第24話 1名様ご宿泊でーす!

 ――こ、ここが君らの住居かな?


 焼肉屋からほど近い場所にあるオンボロのアパート。

 楓と椚に連れられ、みさをはその建物の前に立っていた。


「そうよ! 此処がうちらの城! そんでその主がうちらのボス! ムラマサよ!」

「ねえ、おねえ、ムラマサ元に戻ったかな?」

「は? 元に? そ、それは一体どういうこと?」


 ――ああ、それはねえ……


 楓はみさをに事の顛末を話した。もちろん異世界から来た客人達のことはうまく隠しながら。


「えっと、アヘ? ご、ごめんなさい、もう一度言ってもらえるかしら?」

「いや、だからアヘってたの! って分かんないか。まあいいや。そんでダンジョン攻略に間に合わなかったってわけ。うちらが家を出る時にはアヘってたのは収まってたんだけど、今どうなってるのかうちらも心配なのよね」

「おねえ、もう元通りになってたりして~!」

「だといいんだけどね。みさを、ほら! 此処がうちらの部屋! さっ! 入って!」

「お、お邪魔します……」


 扉を開けると女性がひとり立っていた。


「あっ、椚様楓様おかえりなさい。あら? そちらの方は?」

「あ! ライラ! ただいま! この人はみさをよ。うちらの仕事仲間。そんなことよりムラマサはどう? 治った?」

「いえ、それがあれから全く変化がなく…… ミズマリスとふたりでどうしたらいいか悩んでいるところでした」


 あ、あ、あの、ちょ、ちょっといいかしら――


「ん? なに、みさを」


 い、い、いや、そ、そちらの方の――


「は? ライラがどうかした?」


 い、いや、だから、そちらの方の――


 ――耳が……



    ◇



「えっと、みさをっち~、落ち着いた~?」

「え、ええ、ごめんなさい、突然取り乱してしまって……」

「しょうがないよ~。僕達も最初見た時は驚いたし~」


 この世界に耳のとんがった種族はいない。それがいるのはファンタジーの世界だけだ。

 そんな当然の常識が今目の前で覆された。

 みさをはその耳の長いライラという女性を見て、思わず腰を抜かしてしまったのだ。


「ご、ごめんなさいね。そこまで驚かれるとは思っていなかったもので。楓様椚様、この方に私の説明は…… してないってことですね。はあ……」

「いや、だってさ、なんて説明すればいいかわかんなかったし。ていうか全部ムラマサが悪いことない? なんでこのジジイはむにゃむにゃと気持ちよさそうに寝てんのよ!」


 寝室で腹を出し、鼾をかきながら眠りにつくムラマサ。

 きっと大抵の女性はその姿を見て思うだろう。うわっ、髭面のおっさんが腹出して寝てやがる。キモっ、と。

 だが彼女は違った。彼女は年上か年下か、どちらが好きかと問われれば迷うことなく年上! と答える。みさをはそういう女性だった。


「あ、イ、イケメン……」

「は? みさを? 今なんて?」

「へ? あ、いや、な、なんでもないわ。ごめんなさい、少しボーっとしてたみたい」


(ふふふっ、僕は聞き逃さなかったよ! どうやらみさをっちのドストライクだったみたいだね~! みさをママか~、それも悪くないかも~!)


「椚ちゃん? 何ニヤニヤしてんの? ニヤニヤ顔も可愛いけどさ」

「へ!? お、おねえ? 僕今そんな顔してた? い、嫌だな~、なんでもないよ~」


 不思議そうな顔をして首をひねる楓。ムラマサを見て顔を赤らめるみさを。なんだか楽しそうな椚。とりあえず自分のことはスルーされたのが分かりホッと胸を撫で下ろすライラ。

 ほんの少し緊張感もほぐれたであろう4人は、ムラマサをどうするか話し合うことに決めた。



    ◇



「ええと、ちょっとこの方の目を見せてもらってもいいかしら?」

「ふえ? 目? ええ、もちろんいいわよ。好きなだけ見てやってちょうだい。指で突いたりしてもいいわよ!」

「え、いや、そんな酷いこと私はしないわよ。じゃあ失礼して――」


 寝ているムラマサの瞼を無理やりこじ開ける。それを見てうう~ん、と唸るみさを。


「ねえ、みさを! なんか分かったの?」

「話を聞いていてもしやと思ったんだけど、もしかしたら本当にその可能性が高いかもしれないわ」

「え!? 本当~!? もしこれでこの問題を解決できたら、みさをっちはムラマサのお嫁さん第1候補だよ~!」

「へ!? い、い、いや、椚ちゃん、き、君は何を言っているのかな? そ、そんな今日出会ったばかりで、そ、そんな気の早い……」

「なに? 満更でもないかんじ? なるほどね。さっき椚ちゃんがニヤニヤしてたのはこういうことだったのね! ふ~ん、じゃあ私とライバルね! どっちがムラマサの愛を勝ち取るか競争よ!」

「はっ!? な、な、なにを言ってるの楓ちゃん、わ、わ、わ、私はそんな……」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろになるみさを。相変わらずそれを見てニヤニヤとほくそ笑む椚。その様子を見てライラは話を本筋に戻すべく口を開いた。


「あの、それでみさを様、ムラマサの現状について何か分かったことが有れば教えていただきたいのですが……」

「えっ! あ、ええ、そうね、これは憶測なのだけど、多分彼はダンジョン酔いと同じような症状だと思うわ」


 ――ダンジョン酔い


 それは初めてダンジョンへ潜り、そこから帰還した者が稀に罹る病。

 自分が誰だか分からないくなったり、今まで何をしていたのか、何処に住んでいたのか、とにかく一種の記憶喪失状態、もしくは錯乱状態に陥る症状。

 そしてその症状を見極める大きな手掛かりが――


 ――目の奥の光


 ダンジョン酔いにかかった罹患者のほとんどが目の奥にオレンジ色の光が漂っているという。そして今回みさをはムラマサの症状を聞いて、その光の有無を確かめようとしたのだ。


「そ、それでムラマサの目はどうだったの!?」

「そ、そうだよ~! 気になるよ~! ねえ、みさをっち! 教えて~!」

「ああ、結論から言うと――」


 ――あった。眼の奥に、オレンジ色の光がね。


「ってことは!」

「ええ、多分薬で治るわ。それも探索者なら常備している薬だから今私も携帯してるわ。それを飲ませましょう」

「みさを~! あんたを連れてきて大正解だったわ! 恋のライバルではあるけれど、無い乳連合の仲間だしね! 私あんたのこと気に入っちゃったわ! 今日は泊っていきなさいよね!」

「あ、ああ、ではお言葉に甘えてしまおうかな~なんて」


 こんなイケメンとひとつ屋根の下で…… そんな妄想を爆発させつつ再び顔を赤らめるみさをであった。

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