第24話 食べ物の誘惑に負ける
そう思ったら、自然と顔が下を向いて徐々に体の力が抜けていくようだった。
「すまない、策が思いつかず、飛び出してきてしまった」
ルーカスはなぜか私の前で屈むと、何を言っているのかは分からなかったけど、とても優しい声をかけてくれた。
「申し訳ありませんでした」
私にできることはただ謝ることだけ。床に手をつき額を冷たい床に押しつけながら私は深く頭を下げる。
食べ物を奪ってしまったり、餌付けのように食べさせてしまったり、呼び捨てにしたり、怪我を負わせてしまったり、肩に足を乗せたり……、罪名が多すぎて、どうすることもできないと私は必死に土下座する。
そうすれば、ルーカスが床についた手を掬い上げるように持ち上げ、顔をあげさせた。
「顔をあげろ、謝罪は必要ない」
「けれど……」
「返事を聞かせて欲しい」
優しく微笑んだルーカスは、そんなことを口にしたけど、私にはさっぱりわからなくて、じっと見つめてしまった。
「フォリア、俺の妻になってほしい」
素直に聞かれた。
(嘘、さっきの言葉は本当だったの?!)
私がルーカスの妻。それはつまりオクタヴィア王都の王妃ということ。
(できない! オクタヴィア王都に嫁ぐなんて、私はそんな身分じゃない!)
自然と首を左右に振って、
「できません」
と、思いっきり断ってしまった。
すると、ルーカスは切なそうに眉を下げ、私の手をそっと取り、顔を覗き込んでくる。
「俺が嫌いか?」
「……っと、それは……」
「使用人のルーとしてなら、受けてくれるのか?」
王子のルーカスではなく、使用人を名乗っていたルーならば、結婚を受けてくれるのか、そう聞かれ、私の心は揺れる。
ルーのことが好きだった。だけど、ルーはルーカス王子で、恋をするような相手ではなかった。恋をしてはいけない人だった。
けれど、私はルーが好きだった。ルーカスではなくルーが。
「ルーのことは好き」
本音が口を出る。私はそっと流れる涙とともに、ルーのことはここで忘れると決めた。全てを知ってしまった以上、叶わぬ恋に終わりをつけるため。
ずっと言えなかった『恋』を伝えることは出来た。それだけで満足だと、私は「忘れて」と笑う。
それなのに、ルーカスは突然私の手を取るとその手の甲に口づけをしてきた。
「な、なに……?」
「ルーは俺だ。よってフォリアを娶る」
「私はルーが好きで、……あなたのことは……」
「俺がルーだ。好きに変わりなどないだろう」
全然別人よ! ルーは使用人で、ルーカスは王子で、私からしたら二人はまったくの別人なのだとパニックになる。
ルーカスがルーを名乗って、あんな格好で、ゴミだらけだったなんて、知られたら絶対困るだろうと、私は身を乗り出して、
「ルーのことは忘れます!」
宣言した。
ルーなんて人物はいなかった、全部私の妄想で、恋を夢見ていただけ。大好きだった夢の中の人は、完全に消える。そう消さなければいけない。
オクタヴィア国の第一王子となんか、私ごときが関わってはいけないのだと。
「そうか、ルーのことは忘れるか……」
「はい」
今度一切ルーの名は口にせず、起こったことは全て忘れると約束する。そうしたら、なぜかルーカスは笑った。
白い歯が綺麗に輝き、なんとなく怖くて、私は掴まれた手を引いたんだけど、強く握られて離してくれない。
「では、ルーカスとして俺を見てくれると言うことだな」
ルーを忘れると言った私に、ルーカスとして見てくれと要求してきた。
(なんでそうなるのよっ)
ルーはルーで、ルーカスはルーカス? でもどっちも同じ人で……。
グルグルと頭の中が混乱する。
「わが国には、美味しいものがまだまだたくさんあるぞ」
私の知らない食べ物が、無数に存在すると、もっともっと美味しいものがたくさんあると誘惑する。無意識にゴクリと喉が鳴る。
(ルーが持ってきてくれたもの以上に、美味しいものって……)
未知の食べ物に、心が躍らない訳はなく、涎まで出そうになって、慌てて口を閉じる。
どうして私ってば、食べ物にこんなに弱いのよって、自分を叱りたくなる。
それなのに、ルーカスは囁くように甘い誘いを続ける。
「中でもマカロンは魔法のようなくちどけであり、メロンはその瑞々しさに口の中が潤いに満ちる」
ルーカスはマカロンとメロンは絶品だとうっとりと話す。
魔法のようなくちどけと潤いに満ちる味、そんなの食べたいに決まってるじゃない!
私は溢れる唾液を飲み込みながら、ルーカスの誘惑に耐える。
「フォリアにぜひ食べさせたい」
一緒にオクタヴィアに来ないかと、食べ物で釣るルーカスがとても意地悪に見える。
私は使用人、身分はちゃんと弁えてる、食べ物なんかで釣られるはずは……
「……う、ぅう、……食べたい」
「そうか、決まりだな」
食べたいと言ってしまった私を、ルーカスがそっと抱きしめてくれた。
「フォリア、君を愛している」
柔らかな光のように囁かれた言葉に、顔だけじゃなくて耳まで真っ赤。大好きだった人に好きだと言ってもらえたことがこんなにも嬉しいなんて。
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