案山子ビキニ
ボブラート
出会いの某日
密行
第1話 会社にて
「あぁーっ、終わったぁ」
液晶ディスプレイに長時間張り付けた目を離して、
「おい諸田。もう帰るのか」
来やがった。
諸田が嫌々目を向けた先には、営業課長の
そして、石籠の右手には、今日も今日とてクリップ止めされた書類の束が握られていた。
「すみません。俺、今日は大切な用事があって、もう帰らないといけないんです」
「嘘をつけ。『今日こそ早く仕事終わらせて、録画番組消化するぞ―』とか、楽しげに
いつ聞いたんだそれ。向かいのファストフード店で交わした会話だぞ。
石籠の特異な地獄耳と、同僚の浜須田の口軽さによって、諸田の言動履歴は半分筒抜けになっていた。
そして、書類の束が、諸田のデスクを叩くように差し出される。
「実はな、印刷機械のトラブルで、このパンフレットの納期が一ヶ月ほど延長しそうなんだ。だから、スケジュールの修正を頼む」
そう石籠が指し示したパンフレットは、諸田の見覚えのないものであった。
「待ってください。これ、俺の担当じゃありません。
「その通りだ。だが、焼原は仕事が遅い。奴の頭の部品もトラブルをきたしているくらいにな。代わりに消化してやってくれ。後で何か褒美をやる」
窓際の席で黙々と残業に勤しんでいる焼原を一瞥しながら、石籠は言う。焼原は石籠より10歳年上の42歳だが、ポストと実力は石籠が上回っているので、気兼ねなく部下の一人として呼び捨てをしている。
「褒美、褒美って、毎回それ言っといて、まだ一度ももらったことないんですけど」
「当然だ。本気で言ってないからな。鵜呑みにするお前が悪い」
美人若手課長を良いことに、やりたい放題調子こきやがる石籠。
ひと足先に帰宅する石籠の颯爽とした歩き姿を横目で睨んで、諸田は託された残業の消化に取り掛かった。
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