太陽

「これだよ、これ! 僕が求めていたのはさあ!」

 今の状況にそぐわないはしゃぎっぷりを見せながら、先輩が砂浜に駆け出していく。と思ったら、あついと叫んで戻ってきた。

「ちょっと熱いんだけど……砂が……」

「当たり前でしょう。砂が熱されているんですから」

「うう……こんなの聞いてないよ……ネットは教えてくれなかった……ここは避暑地じゃないのかな……」

 塩をかけた青菜のようにしおしおと萎れた先輩の足元に跪く。

「足、上げてください」

 持参したサンダルを両足に履かせる。夏休みだから海に遊びに行こうと俺を誘った割に計画がふわふわしているから、大丈夫かこの人と思って用意していたのだ。

「わー、流石僕の後輩! ありがと!」

 にこにことご機嫌になった先輩の黒々とした髪の上に麦わら帽子を被せる。

「手慣れてるんだねえ」

「小さい頃はよく海に来てたので」

 スポドリも用意してますよ、と言えば先輩が嬉しそうに笑う。

「僕は海がないところで育ったからね。この点においては君の方が先輩みたいだ」

 麦わら帽子のつばを掴んで、調整した先輩が歌うように呟く。

「そうなんですか」

 オカルト部、唯一の部員である先輩は聞いてもないのに自分が遭遇した話をぺらぺら喋るのに、自分のことは殆ど教えてくれない。出身地の話も初めて聞いた。

「さて、それじゃあ遊ぼうか。砂のお城を作ってみたいと昔から思っていたんだよ」

「……一応、俺は先輩に誘われた側の人間なのでとやかく言うつもりは無いんですけど。砂の城なんか作る暇があるんですか?」

 先輩は首を傾げる。なにが? とか言ってきそうな顔だった。

「なにが?」

「先輩の遠縁が亡くなって、遺産相続権を巡って話し合いをするってことでこの島に呼ばれたんでしょう?」

「そうだね。でも、僕は本当に遠縁だから相続権なんていらないよ。そんなことよりも海で君と遊ぶ方が重要だと思わないかい? 高校生の夏は短いんだよ」

 先輩が俺の額を人差し指で突く。

「……島に集められた人たちはそうは思ってないみたいですが」

「ああ、そうか。君、僕のこと心配してるのか」

「当たり前じゃないですか」

 にやにやと笑い出した先輩に、じとりとした視線を向ける。

「大丈夫だよ」

「そんな楽観的な……」

「大丈夫なんだって」

 先輩の冷たい掌が、俺の頬に触れる。

「だって、一人じゃなくて君がいるもの。二人なら、何が起きたって」

 大丈夫だよ、という先輩の声は残念ながら俺の鼓膜に届くことは無かった。読唇術を学んでおいて良かったなあと思いながら、俺は近くの桟橋に目を向ける。赤色と青色ってとても相性の良い色かもしれない。晴れ渡るような青い海と爆発して燃え盛る小型船の赤。綺麗だなあと眺めて現実逃避をしている俺の腕を引っ張って、先輩が歩き出す。斜め後ろから見た顔が、砂浜に駆け出した時と同じぐらい輝いていて、この人の中では海も爆発も同等の価値があるのだなと思った。……俺としても非日常なものは心が擽られるので好きではあるのだけれども。

「先輩。爆発した所に近付くのは危ないですよ」

 口だけは優等生のような事を言った俺に悪い笑みを向けてくる先輩には、全てを見抜かれているのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る