蝶よ花よ
夏休みだよ、と部室に入った途端に叫んだ先輩はそれはもうウキウキとしていた。
「そうですね。長い夏休みの始まりです」
中学生の頃は夏休みが始まる度にわくわくとしたものだが、今年はそんなこともない。俺も成長したのかもしれなかった。
「先輩は何か予定でも入ってるんですか?」
あんまりにも楽しそうにしているので、聞いてあげることにした。先輩はとにかく喋るのが大好きなので。
「親戚の持ってる島に遊びに行くんだ。海で泳げるんだよ」
「へぇ、楽しそうですね」
先輩がきょとんとした顔をしてから俺にすすっと近付いてきた。
「なに他人事みたいな顔してるの? 君も行くんだよ」
「……え?」
首を傾げる先輩が、俺をじっと見上げた。しばしの無言。
「……俺の予定とか聞いてないのに勝手に予定を入れてるんですか?」
「後輩は先輩と一緒に夏休みを過ごすものだよ!」
「それ、俺の知らない常識だなあ」
先輩は俺に先輩面をしてくるし、実際先輩ではあるのだけれども、たまに常識がズレていることがあった。蝶よ花よと可愛がられて育った箱入りっ子のような気がする。
「……えー、駄目だった? 君、どうせ用事なんか入ってないでしょ?」
「し、失礼すぎるなこの先輩」
「だって、君っていつも授業が終わったら部室に来るじゃないか。暇なんじゃないの?」
「……俺にも一応、友達はいますからね。真面目な生徒なので部室にちゃんと来てるだけですよ」
先輩は興味が無さそうに、そうなんだあと返してきた。
「まあ、とにかくさ。君は夏休みの予定空いてるんだろ? 僕と島に行こうよ〜! 海だよ、海。避暑地だよ? 今年の夏は暑いんだぞ?」
俺を熱心に口説く先輩の瞳はきらきらとしていた。それを眺めてから、俺は口を開いた。
「仕方ないですね。良いですよ」
「よし、言質は取ったからね。絶対行こう。海で砂の城を作ろうね」
部室に入ってきた時よりもご機嫌になった先輩に、こちらも少し楽しくなる。楽しい夏休みになりそうだ、と思っていた俺は夏休みだからといって事件が休んでくれる訳でないことをまだ知らない。
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