俺と先輩の序章

鷹見津さくら

鐘の音

 鐘の音が鳴る。この学園の中心には、大きな鐘が昔から設置されていた。

「うーん、この音は何度聴いても心地が良いね」

 先輩が目を細めながら、窓の外を見ている。ふわりと夏の風が先輩の長く黒々とした髪をなびかせた。俺の所属するオカルト部、唯一の先輩はそれはそれは楽しそうにしている。

「音というか、この近さだと振動って呼んだ方が適切だと思いますよ」

 俺の言葉に先輩が、きゃらきゃらと笑う。

「確かにね。びりびりと肌が震えるから、君の言う事は間違いじゃない。僕は好きだけれど、君はあまりこの鐘が好きじゃないのかな」

 先輩が立ち上がり、背を伸ばす。

「嫌いではないですよ。別段、好きでもないですが」

「うちの部室は鐘から距離が近いからねえ。君には悪いな、と思わないこともない」

 にこにこと何かを企んでいる時の笑顔で先輩が近付いてくる。

「でも、一応ここに部室を構えたのには理由があってね」

「……なんですか?」

 ふふん、と胸をそらす先輩が窓の外を指差す。直近に見える鐘はいつもと変わらない。いいや、何かが引っ掛かる。

「あの鐘は学園の異変を察知するという言い伝えがあってね。我らオカルト部にぴったりの話だろう?」

 じっと鐘を見て、俺はようやく気がついた。

「鐘の音が止まない」

 学園に入ってから早数ヶ月。最初は意識していた音も日常になってしまえば、それを意識しなくなる。日常に溶け込みすぎたせいで、いつもなら止まっている筈の鐘の音が続いていることにすぐに気が付けなかった。窓から見えるグラウンドで部活動をしている生徒たちも騒いでいる様子がない。

「君は運が良い。入学してすぐに学園におかしなことが起きるんだから」

「運が悪いの間違いでは?」

 先輩は、わざとらしく目を見開いた。

「それ、本気で言ってるの? オカルト部に入っておいて?」

 つんつんと俺の頬を突いた先輩の指を掴んでやめさせる。夏だというのに冷たい指だ。冷え性なのかと心配になってくる。

「まあ、俺としても気にはなりますよ。先輩がたまに語る冒険譚が本当のことなのかが分かりますし」

 地下に続く洞穴での事件や手芸部で起きた密室の全ミシン消失事件など、様々な事件の話を先輩は部活の時に語ってくれる。そのどれもが、オカルト部に所属しているのに普通の人間の起こした事件なので、先輩は不満らしいのだが。俺は割と楽しく聞いていた。そりゃあ、せっかくなら超自然的な体験をしてみたいけれど、ミステリだって好みなのである。

「本当のことしか君には話してないだろう?」

「昨日、俺の分のチョコレート食べてないって嘘をついたのは流石に覚えてますよ」

 先輩がそっぽを向いた。

「とにかく、僕と君で学園の異変を解決しようじゃないか。これで毎日部室に来てるのに活動をしてないせいで擬似幽霊部員だなんてクラスメイトに揶揄されることもなくなるよ?」

「それは先輩だけのあだ名なんで、俺には関係ないですね」

「……ええい、いいから調査開始!」

 先輩に引き摺られて部室を出た俺は知らない。この異変が原因で次から次へと学園で起きた困り事が持ち込まれることを。

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