、何だか楽しそうに笑っていた。

「それでたまにフルーツの詰め合わせなのね、アンタの弁当」

 舞明は微苦笑を浮かべる。

 何せ主食もおかずも何もなしにフルーツしか入っていないフルーツ弁当だ。最初にそれを見た時は流石に驚いたが、今では慣れたモノだ。

 母親が作った自分のお弁当は、すこぶる普通だが。舞明が箸でハンバーグを切っていると、不意に優雷が口を開く。

「フルーツは肌にいいのよっ! 主ったら、放っておくと最低限のスキンケアしかしないんだもの。ワタシがサポートしないとっ」

「だからと言ってフルーツしか食べないのは駄目よ。バランスのとれた食事が健康も美容も支えるの。あと夜更しは厳禁、日が回る前に寝るのが大事よ。正しい生活習慣こそ、清い生き方なのよ」

「オイオイ、オレ達が『清く正しく』って、どんなお笑いだよ。笑えるぜ」

「ははっ。だけどよ、オレ達って案外清いんじゃね?! ほら、毎日フロ入ってるし!」

「それ、必要最低限の生活習慣……」

「いや、ウチが思うにそもそもそう言う意味の清いじゃないぞ?」

「大丈夫、主ちゃんはそのままでもきれいなお肌だよ~」

 一気に放たれた多く言葉に、舞明は思わず息を止めていた。今の一連の流れは優雷の一人劇場だと思いたい所だが、そうではない。

 彼女は所謂、多重人格者なのだ。しかもそれらの人格は、一生物の個体としても存在している。

「優雷いきなり人格だしてこないで! それめちゃビックリするから!」

「ははっ、すまんすまん。皆ベラベラ喋ってたからさ」

 突然の長台詞は心臓に悪いからよしてほしいモノだが、優雷は悪びれる素振りもなく笑った。

 彼女の人格の変化は目の色を見れば分かる。これは慣用句的な「目の色」ではなく、実際に瞳が変色するのだ。それなりに長い付き合いだ、理解出来ずともは把握している。

 しかしまぁ、コイツは不思議ちゃんのようなモノだ。優雷と言う人間の全てを浮き彫りにするのは非常に困難だろう。

 苦笑いを浮かべる舞明の横、不意に優雷が立ち上がる。

「舞明」

「ん?」

「上、気を付けな」

 一言そう告げた優雷は、すたすたとその場から少し離れた場所に移動する。

「?」

 なんだか分からず首を傾げると、向こうにいる優雷は上を見ろと言わんばかりに空を指さした。

 つられて顔を上げると、何かがこちらを目掛けて落下してきているのが目に映る。

 全体的に黒い何か。そこまで頭に浮かぶと、後は容易く察する事が出来た。

 咄嗟に右に飛び振り返ると、そこには既視感のある光景があった。地面はえぐれてこそいないがそれでも分かる、まともに食らったら死んでいた。

 黒いワンピースの女は、地面に突き付けた拳を戻し手首を回す。

「ははっ、こりゃいい! 舞明の脳天ぶち抜くつもりだったんか、グロテスクゥ」

「それにしても、随分と物騒な挨拶だ事。うち的には面白いし良いんだけどさ、常人は死にまっせ? 姐御」

 優雷は愉快そうに笑みを浮かべ、その女に歩み寄る。

「誰が姐御よ……。そりゃそのつもりなのだから当たり前じゃない。もしかして貴女、優雷って子かしら」

「お、名前を知られているとは嬉しい! うちも結構有名人だったり?」

 わざとらしい反応で答え、舞明を横目に映す。

「状況が読めてないみたいだね、舞明。説明してあげよっか?」

「へ?」

 唐突にそんな事を言いだし、やけに愉しそうに語った。

「禁術の発動にはとんでもない量の『闇の力』が必要になり、そしてその闇の力は人の負の感情から取り出す事が出来わけ。殺されるときに発生する恐怖やその他諸々、上質な闇になる訳ですな。特に貴女は光の子! さぞかし上質な闇となるだろうさ」

「ついでに貴女は計画を阻止しようとする言わば邪魔者。殺しちゃえば憂いも晴れて万事解決っ! って訳よ。だからヘルツ様は、人間嫌いのお父さんが選んだ光の子の様子見がてら、自分の所有物である、言わば『闇の子』を使って攻撃をけしかけた、ってね」

「な、なるほど……」

 なぜそれをお前が知っているのだというツッコみをすべき所だが、慣れた舞明は最早それは言う気がなかった。

「いや、なんで知ってるのよ……」

 変わりと言わんばかりに彼女がツッコむと、優雷はなぜか満足気に笑う。

「そりゃまぁ、創火花ですから」

 と、ニヤリとしながらいつものセリフを口にした。

 こいつのマイペースさは困ったものだが、お陰で相手もペースを乱されている。

「はぁ。この手のタイプはラキで慣れてるけど、調子狂うわね」

 彼女のため息交じりの言葉に、優雷がほんの少しの反応を見せた事、舞明は見逃さなかった。しかし、そんな事は関係なく、少しの間乱されたペースは一度落ち着けばあっという間に取り戻された。

「こうなったら、正々堂々戦って手に入れる事にしましょうか。……私はセーシャ、貴女の闇を貰いに来たわ」

 名乗りを上げた次の瞬間セーシャの姿が消える、瞬間移動でもしたのではないかと思うほどの速さだ。

 何か来る。それが分かった所で、一般女子高生である舞明に何かできる訳ではない。

「っあ……!」

 背中から突き付けられた衝撃に、腹を抱えて蹲る。

「これが光の子の闇なのねぇ。確かに何となくいい品質なような気がするわ」

「ほー、それが闇。これにひと手間加える事で術に必要な闇を取り出せる訳かぁ」

 優雷は苦しむ友人と他所に、興味深そうに闇を見詰めている。

「私が言うのはどうかと思うけど。貴女、友達が殴られたのに何でそんな平然としているのよ」

 敵のセーシャがツッコんでしまう程に、彼女の行動は状況にそぐわないモノだった。

 しかし、優雷本人はいつもと変わらない。

「ん? 舞明はこんくらいで死ぬような柔い人間じゃないからね。それに」

「天使はタイミングよく現れるモノだからね」

 ニコリと笑った彼女が空を指さすと、同時に光を纏った白鳩が飛んできた。

 鳩は舞明を目に移すとその場で猫の形になり、キューと可愛らしい声を出す。

「間に合ったね。少し気が付くのが遅れたっキュが、生きているようで何よりっキュよ」

 マキャーの手が触れ、苦しさがスーッとなくなる。痛みが引いた体で立ち上がると、優雷の楽し気に笑う表情が目に映った。

「ほら、魔法少女モンご定番のマスコットキャラクターがやってきた」

 色々と言いたい事はあった。だが舞明は、こいつにそれを言ってもキリがない事を知っていた。

「ツッコまないでおくから、とりあえずアンタはそこで観戦してなさい!」

「そりゃ賢な判断」

 舞明は声を上げた。そんな彼女にわざとらしい仕草で返答すると、優雷は屋上のフェンスに寄りかかった。

 この一連の流れが終わると、マキャーは優雷の事には一切触れずに仕切り直す。

「さてと。急に実戦になって悪いっキュが、一回目の訓練を始めるキュよ。まぁ実戦の方が身に付くのが常っキュからね。とりあえず、まず宝石を呼ぶっキュ」

「はいぃ?」

 ごく普通に言われたが、理解しがたい内容だった。なんだ宝石を呼ぶって、呼んだとて「はーい」つってやって来るような物ではないだろう、物体なのだから。舞明のその意見は正論だが、天使にそれが通じる訳がない。

「ほら早く! 待ってくれてるんだから、相手を待たせるのは無礼っキュよ!」

「あーわかった、わかったわよ! おーいっ、宝石ー!」

 ヤケクソになって物相手を大きな声で呼びかける。するとどうだ、本当に宝石が飛んで来たのだ。

 光を纏いながら高速で空を飛んで、手元にふわりと舞い降りる天色の宝石。指先で触れてみると、ほんの少しだけ温かいような気がした。

「キュー、宝石は呼べたっキュね。じゃあ次は、君の内なる光を呼び覚ますんキュ。さぁ、宝石に光を籠めてみて」

「光を、こめる……あーっと、どうやって?」

 当然、ここの分からない為尋ねる羽目になる。しかし一つ問題があった。こんな事をしなくても光を力として使える天使は、それが出来ないという感覚を知らないのだ。

「なんというかこう、グッとやるんキュ! 体内の光を手に集めて、ギュッとするんキュ!」

「ごめん、わからない」

 マキャーの必死の説明に首を横に振る。なんかこうグッとすると言われても、光の力は何をどうしたらギュッとなるのかが分からないからやりようがない。

 最初の段階からもたついていると、律儀に待ってくれていたセーシャが「もう」と声を漏らした。

「ローブァイト様が言ってたわ。力は、血流だと思えって」

「え、血流?」

 思わず相手が敵だと言う事も忘れて尋ね返す。

「『産まれてから当たり前に体内に流れている力は、血流と似たようなモノだ。だから、力を扱う時は、力が流れる血と共に循環しているモノだと思え』って。光も同じはずよ」

「そう! 流石ローブァイト様だ、教え方が良い。舞明、今の事は大事だから、忘れないようにメモでも取っておくといいっキュよ。どうせ物覚え悪いんだから」

「最後の一言は余計よっ!」

 マキャーのいらん一言にはツッコんでおいて、舞明は手のひらに乗る宝石に目を移し、イメージしてみる。体内に流れる血。そこに乗って流れる微かな光を掴み、指先に集める。

 力にふれた宝石が光を放つ。その瞬間、舞明の体の中がカッと熱くなり、今まで感じたことのない衝撃が走った。

「光の力は君達人間は持っていない、というより、魂の構造上持てない力っキュ。だけど、君達は特別だ。その魂には、微かにながら光が存在する」

「マイミ、君は愚か者の中に存在する希望の光だ。僕達に見下される事が嫌なら、その可能性を見せるといいっキュよ」

 体に走る何かを全身で感じていると、マキャーのそんな言葉が耳に届く。そうして沸き立った力が鎮まったその時、マイミは己に身に起こった変化に気が付いた。

 これは、魔法少女モンにはよくある変身と言った奴だろう。マイミもかつては純情な少女だった訳だ、驚きと共に興奮もあった。肩ほどまでの長さしかなかった髪は長く伸びてツインテールとなっている。ついでに黒単色だったのが青いグラデーションが入っているのだ。

 そしてこの衣装、シンプルながらも魔法少女らしい可愛いデザインだ。

 そう、この胸の白地に書かれた「望」の文字さえなければ。

「これナニ!? え、ホントなに? この文字なに!?」

 様々な感情交じりに、まず言いたい事を言いきる。そんなマイミに苦笑交じりで返した。

「キュー、それはデザインした子に訊いて欲しいっキュよ」

「デザイン担当とかいんの!? え、あの大神? 確かに、乙女心わかってなさそう……」

「無礼者! 大神様ほど心を理解したお方がいるわけがないだろ!」

 マイミの言葉に、クワッとすかさず口を出す。

 そんな彼らのやり取りに、優雷は呑気な笑い声をあげる。一頻り笑った後、優雷は時間を見ろと言わんばかりに時計に顎で示す。

 昼休み終了まであと十分。これは危ない、次の授業に遅れてしまうかもしれない。

 マイミは体の赴くままに構える。

「えっと、じゃあ。お手柔らかに、お願いします?」

「そうね、考えてあげるわ」

 相手の顔にちょっとした笑みが浮かぶと、次の瞬間視界の真ん中に大きく拳が映った。反射でそれを交わして背後に回り、手のひらに集めた光を彼女の背に向けて放つ。光は交わされたが、同時に追撃のように自身の拳をぶつける。

 その衝撃波のようなモノが微かにマイミの体をかすめ、多少の痛みが生じた。だがそんな痛みは気にならない程、驚きの方が大きかった。

「体が、勝手に動いた……?!」

 自身の手に目を移し、信じられないと言った風に声を漏らす。

 無理もない。なぜなら今の彼女の一連の動きは、無意識的に行った事なのだ。

「光が活性化して疑似的とはいえ天使になったんだ、魂の根本に眠る『素質』が作用するって訳よ。そうだよねー、マキャー」

「キュー、その通りっキュ! だけど、素質だけじゃ勝てない。ヘルツ様は素質と才能がある上で鍛錬を重ねた、大神様のご子息の中で最も力を持つお方だ。とは言え、今の君はまだ産まれたての子天使に等しい。だから今は体の赴くままに動くっキュ」

 二人して一般人には分からない情報を当たり前のように言いやがって。マキャーはともかく、何でそれを優雷が知っているという話だ。

 しかし、そんな事をツッコむ暇はないようだ。マイミが戦闘に応じたからか、心なしかセーシャも滾っている。

「なぁんかよく分からないけど、とりあえずやればいいって事ね! 詳細は後で必ず話してもらうわよっ!」

 勢い付いたまま右手を広げ、光が形を生成する。柄を握った感覚に気が付いて目を移すと、自身が持っていたその武器は見覚えのある物だった。

 漫画でもアニメでも見た、推しの使用武器。手に入れた力のお陰か、病弱設定のクセしてこんなに重そうな武器を華麗に扱っていた。

「あら、氷山鎌じゃない。懐かしいわね、氷河の武器よね」

 思ってもみなかったセーシャの思い出を懐かしむような反応に、マイミは目を丸くする。

「アンタこれ知ってんの!?」

「えぇ、連載開始当初から読んでたわ。そうねぇ。貴女がそれで行くなら、私も合わせようかしら」

 微かに微笑んだ彼女の手に生成されたのは、氷河の弟であり物語の主人公である氷柱義霰の使用武器、氷雪剣。兄を救うと決心した時に彼が手に入れた剣だ。

「本題からは外れるけど、推しの武器で戦うって言うのも面白そうね」

「『兄ちゃん。また一緒に、冒険ごっこしよう』」

 セーシャはニコリと笑みを浮かべ、剣を構える。

 そのセリフを言われたら、返すべき言葉は一つ。

「『やめろ――僕はもう、「兄ちゃん」じゃない!』」

 漂う冷気は夏の暑さを緩めたが、彼女等の熱を沸き立たせた。

 同じ氷で出来た剣と鎌のぶつかる音が鈍く響く。宙をひらりと舞い、地を軽やかに駆ける。見掛け重そうな武器だと言うのに軽々しく振り回す様は、一種の舞のようにも思える。確か作中で描かれた兄弟もそう言い現わされていた。

「兄弟のそれぞれ推してる奴等が推しの使用武器で戦うなんてねぇ。浪漫ですなぁ」

「キュー、それで楽しんで戦えるのなら何よりっキュよ」

 観戦する優雷は愉快そうで。今だけで言えば、マイミもそうだ。推しと同じ武器を扱えて、オタク心を騒がせているのだろう。しかし、その余裕もいつまで続く事やら。

 数分の時は異様なまでに早く流れ、マイミの表情に疲労が見え始める。

 無理もない、それは産まれたての天使が備わった本能だけで戦っているようなモノだ。

「ところでマキャー、この勝負はどうやって片付けるつもり? やる所までやらせたらマイミ負けるぜ」

 くいっと横に手を放り、フェンスに寄りかかる。そんな問いかけを投げられたマキャーは、表情を変えずにそれに応える。

「言っただろ。君達の役目は、『勝つ』事じゃない」

「そうだったそうだった」

 笑い、優雷の短めの髪が揺れる。

「けど、死なれたら困る。それにもう昼休みが終わる時間だ」

 そう口にすると、宙に向かって指を鳴らす。パチンと小さな音が静かに宙に溶けると同時に、青い空にブロンズ色の陣が描かれる。

 微笑む優雷の背後から現れた大きな腕はコンクリートの床を叩き、その衝撃は後者を伝って地を揺らした。

「はい、しゅーりょー。お楽しみの所悪いけど、もう時間だ」

 驚いて降り立った二人の間に、優雷が入る。そう言われて時計を見れば、両者共に残りの休み時間はあと一分もない事に気が付いた。

「あぁ……そうね。貴女達、高校生だったわね。思わず愉しんじゃったわね、今日はここまでにしておきましょう」

「え、いいの……? アンタ確か、アタシを殺しに来たんじゃなかったっけ?」

 自分で言うのも何だが、もう少し戦い続ければ簡単にやられていただろう。ここで終わらせて帰ったら、彼女は獲物を殺し損ねた上に戦い損だ。

 しかし、セーシャはその事をあまり気にしてなさそうだった。

「殺しは一瞬、戦闘はどちらかが尽きるまで。だけど休み時間が終わったのなら話は別、学生の本分は勉強よ」

 彼女がマイミの口元に軽く押し当てたのは、高校生の為の数学の参考書だ。

 いつの間にそんな物を持っていたのか。驚きと戸惑いを含んだマイミが、相手の表情を窺う為に顔を上げると、彼女は美しく笑みを浮かべていた。

「今日は楽しかったわ。次合う時にまだ生きていたら、私の妹も一緒にお茶でもしましょう。ちなみに、レナは陽炎推しよ」

 そう言い残すと、セーシャは闇に紛れて姿を消した。役目を終えたマイミの光は宝石と共に放たれ、それを慌ててキャッチする。

 同時にチャイムが鳴り響き、ハッとする。そうだ、戸惑っている暇はない。

 優雷は「じゃあな!」と舞明を見捨て素早く消え去った。

「ちょ、優雷! なんでアンタも瞬間移動できるのよーーっ!」

 舞明のツッコみと切実な叫びはチャイムの音も掻き消すようで。スヤスヤと眠っていた小鳥が二匹、驚いて飛んで行ってしまった。



「お帰りセーシャ。きちんと手洗えよ、石鹸は今朝補充したから切れていないはずだ」

 帰るや否や、そんな母親のような事を言われた。彼は自分の事を何歳だと思っているのだろうかと都度都度思うが、こればかりは仕方ない。彼の実年齢が何歳かは知らないが、少なくとも人間じゃ生きられない年数を生きているのだから、二十とそこらの歳しか重ねてない自分は子どものように見えるのだろう。

 しかし、いくら何でも手洗いくらいは出来る。濡れた手をタオルで拭いてから、ちょっとだけ抗議してみる。

「ローブァイト様、いくら何でも帰って手を洗うくらい言われなくてもしますわ」

「どうだか」

 ちらりと横目で示された先では、見た目は高校生程の男女二人が、まるで小さな子どものように無邪気に遊んでいる。しかも、よくあるブロックのおもちゃで。

 少なくとも、対象年齢からは外れているだろう。

「ローブァイト様、あの子達は大分例外でして……」

「分かっている」

 お互いに微苦笑を浮かべると、セーシャはそこで遊んでいる彼女の横でしゃがむ。そうすると、姉に気が付いた彼女はにぱぁっと可愛らしい笑顔を割かせる。

「あ、セーシャねぇ! お帰り~。今ね、マタールと一緒にブロックやってたんだぁ」

「おうよ! 久しぶりにやったけど、これ結構おもしろいな!」

 一緒に遊んでいた元気な少年が同じように笑う。その隣で頬杖をついて横になっている、幼く見える少年が呆れたような目で彼を見る。

「ねぇマタール、お前って何歳だっけ? あまり信じたくないんだけど、ぼくと同い年だよね?」

 行動が年相応では無い事を言っているのだろう。しかし、それを言われた彼は頬を膨らませて反抗する。

「見た目が小学生の奴に言われたくないぜ!」

「あー! 言ったな! 頭脳が小学生よりマシでしょーが!」

 ガバッと起き上がって反発すると、元気な少年と似た顔付きの彼が二人にこう言った。

「俺的にはどっちも可愛いと思う」

「不服! すっごい不服!」

「えー。俺的にはカッコいいのが良いぜ! 兄貴!」

 ギャーギャーワーワー騒がしいが、まぁ仕方ないだろう。何せ人の子が八人……いや、アイツは人の子ではなかった。人の子が七人もいるのだから。それに、賑やかなのはいい事だ。

 そんな事を考えていると、当の本人が読んでいた本を閉じて顔を上げる。

「ローブァイト様」

「人の子って事でもよくないですか? ボクは『人の心』ですし、二文字略せば『ヒトノコ』ですよ」

 ニコニコとそんな事を告げる。言っている事は解るが、道理はなかった。文字を数個なくした所で、存在が変わる訳では無いのだから。

「人の子は、心を読まない」

「ごもっともです」

 心は、小さな笑みを浮かべた。



 少女の手に、一匹の黄色い小鳥がとまった。

「んー。どうしたのー鳥さん。レナとあそぶ?」

 レナの問いかけに小鳥はぴよと一鳴きを返し、やって来た一回り大きい小鳥と一緒にとんで行く。それを見届けた彼女は「じゃあねー」と笑いながら大きく手を振った。

 それから、レナは宙に放った足をぶらぶらさせる。屋上からの景色は素晴らしいが、フェンスの座り心地はあまりいいとは言えないし、この景色も五分で飽きた。

「あーぁ、お出かけするならセーシャねぇとしたかったなぁ。先行っててーって、いつ来るんだろ……」

 頬杖を突いてぼやくと、視界の端に誰かの着地した脚が映り、上から声が掛かる。

「あー、あるあるそう言うの! 具体的な時間が分からないのイヤよなぁ」

 顔を上げると、細いフェンスに見事に立つ奴、もっと言えば、優雷がいた。赤い猫耳は恐らくカチューシャのはずだが、ぴょこぴょこと動いている。そんな奴がこんな所に立っているのだ、傍から見たら奇怪でしかない。しかし、その隣に座っている少女も例外ではない。金髪のツインテール、という所まではまだいいのだが、そもそも常人はこんな所で地上を見下ろさないだろう。

「わぁ、凄い! そんな所に立てるのー!?」

「でしょお? そんで、姐御はどうして後からになったんだい?」

 その問いかけに、事を思い出したレナはぷっくりと頬を膨らませる。

「あのねぇ、セーシャねぇね、エレンとまぁた取っ組み合いしててね! なんか、エレンがねぇにフランス語? で話しかけて煽ったからね、戦いだしたの!」

「ははっ、そりゃおもろい。現場で見れないのが惜しいよ」

「レナはもう見飽きた!」

 足を投げ、もう一度あーあと声を漏らして後ろに反る。そうすると、優雷がよっと声を漏らしながらその場にしゃがみ、ニコッと笑う。

「待っている間暇でしょ。うちが面白い提案してあげよっか」

「え、何々!?」

 見事な食いつきだった。優雷は頬杖を突きながらわざとらしく思考するように話し出す。

「君達は、光の子の闇が欲しい。だから光の子を殺したい」

「うん!」

「だけど、別に殺さなくても闇は狩れる。感情が高ぶる時にその人の近くにいればその石が無遠慮に狩ってくれる、要は戦えば闇は自動的に狩れる訳だ」

「確かに、ヘルツ様がそんな事言ってたかも!」

「そして今、うちは非常に暇だ。なぜなら今日の学校は影武者に行ってもらってるから」

 ひょいと軽く飛び上がり、屋上に立つ。

「利害の一致がしていると思わないかい? だからどうよ、ここで一戦」

 優雷はやる気満々だった。しかし、レナは首を横に振る。

「ううん、君とはやらない。だって、優雷を殺したらラキに怒られちゃう! レナ、まだ力の加減が出来ないんだよ」

 レナは手を広げて笑った。優雷はその言葉に一瞬だけ動きを止め、わざとらしく一笑する。

「ははっ、加減ねぇ。小悪魔に手加減してもらう程弱くないんだけど……まぁいいや。心優しいレナちゃんに感謝しないとね」

 フェンスに寄りかかり、優雷はレナを横目に口を開く。

「ところで、なんだけどさ……ラキくんは、そっちにいるの?」

「え、うん! ラキならずっといるよ~」

「そっか、なら大丈夫かな。何かあっても、ヘルツ様なら対処できるよね。ねぇレナ、ラキくんに伝言頼んでいい?」

「うん、いいよー。なんて伝えればいいの?」

「出来る事なら、会いたいな。あと、この前ユウくんが『出ていくならせめて一言連絡してからにしてよ!』って怒ってたから帰って来る時は少し身構えた方がいいよって事と、あとは……ありがとうって、伝えといて」

 その時見えた彼女の表情は、至って普通の少女のようだった。

 レナは伝言を覚える為に頭の中で反復させてから、「覚えたよっ」と笑顔で頷く。

「てかラキ、連絡よこしてなかったんだよね! 大丈夫、レナがきちんとお手紙だしなさいーって言っておくよ!」

「ありがと、頼んだよ。じゃあ、次合う時は戦おうね」

「うん! 分かった~、じゃあね優雷!」

 レナは手を振り振りし、屋上から飛び降りる彼女を見送る。

「わぁ~凄い。『あの力』でも飛べるんだぁ」

 その時チャイムの音が聞こえ、休憩時間が入る。そのタイミングになると、一気に闇が宝石に吸収されていった。

「ふぅん。やっぱ、思春期って闇が多いんだぁ……んー、セーシャねぇ待っている間ヒマだしなぁ」

 再び訪れた退屈にぼやいてみる。また誰かきて遊び相手をしてくれないだろうか、本当は手合わせの誘いに乗りたかったのだ。だけど万が一があったら困る、レナだって怒られたくない。

 姉が早くきてくれれば済む話なのだが。レナは本当に退屈だった。

「……あ」

「あっ、人きたぁ!」

 だからこそ、何気なしに現れたこの学校の生徒であろう美少女に、食いつかざるを得なかった。

「こんにちは、君はここの生徒でしょ? 実はねぇ、レナもここいこっかなって思ってたの! だってほら、制服がかわいいじゃん! あと、制服の色が選べるってのがいいよねぇ。レナ、紫のやつにしようって思ってたの!」

 丁度、彼女が着ている制服は選べる四色の内の「紫」の種類だった。とは言え、夏服で色が違うのはリボンくらいだが。

 明らかに陽キャの金髪ツインテールにじろじろと見られ、思わず小さく後ずさる。

「あ、えっと……」

 少女のその麗しい顔はあまり動かなかったが、彼女は確実に困惑していた。

「それで、君の名前は? レナはね、レナだよ!」

 一歩引いたのにも関わらず、ぐいぐいと距離を詰めてくる。しかしどうも、名前だけは教えちゃいけない気がした。出来る事なら、今すぐにでも逃げなければいけないと。

「んー、どっかで見た事あるなぁ……あ、そっか思い出したぁ! 君、ひか」

「人違いです」

 言葉が終わる前に飛んで来た否定。それは最早肯定だが、レナは相手の返答など関係なく断定する。

「えー、絶対そうだよ! だってヘルツ様が見せてくれた『アイツが選びそうな人の子四選』にいたもん! 親父が選ぶとしたらどう考えてもこの四人だって言ってたんだよ、ヘルツ様はウソつかないもん!」

「じゃあ、殺しちゃってーっ」

 早速と言わんばかりに手を伸ばしたその時、

「コラーッ! アンタちょっと待ちなさいっ、なんでよりによって今なの!?」

 なんとも通る大声が、その手を止めさせた。

 声が下のは屋上の入口の方。二人がそこに顔を向けると、走ってきたのか息を切らす舞明がいた。

 舞明はカバっと顔を上げると、端的に言えば絡まれている少女に駆け寄り、二人を剥がす。

「アンタ大丈夫? その、なんて説明すればいいのか分からないけど……とりあえずっ、早く教室に戻れば問題ないから!」

 流石の彼女でも、この金髪少女が闇の子である事に気が付いていた。それもそのはずだ、彼女は授業と言う名の昼寝時間を終え、休み時間だぁと伸びをした丁度のタイミングでマキャーに「急げ!」と屋上まで連れて来られたのだ。

 どう考えても、闇の子がきたとしか思えない。同じ制服を着ているこの妬ましい程に美人の彼女は一般人だ。強いて言うのなら、学校内では有名人だが。

 この私立四光自由学園で噂される「二大美人」の存在。それは、穏やかな笑顔を見せながら振舞う正に天使(※比喩的な意味で) な柏木沙宵(かしわぎさよい)と、凛としたクールさと掴めないミステリアスさを纏う紫水澄麗(しすいすみれ)の事であり、闇の子であろう少女に絡まれている彼女は、正にその二大美人が一人、澄麗だ。

 確かに彼女はちょっとした有名人だが、それとこれとは別の話、彼女を巻き込むわけにはいかない。舞明はその一心だった。

「じゃあ……よろしく」

 なんだか違和感のある言葉選びを不思議に思いながら、足早に去ろうとする彼女を見送る。美少女は、マキャーの事は見えないように、その横を素通り――

「待て、澄麗。君、昨日の実技訓練来なかったよね?」

 出来なかった。

「……へ?」

「体、動かしたくない。だからやらない」

 間抜けな声を漏らす舞明をよそに、澄麗は一回だけ立ち止まり、マキャーに言葉を返す。その後直ぐにその場を後にした。

「あ、澄麗! はぁ……頭が良い子は挑発に乗らないから扱いにくいんだよなぁ……」

 溜息を付くマキャー。間接的に舞明の事をバカだと言っているようなものだが、気が付かないフリをして今の事を尋ねる。

「どういう事? あの紫水澄麗も光の子なの? てか言わなかったけど、そこらの説明してくんない?」

「キュウ。とにかく、今は目の前にいる闇の子の相手をするっキュー。昨日と同じ感じで戦うキュ!」

「わざとらしく語尾つけやがって、時間無いんだって!」

 あざとい行動に少しだけ腹を立たせるが、最早それをどうこう言っている暇はない。何せこの休み時間は、五分しかないのだから。

「あの子、なんでこの時間に屋上来たんだろー?」

 レナは呑気に首を傾げているが、本当に時間がないのだ。

「あ、そうだ! 君も光の子でしょー? セーシャねぇが言ってたぁ、」

「ごめん今そういう雑談してるヒマないのっ! 放課後に相手するから、今はやめて! ね!?」

 ワンチャンスに賭けて、話しが通じるかも分からない相手に頼み込む。

「むー……そっかぁ。ならいいよ、レナはそこの猫ちゃんと遊んでるもん!」

「えぇっ僕!?」

 まさか話を振られるとは思っていなかったのだろう。驚いた顔でレナに目をやる。

「あ、おけおけ! じゃあよろしくマキャー、アタシ放課後にまた来るから!」

「ちょっと待っ」

 いつもの仕返しと言わんばかりに、舞明は躊躇する事無く教室に戻った。まぁ多分、アイツならどうにかしてくれるだろうと、そんなくらいの心行きで。

 それからなんとか間に合った舞明。相も変わらずチンプンカンプンな授業内容を聞き流し、隣の優雷に目をやる。。

 隣の席は優雷の物だ。窓際だからかよく外を眺めているが、話しは聞いているようで突然指名されても難なく答える事が多い。本人曰く、清雷という頭が良い人格にの脳内で教えてもらっているとの事だ。卑怯者め。

「ではこの問題を……創火花さん、お答えください」

「あ、はーい! んー。あー、ウチそれ分からないです。多分、望月さんなら答えられるかと」

「えっ!? ちょっと待って優雷、アタシも分からないわよこんなの!」

「うん知ってた。あ、答えは『13』みたいですよ先生」

 答えられるのなら何故振った。そんな目を向けるが、無事正解を当てる事が出来た彼女は気にせず席に着く。

「あんねぇ……」

「はは、ジョークジョーク」

 軽く一笑するとまた窓の外を見て、それから何かを見つけたようで小さく手を振った。ちなみに、彼女の視線の先にいたのは、所謂天使とでもいうのだろうか、人間のような姿をしながら真っ白い翼を持った少女だった。

 天使であろう彼女は向こうで手を振り、直ぐそこまで飛んでくる。

「ねぇね、学校終わったら遊びに来てって優雷に伝えといてよ~。妹達がまた会いたいってさ、あと、ユウくんって子も連れて来てね! 絶対お近づきになってみせるんだから!」

 言葉にして返せないからか、こくりと頷いて返事をした。向こうも事情は察しているようで、了承の意を確かめると「じゃあね~」と言ってまた飛んでいった。

 思わず持っていたシャーペンを落としそうになったが、何とか受け止め落下を阻止する。

 舞明は何も天使が飛んでいる事に驚いた訳でも、優雷に天使の知り合いがいた事のに驚いた訳ではない。では何か。それは一つ、今隣に座っている「優雷」が優雷ではないという事実にだ。

(え、じゃああれは人格のどれか……どの人格だ? 雷か……多分雷だ!)

 授業も聴かずに思考を回すと、ニッと笑う彼女が口だけを動かす。

 ご名答、と。

 いつもは直ぐ気付けたのにと、ちょっとしたショックを受けたが、まぁ仕方がないかと思い直す。何せ数多くある人格の中で、雷だけ異様に主人格に近しいのだ。それはもう、影武者用なのではないかと思うくらいには。

 という事は、またサボりやがったあの女。そんな事が出来るなら自分だってやりたいのに。そんな事を心の中でぼやくと、雷は聞こえないふりをして笑っていた。


 放課後になり、舞明は再び屋上に向かった。

 彼女が帰ってくれていたら良かったのだが、人生そう都合よくいくものではない。

「あ、さっきの子だぁ~。セーシャねぇ、言ってたのこの子でしょ?」

「えぇそうよ。昨日ぶりね、舞明」

 むしろ、増えていた。

 女二人の相手をしているマキャーは、舞明が来るとホッとした表情を見せる。

「舞明やっと戻ったっキュか。どれだけ待たせるんキュ」

「授業してたのよ授業! アンタは遊んでいたんだからいいじゃん」

「社長の孫の相手をしているようなもんなの! 気が気じゃないんだよ」

 そんな事も分からないのかと言いたげな表情が癪だったため、とりあえずデコピンをしてやる。

「セーシャねぇ、なんでレナ達社長の孫なの?」

「あれじゃないかしら。彼はヘルツ様のパパの部下だから、比喩的に社長の孫なんじゃないかしら」

「そっかぁ~」

 そんな姉妹の和む会話に入るのは気が引けたが、致し方無い。

「あのさ! 出来れば今すぐ帰ってほしいんだけど、頼めないかなぁ!?」

 舞明の叫びに、レナは意思を確認するように姉の目を見やる。セーシャは少し困ったような笑みを浮かべ、「そうねぇ」と口にした。

「レナ。どうしたいかしら?」

「うーん。レナはね、殺したいっ! だって、そうしたらいっぱい褒められるでしょ~?」

「そうね、そうした方が喜んでもらえるわ。……そういう訳だから、舞明。対戦、お願い出来るかしら?」

 浮かべられた微笑みは、女優宛らでなんとも美しい。

「拒否権って、ありますかね……?」

 後ずさった舞明のその問いに、姉妹は声を合わせて「ない」と答える。

「諦めて戦うっキュー。それが君達の役目なんキュから」

 マキャーの何だか癪に障る言い草で告げられる言葉。あまり気は乗らないが、やるという事になっている以上仕方がない。

「仕方ないからやってやるわよ! 宝石っ、来なさい!」

 投げやりの呼び掛けに応じ、天色の宝石が舞明の手元に現れる。そして光を込めた手で握り、天使同様の力を活性化させる。

 二度目の衣装に身を包み、二人の闇の子に目をやる。

「レナ、訓練通りにやりなさい。私はサポートするわ」

「あいあいさー!」

 ビシっと敬礼を決めた。地を踏みしめ飛び上がると、空高い場所で黒い翼を広げる。

「じゃあ、いっくよー! 発射だぁ~!」

 弾む声と共に手を伸ばし、闇の力の塊をそのまま飛ばして来る。自由気ままに飛び交う弾は軌道が読みづらい。しかし、マイミの中の素質と言う名のアシスタント機能のお陰で何とか除け交わし、こちらからも嗾ける事が出来る。

 マイミの飛ばした光は素早く真っ直ぐに飛び、次々と対象目掛けて突っ込んで行く。そのうちの一つが出来た隙に牙を立てようとしたが、セーシャがすかさず蹴り飛ばし、闇へと変換された力が破裂し、飛び出たそれがマイミに襲い掛かる。

「やっぱり、性格出るんだなぁ……」

 マキャーが呟く。

「なに達観して感想呟いてるのよ! 二対一とか絶対不利じゃん!」

「半人前の小悪魔二人くらい、一人で捌いてもらわないと困るキュ」

 マイミの訴えに、彼は驚き混じり呆れ交じりの表情を浮かべた。わざとなのか天然なのか、この馬鹿にした感じ。本当に頭に来る。

「うっさい! じゃあアンタは出来んの!? 戦えないタイプのマスコットの見た目じゃん!」

「失敬なっ、五歳児に負ける程弱くない! 僕はこれでも中級天使だ!」

「人外の感覚だから仕方ないのは分かっているけど、五歳児扱いはよして欲しいわ」

「そーだよ! レナ、お酒飲めるもん!」

 様々な方向から様々な訂と苦情正が加えられ、状態はごっちゃとなった。その中でも飛び交う術達、これは正にカオスとも言えよう。

「まぁ、まだ契約して二日目だから仕方ないか……もう一人呼んでくるっキュー」

 マキャーがそう言ったのと同時だった。

「っと、やぁマイミ」

「ゆ、優雷!? アンタ人格影武者にしてまで来なかったくせに、なんでいんのよ!」

 驚きも交じったそのツッコみに、優雷は小さく笑った。

「いやねぇ。さっき、そこのレナちゃんに『手加減できないから、君とは戦わない!』って言われちゃってさぁ。遊び損ねちゃって。今なら場に乗じて楽しい事出来るかなぁーって、思ってさ」

 まさか、今こうして殺されそうになっている事を察して助けに来てくれたのか! そんな風に解釈しそうになったが、優雷の事だ。多分、言葉そのまんま、今なら戦えると思ったのだろう。

「大丈夫よレナ。優雷は、ぶっちゃけチートなのよ? ラキが話してたじゃない」

「あ、そっかぁ。ラキの主だもんね! じゃあじゃあ、今から一緒に遊ぼ!」

「お、やっとその気になってくれた? そりゃ嬉しいね! じゃあ、光縛りでやってみようか!」

 優雷はニコッと笑うと、飛んできた宝石を手に掴み、その流れで光を籠める。そうして光を活性化させると、伸びた灰色の髪に赤のグラデーションが入り、同時に衣装もマイミと色違いのようなモノとなった。

「なっ、アンタもあの大神と契約してたの!?」

「うん。『気が向いたら手助けしてやれ』って、大神様に頼まれたからねぇ」

 空笑う優雷は、すぐさま手の光を集め四方に放つ。

「光縛りした以上、この力だけで戦ったるよ。人格も創造術もなし、正々堂々とね」

「アタシ、もうユウラ一人でいいと思う」

「ダメっキュー。強き者に甘えるだけじゃ成長しないっキュよ。だから人類は愚かなんだ」

「はぁ!? やってやるわよじゃあ、今に見てなさいよ!」

「わぁ単純。うち、アンタのそういう所結構好きだよ、面白くて」

 あまり褒められているような気がしない褒め言葉は流しておくとしてもだ。ユウライの助っ人はかなり心強い。

 ユウライが放り投げた光に混じり、生成した氷山鎌でレナに襲い掛かる。

「わ、本当に氷山鎌だぁ!! じゃあじゃあ、レナはこれ~!」

 高揚したレナがその手に作り出したのは、同じく絶対零度に登場するライバルポジション、炎帝陽炎の使用武器「烈火大剣」だ。

 レナの小ぶりの身体に見合わない大きな剣。しかし、彼女は難なくそれをぶん回し、鈍い音を立てて鎌と衝突する。

 この氷山鎌は、本物と違い本当の氷で出てきている訳ではない為、漫画のシーンのように溶かされる事はない。しかし、相手は大剣だ、物理的に重い。

 走った痛みに顔をしかめる。瞬間に、レナが剣を捨て直接殴りかかる。屋上の床に突き刺さった大剣は本物と見紛う炎を纏い、ごうごうと燃えていた。

「ふーん。こいつが烈火大剣ねぇ……」

 足を突いたユウライが興味深そうに眺める。

「ユウライもそのヤツ見てるんキュか?」

「いや、見てないよ。だけどマイミからよく聞くからね、話自体は知ってる」

「炎帝陽炎。なんだか、シンパシー感じるんだよね、あぁいうキャラを見ると」

 地面にぶっ刺さる大剣を抜き、ひょいと遊ぶように扱う。

「『勘違いするな、オレはオメェの味方にはならねぇ』」

「『言ったろ。オレは、オレだけの味方だ』」

「キュ?」

 首を傾げるマキャーにユウライはニヤッと口角を上げる。

「陽炎のセリフ」

 何とも愉快そうな彼女は、燃え盛る大剣を、簡単に投げ飛ばす。その標的は、一見遊んでいるかのようにマイミと殴り合うレナだ。

 レナはユウライの攻撃に気が付かなかったが、妹を見守っていたセーシャには察知され、術で跳ね返される。

「っと、気付かれたか。流石姐御」

「だから、その姐御ってのは何なのよ……」

 セーシャの問いかけには答えず、ただ笑った。下手したら大怪我をしていたであろう彼女を横目で見れば、自分と同じくらいに、彼女はこの状況を愉しんでいた。マイミの方は、そんな余裕はないみたいだが。

「手加減できないってのは本当なんだねぇ」

「そうなのよねぇ。出力制御が上手くできないみたいで」

「あー、初心者あるあるじゃーん。君達、五年目だっけ?」

「なに雑談してんのよ!! アンタ戦いたくて来たんでしょ!?」

 間髪入れずに飛んでくる声、どうやら会話は聞こえていたようだ。

「はいはい。姐御、妹君の為にも早めに制御できるようにさせたほうが良いっすよ」

 術の準備をしながら飛び上がる。

「……あの子、私が敵だって分かってないのかしら?」

「別け隔てのない良い娘っキュね」

 なんか違う気がするマキャーの言葉を聞き流し、妹が怪我をしない為にも空を見やった。

「お望み通り助っ人登場ーっと。マイミ、生きてる?」

「どう見たってっ、生きてるでしょうが!」

 物凄い勢いで振り向かれ、笑い声をあげる。そしてレナは目を星のように輝かせた。

「わ、相手が増えたぁ~。じゃあじゃあ、もーっと強いの持ってこよっかぁ! レナ、がんばっちゃう!」

 腕を大きく振り上げ、天に向けられた手の平から闇の力が溢れ出し、まるで帯電しているかのようにバチバチと音を立てていた。

「なぁにアレ、やっばぁ……」

「はは。ありゃ流石のうちでも、直で食らったら死ぬわなぁ。どうするマイミ、防ぐ?」

「防ぐ以外の選択肢があるの!?」

 とぼけたように問いかけてくる彼女に、マイミは不意を突かれたように声を上げる。

「ないよ」

 その時、レナが「いっくよー!」と、宛ら地下アイドルの掛け声のような言葉を言い放つ。ニコニコ笑顔なのが尚それを際立てている。

 マイミは慌てて防ごうと、光を使いバリアを張ろうとした。した、のだが――

 次の瞬間、あれ程の闇の力が一瞬にして消え失せ、レナが宙から落ちる。

「だから無駄遣いするなと言っているだろうに」

 突如現れた人影が、落ちそうになったレナを受け止めた。深い黒色の翼で浮かぶ彼は、マイミも見覚えがある。確か彼は、ローブァイトだ。

 セーシャはホッと息を突いて、咄嗟に動かそうしていた態勢を直す。

「すみません、ローブァイト様」

「問題ない、子どもにはよくある事だ。しかし、お前はこう言った事態にも素早く対処できるようにならないといけないぞ。俺だって気付けない時があるかもしれない」

 冷静なやりとりをしている二人に、困惑したマイミはユウライに顔を向ける。

「えっと、つまり?」

「燃料切れ。端的に言えば、力の使い過ぎ」

 レナは、気楽そうにお姫様抱っこの状態で眠りこけている。その様は本当の五歳児のようだ。

「お疲れ様です、ローブァイト様」

 一通り、彼等のやり取りが終わると、マキャーが彼の下に寄り頭を下げる。

「マキャーミティールル・ドールキャット、任務ご苦労様だ」

「ですから、マキャーだけで大丈夫ですって」

 姓と名をフルで呼ばれ、苦笑いを浮かべる。

「お前のフルネームは語感がいいからな。見ての通り、コイツが疲れ果てたから今日は引き取らせてもらうが……その前に、一つ言わせてもらおうか」

 その前置きに、マキャーは「はい」と頷く。

「お前は、少々生易しい。『面倒くさいから』などの理由で訓練に来ないようなら、強硬手段を取ってでも連れて行け。分かるな?」

「あぁ、見られてましたか……。あの日は見事に交わされたモノでして」

「まぁ、『弟との約束がある』なら許してやってもいいが。心の天使なら、人の子如き思うように操れるようになれよ」

「おっしゃる通りです」

 そんな会話を交わす最中、マイミは何か言いたげだ。

「人外の人間卑下はツッコんだらキリがないから止めた方がいいぜ?」

 ユウライが笑いながら告げた。

 マイミは依然と不服そうだが、キリがないのは察している。だから、それ以上は言わないでおいた。

「一先ず、俺達は帰らせてもらうが。もう一度言うぞ、俺達に弱い者いじめをさせるな。子天使を力でねじ伏せるような趣味はないからな」

「承知しました」

 今一度深く頭を下げ、二人の女子を連れて帰るローブァイトを見送る。

「んー。あまりやりたくないけど、仕方ないか」

 マキャーのそんな呟きに、マイミは疑問の一音を漏らす。

「集中訓練っキュ。君達、十五日から長期休暇だったっキュよね?」

 それは、マイミにとって勘弁願いたい内容である事は間違いないだろう。

 集中訓練。これは天界の全ての世界にある学校にて例外なく行われる、恒例行事とも呼べるモノだ。

 期間中、指定の施設に寝泊まりをし、座学は一切なしに集中して実践訓練を行う。これが集中訓練だ。これが中々キツかったりする。勿論、マキャーも通った道だ。

 しかし、夏休みは自由にゴロゴロして過ごしたいマイミ。なんの気兼ねも無しに夜中までオタ活に浸っていたいのに、そんな事は嫌に決まっている。絶対に嫌だ、端的な感想はそれでしかないのだ。

 そんなマイミを察したユウライ。これから起こるであろうマキャーとマイミの討論を想像し、一人で楽しそうに一笑した。

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