第7章・潜入 #3

 野菜を摘んだコンテナを台車に乗せて、宗田そうだはビニールハウスの外に停めてあるワゴン車まで運んだ。

 いつもこの時間になると来る倉持の姿が、今朝はなかった。

 仕方がないので1人黙々と積んでいると、「ご苦労様です」と低く呟いて、男が1人近づいてきた。

「あ、守屋もりやさん?……おはようございます」

 宗田は頭を下げた。

 守屋と呼ばれた男は、ワゴン車に積まれたコンテナを見て、そこに入れられた野菜を手に取る。今朝採れたばかりのキュウリやトマトだった。

「いつもお手数かけますね」

「いいえ。そんなことは――」

 宗田は笑って俯いた。

「あの、倉持さんは?」

「奥方の機嫌が悪いようで……ここ最近はどうも調子が良くないらしい」

「あぁ……」

 そう呟いて頷くと、宗田は納品書のサインを求めた。守屋はファイルを受け取りサインをすると、目は納品書に落としたまま、言った。

「今日、箱が2つ届きます」

「―――」

 宗田は黙ったまま、守屋からファイルを受け取った。

「その受け取りもお願いしますね」

「……」

 守屋の目が、じっと宗田に注がれる。口元は笑ってるが、その目は笑っていない。

すみませんね、宗田さん」

 虚しい感謝の響きに宗田は小さく笑うと、「いえ……」とだけ呟いてワゴン車に乗り込んだ。

 追い立てられるようにコミュニティの外に出る。

 ミラーで後方を確認すると、コミュニティの入り口で男が数人佇んで自分を見送っていた。


(あいつら……)


 宗田はハンドルを握りながら、舌打ちをした。

 道の駅に着いて、車からコンテナを下ろす。その積み荷の中から、封筒を1つ引き抜くと、宗田はそれを自分の胸ポケットにそっと忍ばせた。

 そのまま、手伝いに来た女性たちに売り場の準備を任せて、自分は事務所の方へ行き、パソコンを立ち上げる。

 ポケットから封筒を取り出し、中から数枚のレポート用紙を抜き出すと、それを見ながら入力を始めた。

 殴り書きのようにも見える文字を丁寧に拾いながら、宗田はカタカタとキーを叩き続けた。




 4月21日、日曜日。

 野崎と宇佐美、白石の3人は、裾野駅で美波と落ち合った。

 時刻は正午過ぎ。

 大型連休の前なので、人も車もそれほど多くはなかった。

「小型マイクを仕込んでいきます」

 そう言って、野崎は宇佐美と白石に小型のピンマイクを手渡した。4人は美波の運転する四駆の車内で感度のチェックをする。

「車はコミュニティの少し離れたところで待機しててください」

「分かったわ」

 美波はマイクの受信機を見ながら頷いた。

「それにしても、向こうから招待してくるなんて意外だったわ。いったいどういう経緯でそうなったの?」

 美波に聞かれて野崎は苦笑した。

「彼が女王蜂の目に止まったんだ」

 宇佐美の台詞に美波は「え⁉」と目を剥いた。

「生贄に選ばれたの?」

「なかなか男を見る目があるぜ」

 白石はそう言って嬉しそうに野崎を見る。

「大人しく食われる気はないけど、あそこで何が行われているか、その目で見に来いって挑発してきた。だからそれに乗ってみようと思う」

 野崎の言葉に美波は少し不安そうに眉を寄せた。

「危険じゃないかしら……私の友人は、もしかしたらそれで命を落としたかもしれないのに」

「内部で飲食はしないつもりです。何を出されても絶対に口にしない。それは徹底しよう」

 その言葉に、白石と宇佐美は頷いた。

「向こうの意図が今ひとつ分からないけど、行っていきなり皆殺しって事にはならないと思う」

「怖いこと言うなよ」

 白石は肩を竦め、宇佐美は言葉もなく黙り込んだ。野崎は苦笑しながら、

「ただ、万が一、危険だと判断した時は救援を求めるから、その時は遠慮なく110番して下さい」

 と言った。

「……」

 美波は黙って頷いた。

 そんなことして平気?――という目で白石が野崎を見る。その目に、野崎は軽く頷いてみせた。

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