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 オレガノは昨日の晩食べた魚の骨を手に持って、クミンを見つめる。


「魚釣りで食費を浮かす……というのはどうじゃ?」


「釣りですか……経験がないのでなんとも言えませんが、素人がやって簡単にできるものでしょうか? 採掘の二の舞いは勘弁したいところです」


「あれは事前の勉強不足が原因だと思うのじゃ。今回は道具屋で釣り方や釣れる場所などを聞いてからいくのじゃ」


「なるほど、敵を倒すには事前情報は必須ですからね」


 物騒なことをさらりと言うクミンは、勢いよく立ち上がる。


「なんじゃ、もう行くのかえ?」


「こういうのは勢いが大切です」


「うむ、一理あるのじゃ」


 二人は焚火を消すと、町へと向かう。


 ***


 そして数時間後には川で糸を垂らして、魚釣りをしている二人の姿があった。


 ピカピカの新品の釣竿を握るクミンの横で、水面に刺さる糸を覗き込んで見つめるオレガノの姿がある。


「オレガノ様、尻尾が見えています。気が散ってますよ」


 水面を覗きこんで体を揺らすオレガノに合わせ、小さな尻尾がパタパタと揺れているのを見てクミンが注意すると、オレガノは慌てて座って尾てい骨の辺りをポンポンと叩く。

 ポンと音をたて消えた尻尾を見て、オレガノがニシシと誤魔化し笑いをするのをクミンがため息交じりに笑う。


「クミンそれよりも釣れそうかえ?」


 話しを逸らすオレガノにクミンは釣竿に触れニヤリと笑う。


「この釣竿は人間界で最新のものらしく、先端の強度が絶妙で小さな当りも見逃しません。さらにこの糸は水中に入ると光を屈折させ透明となり、魚に違和感を抱かせない。針は刺さりやすく抜けにくい。極めつけは魚が大好きななんだか分からないうねうねした生物! これでつれないヤツはいないのです!」


 テンション高く説明するクミンが釣竿を掲げる。


「クミンよ、糸は垂らしておいた方がよいと思うのじゃ」


 オレガノに突っ込まれクミンは勢いで掲げた釣り竿を下ろすと、咳ばらいをして針を川へ投げようとするが手を止める。


「針がありませんね。ちぎれたのでしょうか?」


 そう言ってクミンは糸の先端に予備の針を結び始める。素早く結び終えると、餌を針につけ再び投てきする。


「餌が残り九匹。大物じゃなくても九匹釣れればご飯には困らないのじゃ」


「欲張っては逆に損をします。ここは確実に獲物を狙いましょう」


 二人は意気込んで糸の先にかかるであろう、魚の影を想像し水面を見つめる。


「……」


「……」


「……釣れないのじゃ」


「……ええ」


 なにも変化のない時間に、閉じかけるまぶたと戦いながら二人は短く言葉を交わす。


「ク、クミン! 糸が引いておるんじゃないか?」


 オレガノ声に、あくびを噛み殺して涙目になっていたクミンが大きく目を見開き、釣り竿の先がビクビクっと何度もお辞儀をしているのを見て興奮して立ち上がる。


「おおっ⁉ つ、ついにきましたね! 今日の晩御飯をうちは釣ってみせる!!」


 勢いよく竿先を上げ、糸の先にかかっていた魚をクミンがキャッチする。


「なんですかコイツは……」


 クミンの手には、小さくまん丸な魚があり、危険を感じて威嚇しているのか、顔をパンパンに膨らませ更に丸くなる。


「ふむむむ、お魚図鑑によると川フグみたいじゃな。んーと、毒があるから良い子は食べちゃダメと書いてあるのじゃ」


 オレガノが川フグに顔を近づけて頬を膨らませる。


「なにを対抗しているんですか……毒があるなら解毒を剤飲みながら食べるとかどうですかね?」


「そんな危険なことをしてまで食べたくないのじゃ。それに解毒剤を買うより、魚を買った方が安くつきそうじゃ」


「た、確かに……身も少なそうですし、コイツは逃すとします」


 針を取って川へと戻したとき、オレガノが遠くを指さす。


「クミン! あの影! 魚じゃないかえ!?」


 水中を優雅に泳いでいるであろう、巨大な魚影が二人の前に現れる。


「間違いありません。大物です! これを釣れば今晩どころか、明日の昼までご飯ゲットです!」


 クミンが急いで針先に餌をつけ川へと投げる。


 興奮して頬を赤くした二人が、目を輝かせて針に巨大魚がかかるのを待つが、針の近くを通るものの一向に釣れる気配はない。


「あああっ! なんで釣れないんですかぁ!」


 クミンが乱暴に釣竿を振り回して、針を魚影に引っかけようとするが、波立つ水面に対して魚影は優雅に泳いでいる。


「クミン、このままじゃアイツが逃げるのじゃ!」


「ぐぬぬぬっ、逃がしません!」


 クミンは釣竿を投げると、川へ向かって跳躍する。そしてそのまま川にある石の上に着地すると、両手にナイフを持ち構える。


「はじめから、こうするべきでした」


 素早くナイフを投げるクミンだが、魚影はナイフをかわしてしまう。だが、クミンはニヤリと笑みを浮かべ、指についているリングを引くと糸は生きているかのように何重もの輪を作り魚影を縛り上げる。


「うちを、なめないでもらいたいですね」


 そしてクミンが糸を指で弾く。


「狐火は水ごときでは消せませんよ。爆ぜろ!」


 一瞬だけ糸が赤く光ると、水中から光が射し込みドーンと大きな音とともに、派手に水しぶきが上がる。そして空中に投げ出された巨大魚をクミンがキャッチする。


「やったのじゃ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ね喜びを爆発させるオレガノに、巨大魚を抱えたクミンが満面の笑みで応える。


「クミン! 魚がたくさん浮いてきたのじゃ!」


 水面に魚が浮いてきて、横になったままプカプカと川の流れに乗って流れ始める。


「逃がしてなるものかぁ!」


 オレガノが走って川に足をつけ、浮いている魚を拾い始める。


 そのときだった、ピピッー‼ と鋭い笛の音が響き人の気配が集まってくる。


「な、なんです? オレガノ様、とにかく逃げますよ!」


 たくさんの人の気配と、殺気めいたものを感じ取ったクミンが巨大魚を右肩に担ぎ、魚を両脇に抱えているオレガノを左腕に抱えて逃げる。


 そして木の陰に魚と共に隠れたクミンたちが川の方を覗くと、警備兵たちらしき数人の男が川に浮いた魚を見たり、周囲を調べ始める。


「ちっ、逃げられたか。それにしても、厳しく禁止されている爆破漁をやるヤツがいるとは許さねえ!」


「ああ、自然を破壊する悪人め! 見つけたら魚のエサにしてやる!」


 魚まみれのクミンとオレガノが目を合わせると、目を丸くして驚きの表情をする。そして、そのままコッソリと逃げてしまうのだった。

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