第11話 幻の戦い




 我々は大勝している。そのムードは全軍に伝わっていた。けれど、日本軍は弱卒揃いの軍隊とはわけが違う。誇り高く、投降にも応じない。船の中でオレは必死の抵抗をどう潜り抜けるか、考えていた。



「ダグラス少尉。考え事でしょうか」


「アルバス上級曹長か。実は不安でな。イエローモンキーもこと戦いとなれば侍となる。圧勝でなければならん。こちらの被害はゼロにしたい。難しいとは分かっているつもりだがね」


「日本は負けですよ。本気のアメリカ軍には勝てない。でも、部隊編成なんてダグラス少尉の権限を超えているでしょう。おれたちはただ、お国の為に目の前の敵を殺せばいい」



 その島を攻略する作戦が開始された。艦砲射撃にも怯まず、日本兵は出てこなかった。ならば、地上戦力で殲滅していくのみ。



 1943年8月15日。


 本格的な戦いが始まった。立ち込めていた霧に注意しつつ、オレは部下たちに慎重にやるように命令し、中央をすすんでいく。


 遠くで銃声が聞こえてきた。北だろうか。撃ち合っている音だ。間違いなく日本軍はいる。緊張には慣れていたつもりだったが、この緊迫感。クセになりそうだ。

 隊を分けて、進んだ。だが、この判断は間違いだった。


 ドン。


 爆発音。無線で話しかける。無言。オレは部下たちの元へ走った。部下たちは死んでいた。地雷を踏んだんだ。事故死みたいなもんだ。だが、隊を分けなければこんな事態にはならなかった。オレの作戦のせいで部下が死んだ。なんて、凹んでいる場合じゃなかった。


 横から射撃を受けている。木の陰に隠れながら応射。部下のひとりが死んでいた。


 クソ、簡単な虐殺になるはずだったのに。


 敵が日本軍かどうか確認しなければ。オレは敵兵の亡骸を見て唖然とした。アメリカ兵? 祖国を裏切った? いや、この霧だ。同士討ちが起きたっていうのか!? 遺族に何て言われるか分かったもんじゃない。


 オレは最悪な気分を抱えながらも目的地まで踏破した。日本軍なんていなかった。どこを探してもオレたちが殺すべき人間はいなかった。


 上官に現在の状況を報告した。向こうも混乱しているようだ。少なくともここにいれば、戦死の心配は無さそうだ。……オレたちの戦争はここで終わりなのかもしれない。通信で上官はどうやらオレたちの精神を不安に思っているようだ。


 横のテントにいるアルバス上級曹長を訪ねた。ろくに物資も無いが、誰かと喋っていたかった。だが。妙に静かだ。他にも生き残りはいたはずだ。オレたちは誰かに負けたわけじゃないんだぞ? 生きて帰れるのだぞ? テントの中を見て。オレは……。



「アルバス?」



 アルバスらしき男が軍服のまま座っている。しかし、頭が無かった。馬鹿な。自殺だとすれば、その辺りに首が転がっているはず。同士討ちなのだとすれば、服を見てそれが仲間のアメリカ兵であることは分かるはずだ。それに何故オレを殺さない?


 何が起こっているのか分からない。そうやって呆けていたら、首元にナイフが突きつけられていた。やっぱり、日本兵がいたのか? 殺される。そんな確信があったが、その者は霞となって消えた。チラリとその顔が見えた。どう見ても彼は……。


 兵士の死者は100人を超えた。同士討ちと、“幻”のせいで。日本軍はとっくの昔にその島を去っていたのだ。まるで壮大な戦争ごっこのようだ。馬鹿馬鹿しい。


 オレたちは幻影と戦っていた。こんなに虚しいことがあるだろうか。でも、本当に虚しかったのは“終わってしまう”ことだった。



 後年、オレはその島に行った。誰もいないはずの無人島。でも、そこへ降り立った途端、首元にナイフが突きつけられた。命を奪い奪われる張り詰めた緊迫感。


 見覚えのある顔。懐かしい顔。傷だらけで、けれど皺ひとつない若者だ。ギラギラとした目は何者も映っていない。虚ろな影だ。



「何故来た?」


「真実を確かめに」


「これは軍事演習だ」


「きみは誰なんだい」


「分かっているくせに。オレはおまえだよ」


幻霊ファントム……」


「おまえは日本兵を殺せず、残念だったのだろう? いや、違うか。合法的に殺せるなら、アメリカ兵でも良かった。なぁ、そうだろう」


「……そうだな。知ってたさ」


「満足したか?」


「では、死のう。おまえ殺人者と共に」



 爆発。ダグラスは腹に爆弾を巻き付けていたのだ。そのせいでこの者が真に幻霊ファントムであったかどうか、今では分からぬ。ただ、爆発の後に転がっていたのは朽ちた頭蓋骨がひとつだけであった。ヘルメットを被った男の骨だった。


 人はいない。あるのは人が死んだ島だけだ。命を飲み込み、命と共にある巨大な墓標だ。海は青く、かつての争いなど見る影もない。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 これ聞いたことあるよ。コテージ作戦。キスカ島に攻め寄せたものの、日本軍は既に撤退してて。それなのにアメリカ軍は同士討ちで被害を出したんだよね。


 まあ。歴史学の勉強の成果でしょうか。


 というか、海外のお話も出来るんだね。


 もちろんでございます。死角はありません。


 でも、虚しいお話だね。何も自分の偽物と心中しなくてもいいのに。


 それは偽物だったのでしょうか。


 え?


 人を殺すことが好きになってしまった影。その心をキスカ島に置いていった男。そのどちらが本物だったのか、それは判断がつきません。


 ……眠くなってきたかも。


 ええ。


 おやすみ、ばあや。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。

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