トムとジェニー

@katonero

第1話


部屋でトムがノートに何か書いている。

そこへ、ジェニーがやって来た。


ジェニー「ねえトム、何してるの」

トム「劇の台本を書いてる」

ジェニー「こどものころ、シンデレラの劇を見たわ」

トム「ぼくのは、一幕の対話劇だ」

ジェニー「ずいぶんとシンプルね」

トム「まだ初心者だから、簡単な短いものを書くんだ」

ジェニー「四こま漫画みたいなものね」

トム「四こま漫画は、ストーリー漫画の基本だけど、れっきとしたひとつの漫画のジャンルだ」

ジェニー「あなたの一幕の対話劇も、じゅうぶん名作になりうるわね」

トム「ちがう方の、めい作っぽいけどね」


ジェニー「それは?」

トム「むかしの漫画、火星探検」

ジェニー「火星人とか出てくるの?」

トム「うん、出てくる」

ジェニー「火星の画像や動画を見たけど、生物は、いないっぽいわ」

トム「それについて、ぼくはいろいろ考えた」

ジェイー「部屋で考えるんじゃなくて、火星まで行って、調査するべきよ」

トム「ぼくは、この部屋で考えて、いちおうわかった」

ジェニー「へえ、そうなんだ、で、火星人はいるの?いないの?」

トム「わからない」


ジェニー「つまり、火星人がいるのか、いないのか、わからないことが、わかったのね」

トム「火星人がいるのか、いないのか、については、ぼくは、わからない。でも、いろいろ考えてわかったのは、そのことじゃない」

ジェニー「で、何がわかったのよ」

トム「火星に火星人がいるかどうか、わからないけど、生命は存在する」

ジェニー「なるほど、証明できるかしら」


トム「生命とはなんだろう。地球の生命は、どのように誕生したのだろう。地球以外の惑星に、生物はいるのだろうか。ぼくの考えでは、地球以外にも、生物はいる」

ジェニー「だから、その証拠をみせてよ」

トム「証拠なら、どこにでもある」

ジェニー「この部屋に?」

トム「うん、あるよ」

ジェニー「ぜんぜんわからない、説明してよ」


トム「生物が死ぬと、土にかえる。恐竜は化石になる。つまり、有機物が無機物になる。その逆、無機物が有機物になることは、ない」

ジェニー「今のところは、そうだわね」

トム「この世界では、無機物は、有機物にならない。でも地球にたくさんの生物がいる。無機物から有機物にならなくて、有機物は無機物になるのだから、まづはじめに有機物が存在して、それが無機物に変化する」

ジェニー「地球全体が有機的な生命体ってことかしら」

トム「地球だけじゃなくて、宇宙全体が有機的な生命体だと、ぼくは思う。地球は宇宙の一部であり、つながってる。地球が有機的な生命体なら、宇宙だって生命体だ」


ジェニー「まあまあ理にかなってる。つまり、こう言うことね。宇宙は生命体であり、宇宙の中にある火星も、生命体である。火星に火星人がいるか、いないか、わからないけど、すくなくとも、火星に生命は存在する」

トム「そういうことだ」

ジェニー「でもさ、火星が、生命体である宇宙の一部だとしても、火星が無機物なら、火星に生物はいない、ってことじゃないの」


トム「まづはじめに有機的な生命体があって、それが無機物の石になる。恐竜は、有機度が100パーセントで、恐竜の化石は、有機度が0パーセントだ。火星が無機物だしても、それは、有機度が0パーセントの生命体だ。無神論が0パーセントの有神論である、みたいなものだ」

ジェニー「だったら、なんでもかんでも、生命体になっちゃうわ。火星も、火星探査機も、生命体だわ」

トム「人間は酸素をすって、二酸化炭素をだす。生命と非生命は、つながってる。切り離せない」

ジェニー「火山活動は生きてるみたい。流れる溶岩は、血のようだし、海底火山の噴火で、新しい島が生まれたりする」


トム「そうだな。この世界は、すごいよね。ぼくたちは、ちっぽけな存在だ。でも、このすごい世界の一部であり、世界とつながってる。世界の、宇宙の歴史に参加している。だから、やっぱり、ぼくたちは、この世に生まれてきて、よかったんだ。人生には、いろんなことがある。孤独とか、病気とか、絶望とか。でも、それもこれも、宇宙のサーガの一幕だ。誰もが登場人物であり、唯一無二のキャラクターなんだ」

ジェニ「ひとりでも、さみしくないね」


トム「今のぼくたちの会話を、劇で再現しよう」

ジェニー「誰かが、わたしを演じるのね」

トム「性別も年齢も、指定しない」

ジェニー「それはそれで、楽しみだわ」

トム「そうだな」


ジェニー「これでおわり?」

トム「そのつもりだけど」

ジェニー「ねえ、どうせなら二幕にしましょう。もうちょっと、引きのばしましょうよ」

トム「そうだな、じゃあ、ちかくの公園に行こう」



トムとジェニーは、公園のベンチに、ならんで腰かけた。


トム「舞台は映画とちがうから、公園にありがちなベンチを置くだけで、公園っぽくなるね」

ジェニー「ニューヨークのセントラルパークみたいな背景も、ほしいわ」

トム「ぼくは、まだニューヨークに、行ったことないな」

ジェニー「わたしも行ったことない。映画で見て、あこがれてるわ」


トム「ぼくは、だいぶまえに見た、テレビのニュースを思い出す。セントラルパークに野生のコヨーテがあらわれて、あちこち走り回る映像が流れた。それがなんだか、とても印象的で、ずっと覚えてるんだ」

ジェニー「コヨーテアグリーと真夜中のカーボーイを思い出すわ」


トム「ぼくは、コヨーテの画像や動画を見るのが好きだ。ぼくは犬の毛アレルギーだから、本物のコヨーテじゃなくていい。コヨーテは、強くも速くもないし、地味な色だけど、ぼくのいちばん好きな動物だ」

ジェニー「わたしは、タスマニアタイガーが、好きだわ。子どものころに、野生動物の絵本で知ったの。たぶんもう、絶滅してる。画像も動画も、少ない」


トム「タスマニアタイガーは、有袋類だから、フクロオオカミともよばれる。めずらしくないコヨーテとちがって、幻の珍獣だな。ぼくも、絵本で見た。たぶん、きみが見たのと同じ絵本だ」

ジェニー「あれはたしか全六巻で、大きいサイズで、わりと高価なものだわ。それをもってたわたしたちは、わりと恵まれて育ったのよね」

トム「ちいさいころは、それが当たり前だった。自分の部屋もあった。いわゆる中流家庭の子どもだ」

ジェニー「世の中には、いろんな家庭がある。わたしは、自分が育った家庭しか知らない。他の人の家庭について、勝手にあれこれ言えないわ」


トム「砂漠には、むかしから人間や動物が生きている。ぼくは、砂漠の生活は、ぜんぜんわからない。大変そうにも見える。遺跡がたくさんあって、あこがれる気持ちもある。ぼくは、ぼくの生活しか、わからない。砂漠で生活してる人は、ぼくの生活がわからない。お互いさまだ」

ジェニー「戦争がつづく国は、やっぱり大変わ。戦争で家族や友だちが死ぬつらさは、世界共通よね」

トム「住む場所、歴史、文化がちがっても、基本的な人間性は、世界共通だ」

ジェニー「人が住んでいる町に爆弾を落とせば、どんな悲劇になるか、わかるはず。自分の町に爆弾が落ちることを思えば、誰かの町に爆弾を落としたりしない」


トム「数学はいろんな分野で役に立つけど、世界平和には貢献しない。だから芸術、とりわけ、文学には、もっとがんばってほしい」

ジェニー「そうよね、トムにがんばってもらうわ」

トム「そうだな、部屋にもどって、新作を書こう」

ジェニー「わたしも家に帰って、映画を見るわ。じゃ、またね、バイバイ」

トム「またな、バイバイ」


トムは右へ、ジェニは左へ、歩き去った。



おわり

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