第4章・兄妹 #3

「兄の名前は江口和真えぐちかずま。私と同じ、フリーのジャーナリストです」

 美波はそう言って、自分のスマホを取り出すと1枚の画像を見せた。

 そこには、カメラを向けられ、妹とのツーショットに苦笑いを浮かべる男の姿があった。

 日焼けした肌に無精ひげ、無造作に散らした髪。それなのに不快を感じないのは、品よく整った顔立ちのせいだろうか。

 目元が美波とよく似ている。


「カッコイイお兄さんだね」

 そう言われて美波は照れた。

 2年ほど前に撮った写真だが、まさかこれが最後になるとは思わず、嫌がる兄との強引なツーショットに、美波は思わず苦笑した。


「兄は、気になる団体を見つけると、そこへ潜入して取材をするやり方をしてました。危険な目に遭った事なんて、一度や二度じゃないですよ。でもそのおかげで、事件を未然に防いだこともあります」

「そうなんだ……あ、じゃあ」

「えぇ。あのコミュニティの事を調べていたのは、私じゃなくて兄なんです――私は、主にゴシップ専門」

 そう言って美波は苦笑した。

「下世話なネタで記事を書く。一番嫌われる女ですよね」

「なのに今はコミュニティの事を調べてる。お兄さんの失踪が、あのコミュニティに関係あると睨んでるからでしょう?」

「それ以外に考えられないから」


 2人はコーヒーショップを出ると、歩きながら話をした。

 コスモワールドの大きな観覧車を横目に見ながら、海の方へ向かって進む。

 天気が良くて暖かいが、風が少し冷たかった。


「兄はブログで自分の仕事を紹介してました。DMで取材の依頼もよくを受けてたみたい。気になるから調べて欲しいとか、情報提供みたいなメールも」

「今時だね。今は紙面よりネットの方が拡散力がある」

「影響力もね。お陰でネタには困らないわ」

 ふふっと笑う美波に、宇佐美も微笑んだ。

「数年前に、ある人からメールで『調べて欲しい団体がある』って依頼されて、それがキッカケで関わるようになったって言ってたわ」

 最後に兄と会った時に聞いた話を、必死に思い出しながら美波は続けた。


「私たち、基本的にお互いの仕事に関してはノータッチなの。だから私は兄がどんなことを調べているのかブログ上で知るだけ。最後に会った時、その取材内容を少し話してくれたわ……ある団体に関わって、行方不明になった人を探す取材をしてるって」

「お兄さんも行方不明の人を探していたの?」

「えぇ。依頼内容が眉唾ものなら即却下だけど、その依頼に関しては兄も何か引っかかるものがあったみたいで……それで引き受けたって言ってたわ」

 風にあおられ乱れる髪を手で押さえながら、美波は続けた。


「依頼主は元市の職員で、当時、同僚の方と享愛の里に関わる仕事をしてたそうよ。でも、その同僚とある日突然連絡が取れなくなって。無断欠勤も続いたから、心配になって自宅を見に行ったけど姿はなくて――警察に捜索願を出したけど、何の情報も手掛かりもなくて途方に暮れてたところ、兄のブログを見つけて……それで協力を求めてきたらしいわ」

「享愛の里が怪しいって?拉致でもされたの?」

 宇佐美の質問に、美波は微笑を浮かべた。

「さぁ……でも依頼主の男性は、コミュニティに不信感を持っていたみたい。過去に、失踪者の身内が何人か尋ねてきたことがあったらしいわ。この辺で見かけたっていう情報があったとかで。行方不明者は1人じゃないのよ」

 宇佐美は野崎から聞いていた、複数の男性が失踪前に参加していた婚活パーティーの事を思い出した。


「例の婚活パーティーか……」

「えぇ。調べてみたらここ数年、似たような状況で失踪している人がいて、そのほとんどが男性。直前にそう言った出会い系のイベントに参加していたことが分かったの」

「俺も一度行ったけど……でも、そういう怪しい雰囲気はなかったなぁ……一緒にいた友人も、特に気になる所はないって言ってたし」

 もっとも、主催者が別のイベント会社の可能性もあるし、いつも網を張っているとは限らない。野崎も言っていたように、単なる物色や情報集めのパターンもある。


 2人は歩きながら、ぷかりさん橋の方まで来た。

 手すりに近づき、海を眺める。

 春の日差しを受けて、海面がキラキラと光っていた。

 その眩しさに目を細めながら、美波は言った。


「兄も気になって、何度か参加したらしいわ。でも特に何もなくて……最後に会った2年前も、1週間後のイベントに参加する予定があるって言ってた――」

 そう言った後、美波は言葉を切ると、しばらく黙って遠くを眺めた。

 潮風が頬を撫でてゆく。少し寒さを感じて身震いすると、美波は言った。

「その後、私も忙しくて兄とも連絡できず、ブログも見ていなかったの。でもある日、私のところに小包が届いて」

「……」

「差出人は兄で、中身は小さな鍵が1つだけ。気になって兄のブログを見たら、ひと月ぐらい前から更新が止まってたの――」

「……」

「心配になってメールを送ったけど返信はないし、既読もつかないし。通話しても電波が届かないか電源が切れているから繋がらないってメッセージが流れるだけ」

 美波は両手を顔の前できつく握りしめた。

「何かあったんじゃないかと思って、兄の住んでるアパートへ行ったわ。でも兄の姿はなくて……仕事柄、ひと月以上家を空けることもあるから、大家さんもあまり気にしていなかったみたい。家賃も半年分前払いしているしね……」

「中には入った?」

「事情を説明して入れてもらったわ。けど、争ったような跡はなくて……本当に、ただの取材旅行に出かけただけ――そう見えたわ。でも」

 美波はそう言うと、波打つ海面にじっと目を向けたまま、ポツリと呟くように言った。


「あるはずだったものがなくなってることに気づいて、って思ったの……」







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