無気力系サキュバスが俺と幼馴染の恋愛をなぜか全力サポートしてくる〜なんでサキュバス界を敵にしてまで!?〜

@harumakiya

第1話 2階の窓から入るのは幼馴染かサキュバス

正座した膝の上で俺は汗ばむ拳を握る。

対面にいる彼女は俺のベッドの上で、気だるげに足を組む。

直視ができないので、握りすぎて青筋が浮いた自分の拳をじっと見ていた。


「あの…つまり、君は…。君はっ…!」


二の句が継げない。

本当に言っていいのかこんなこと。こんな。


酸欠の金魚のようになった俺の代わりに、彼女が答える。

ハスキーな声音だった。


「そ〜。あたしはサキュバス」


彼女は、ふわふわピンク髪でとろんとした眠そうな目の、今どきっぽい装飾過多な服を着て、腰元からコウモリみたいな羽が生えた、彼女は。

童貞の俺に向かってそういった。


「こんな!!!エッチなことがあるのか!!!???」


「…っう!耳壊れる…」


「すまないっ!すまない!!!だが!俺にはあまりに、あまりに刺激が強すぎる!!!」


今ちょっと既に鼻血が出そうだ。

あまり俺という童貞を舐めないでほしい。

【サキュバス】の【可愛い】【女の子】が【俺のベッド】に座っている。

単語一つ一つに破壊力がある。心臓が破けそうだ。


「勝手に押しかけたあたしも悪いから、落ち着くまで待つよ」


「たすかる…」


彼女から目をそらして深呼吸を繰り返し、これまでのことを整理する。


「君は、ついさっきこの部屋の窓から入ってきて、」


「うん」


「しかも飛んでいた」


「羽が生えているからね。ちっちゃいけど」


挨拶みたいに羽をピコピコと動かす。


「飛んでいるところを他の人に見られたくないから、こんな夜中に来ちゃったんだけど。ごめんね」


「いや、平気だ」


平気なんだろうか?

勉強机の上に置いた時計は一時半を指している。窓の外は他の家の灯りすら見えない深夜だ。あんまり平気じゃないかもしれない。

改めて思うと、あんなに大きな声を出したのは迷惑だったな。階下で寝ている父さんや母さんが起きていないといいが。


「…そういう生き物って本当にいるんだな」


自分の口からこぼれた言葉に驚く。

目の前の彼女の存在を受け入れつつあるようだ。

深夜という時間が、思考を麻痺させているのだろうか。

彼女は俺のつぶやきに、浅黄色の目を見開いていた。


「びっくりした。今って、本当にあたしたちみたいな存在の受け入れ早いんだ」


「そうなのか?」


「らしいよ。アニメとか漫画でそういうジャンル?として流行ってるって聞いた。

あたしたちの生態って、人間的にアリなんだ?」


「あぁ、うん。そうだな」


肯定してしまった。

動揺してとりあえず肯定してしまった。

だって漫画やアニメで人気のサキュバスなんて、十中八九エッチだ。あえて外す系もあるが、エッチじゃないサキュバスがある程度ベタな時点で、サキュバス=エッチだろう。

これ「そうだな」って言ってしまった時点で「俺はあなたのことをアニメのサキュバス同様エッチな目で見てます」って言ってるのと同じじゃないか。

さっき勢いに任せてなにか口走った気がするが、今はもう一見冷静に見える状態で「エッチですね」って言ったようなもんだろ童貞風情が。死ぬ。


判決を待つ罪人のように固まる俺に対し、彼女は飄々としていた。


「ぶっちゃけたすかるわ~。ままの時代とか全然信じて貰えなかったどころか、下手すると棒もって追っかけまわされたとかいうからね。まじやばいわ」


彼女はほっとしたように、へにゃりとした笑顔を浮かべた。

よかった。性欲異常者へ向ける目を初対面の女性から向けられたら、勢いで舌を噛みかねなかった。


「そ、そうか。サキュバス、さん?も大変なんだな」


「名前、アロマね〜。アロマでもアロちゃんでもアロ助でも好きに呼んで~」


呼び捨てもちゃん付けもあだ名も刺激が強すぎる。

さすがサキュバスということか。距離が近い。勘違いしそうになる。助けてくれ。

俺はさらに拳を強く握る。爪が皮膚に食い込むが、痛みは微々たるものだ。部活のために短く切った事を憎らしく思う日が来るとは。


「ど、どうも。俺は白木定宗(しらき さだむね)と言います」


「まじ丁寧でうけんね」


彼女はけらけら笑う。

そのウケるはどっちの意味だろう。

『必死さが滲み出ててウケる』とかだったらどうしよう。


「それで、アロマ…さんはなんで俺のところに…」


「そんなん一つだよ」


軽い調子で言いながら、彼女がベッドをおりる。

広くない子ども部屋だ。1、2歩近づくだけで、もう触れそうな距離まで詰められた。

思わず後ずさろうとして、足がしびれて無様に体勢を崩してしまった。


彼女は俺の前で、屈んだ。

視界には彼女のにんまりと笑った顔と、白くて丸い膝小僧が映る。

彼女は短いスカートを履いていた。目線を下げたい、と強烈に思った。同時に『そんなことはいけない』と理性が叫ぶ。お前はそんなことをしてはいけないのだ。

結果、俺は彼女の膝より下を見ないようにするために、ほとんど目を閉じていた。


「お願いがあってさ」


ハスキーで優しいアロマさんの声が耳をくすぐる。

まずいまずいまずい。

俺は彼女の、サキュバスの誘惑に負けるわけにいかないのだ。

彼女は俺が想定していた通りのセリフを言った。


「あたしに、定宗くんの精気をくれない?」

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