第7話 魔球



 おれは転校生だ。最初のうちはあれこれ世話を焼いてくれる人がいたが、落ち着いてきたな。おれは野球が好きだ。いつかはホームラン王になりたい。でも、親の都合でよく引っ越す。だから、部活には入らないと決めていた。


 針枷はりがせと初めて会ったのは夏の大会が終わった頃だろうか。毎日のように壁にボールを投げていた。そんなに野球が好きなら、野球部に入ればいいのに。


 おれはそのことをクラスメイトの財部たからべに言った。こいつは学校のありとあらゆることを知っている。こういうポジションの男を見つけるにもコツがある。転校歴10年のプロであるおれが言うんだから間違いない。



「ああ、あいつな。針枷恋太郎のことだろ。あいつ、元々は野球部に入ってたんだ。でも、みんなから避けられるようになって、気まずくなって辞めたんだ」


「いじめか?」


「違うさ。むしろ逆。針枷は魔球を投げるのさ。おばけフォーク。野球部のやつら総出になっても打てないらしい。もし、あいつが野球部に復帰すりゃ甲子園に届くかもしれねーな」


「余計に分からない。そんな怪物ピッチャーをどうして避けるんだよ。おかしいだろ」


「そりゃ、おばけフォークを投げるからさ。あぁ、なるほど。このフォークがとんでもない落ち方をするんだって、勇海いさみは思うんだろう?」


「そうじゃないのか?」


「あいつがマウンドに立つと雰囲気が暗くなるんだ。そして、針枷の後ろに怖い顔をした女の鬼が見えるんだって。バッターはもう、振るどころじゃない。悲鳴上げて逃げていく。もう、試合になんてならない。練習だって同じさ」


「おばけが出るから、おばけフォークなのか」


「そうそう。ストレートの伸びもいいし、カーブの曲がり方もエグい。球速もいい。謙虚だし。おばけフォークさえ、無ければなあ」


「見てみたいな、そのおばけフォーク」


「おまえ、幽霊とか信じてないタイプ?」


「普通そうだろ。この町はおかしいぜ。教室のあちこちからは呪詛がどうやら祝詞がどうやら、声が聞こえてくる。にしても、針枷のやつ。あんなに楽しそうに野球してんのによ」



 おれは許せなかった。その幽霊が何者であろうとも、男子高校生の青春を壊して良いはずがない。野球部のやつらを呼んで、針枷と勝負をすることにした。針枷は今にも倒れそうなくらいに痩せている。


 針枷を幽霊から解放させるにはどうすればいいか。何となくだが、これが正解だと思う。


 バットを構える。ストレート。ファール。カーブ。ストライク。ストレート。ギリギリファール。カーブ、ギリギリファール。スライダー。ギリギリファール。


「使えよ。その呪縛、おれが解いてやる」


 そして来た。針枷の後ろに鬼の面を上半分だけ被った女の人が立っている。彼女は牙を剥き出しにしてこちらを威嚇する。雰囲気が一気に張り詰めていくのを感じる。確かに怖い。今すぐにでもこの場から去りたい。そんな風に思ってしまう。


 おばけフォークをおれは打った。何せフォークが来るのだと分かっているんだら、対処は余裕だ。幽霊は無視して打てばいい。打球はぐんぐんと飛距離を伸ばし、ホームランとなった。とても爽快な気分だった。


 針枷にもう一度投げさせると、普通のフォークが投げられた。そこに幽鬼はいなかった。彼は泣いていた。幽鬼は何のために針枷に憑いていたのか分からない。少なくとも、彼は真っ当な手段で甲子園を目指すことが出来るのだ。それがオレが最も嬉しいことであった。


 そして月日は流れて。おれの転校の季節がやって来た。身長も伸び、筋肉質になった針枷からは立派なバットを貰った。彼は甲子園には行けなかったが、それでも満足した様子だった。


 そこで初めておれは針枷の母親を見た。どう見てもおばけフォークを投げるときに現れた幽鬼に違いなかった。なぜか、針枷は嬉しそうにしていた。


 数年後。大学でキャッチャーをやっていたおれの耳に魔球を操るピッチャーが出たと話題になった。なんでもおばけシンカーと呼ばれる魔球を持っているらしい。


 おれはその日、ホームラン王になることを辞めた。変わり果ててしまった針枷が怖くなってしょうがなかった。貰ったバットを勢いよく叩きつけると中からは紙が出て来た。紙の中にはただひとこと「怨」と書かれていた。おれは何も悪いことなんてしていない。


 でも、針枷がそうまでして母を背負いたかった理由は結局分からなかった。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしょうか、ぼっちゃま。


 親離れ出来ていない子と子離れ出来ていない親。そういう意味ではピッタリなのかもね。


 ですね。


 このあと、彼はどうなったの? プロ野球選手になったの?


 事故死なされたようです。バイクに乗ってガードレールに頭をぶつけたんです。でも、目撃者の証言によれば、バイクは二人乗りだったそうなのですが、もうひとりがどこへ消えたのか、それは誰にも分からぬこと。


 眠くなってきたかも。僕は野球は嫌いだ。


 まあ。そうでしたら、ばあやが教えますよ。


 良いもん。それよりもっと、ばあやにはお話をしてもらいたい。……おやすみ、ばあや。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。

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