第5話 ゲームの呪文をリアルで呟くのは少し恥ずかしいけれど、今はそんなこと言っている場合じゃないっしょ!


「ちょっと待ったぁぁぁっ!」


 私はあらん限りの声をふり絞る。崩落した遺跡内、私の声がぐわんぐわんと反響する。遺跡地下、3階。後に、周回ダンジョンとなるのだ。マッピングが完璧の私が、ダンジョンに迷って足踏みするワケがない。最速での、ご対面である。


「あ、あ、あ、あ――」


 ウィリアムが歯を鳴らす。悪魔デーモンの影が、一瞬消えたような錯覚を憶える。でも、匂いは未だ鼻につく。ゲームをしていた時は主人公ヒロインのモノローグで、違和感を抱くという描写があった。それがどうか、現実にぐと、ごめん……マジでゲロを吐きそう。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 ウィリアムが壊れたように、雄叫びを上げた。


「殿下、気を確かに!」


 レンは本当に第3王子に忠実だ。本当に彼らしい。そして――まだ、予断を許さない状況だと気を引き締め直す。


 このプロローグで、三人がまだ。一人が欠け、一人が墜ち、一人が生き残る。そんなシナリオばかりリプレイしてきた私にとって、これは奇跡の光景以外の何ものでもなかった。正直、感動しかない。


 私は、ウィリアムに向かって、歩みを進める。そんな私に反応してか、彼は声にならない咆哮をあげた。ジェイスが、一緒に歩みを進める。と、ウィリアムを庇うように、レンが立った。


「女、頭が高い。わきまえろ」


 どこまでもウィリアム王子の忠実なイヌ。レンはそうでなくちゃと思って、我に返る。自分の世界に浸っている場合じゃなかった。


 でもさ、一つだけ言わせて欲しいんだよね。序盤の、主人公わたしに全然なびかないレン、格好良くない?


 レン・パートはね、ココからデレて溺愛が始まるのよね。三傑の二人を救えなかったことに後悔を滲ませながら。過去の想い出から抜け出せず。結局、いがみあっていたジェイスとの記憶も、全部愛しいって気付くのよ。そこを主人公わたしが、ゆっくり傷を癒やしていく。


 それはそれで、魅力的なシナリオではるけれど。やっぱり、三傑の三人には、笑い合って欲しいって思うのは【天球儀の契り】……略して【天チギ】のコアゲーマー、共通の感覚だと思う。


「……レン、そんなことを言っている場合じゃないでしょ?」


 そう言ったのはジェイスだった。人見知りのジェイスが、ココまで言ってくれるなんて――本当に感動しかない。今すぐ魔法具スマートフォンを起動して、三傑ユニットとの信頼度を確認したいけれど、ぐっと堪えた。


 そんなことをしたら、チュートリアルモードが始まってしまう。まどろっこしいゲームの説明を聞いている余裕なんか、私にはない。


「殿下は疲れがたまっているだけだ。それを悪魔デーモンなどと。王国の太陽である殿下に、なんという侮辱か。女、次はないと思え――」


 私は、装備枠スロットに仕込んだ磁力の魔術を発動させる。レンの悪態をもう少し聞いていたかったが、今の三傑を守ることが最優先事項だ。鉄製の武具を装備していることが前提だが、三傑ユニットを私の近くに引き寄せる。地形の考慮は必要だが、今は最適の魔術といえる。


「あがっ――」


 ただし予告なしで起動したので、レンが舌を噛まないか、そっちの方が心配だった。


「女、何のつもり……それは、魔術……?」


 レンの疑問に答えているに余裕はない。漆黒の切っ先がレンを薙ごうとするが、浅い。静かな金属音が打ちつける。鎧が、なんとかレンを守ってくれた。ただ、切りつけられた場所が泡だって、溶けている。


「殿下、いったい何を――」

「……」


 レンの質問に、ウィリアムは答えない。その目は明らかに焦点を失っている。完全に悪魔デーモンに魂を売り渡して、墜ちてしまったのか。そうまで、考えて、思考を止める。まだ、私は何もしていない。


 ぐっと、私は拳を固める。

 私が主人公わたしなんだ。それなら、やってやるしかないじゃん。


「天球儀の加護よ。この世界に示せ【現界げんかい】の光を!」


 ゲームでは、勝手にセリフをダイアログが表示してくれるワケだけれど。実際にこのセリフを言わなくちゃいけないのは辛いものがある。


 本来なら、第2章から使える、主人公ヒロイン特有の固有魔術。私の周囲を、地球儀を模したような球体がクルクル回る。これが天球儀。この世界を表した模型であり、これまで作られた全ての魔術を記録する、神具だった。


 そう、この序章チュートリアルでは、為す術もなく、三傑の一人が墜ちるのを見守るしかなかった。でも、私のユーザーレベルは、387。第2章まで、待つ必要性を感じない。


「顔、見せなさいよ? 魔女ウィズベル?」


 私はニッと笑う。

 暗闇のなか。


 天球儀が回る。

 くるんくるん、くるんくるんと。


 その回転が闇を食み、目を開けるのが辛いくらいに、光が爆ぜた。

 そして、遺跡内を駆け巡って――それから光は、消失した。


「「な、な――?」」


 レンとジェイスが、驚愕の声をあげた。相性が悪いようで、なかなかウマがあっているのが三傑だった。


 間に合った、らしい。

 ウィリアムはきっと、まだ間に合う。私はほっと胸を撫で下ろした。


 ジェイスが行使しているの魔術が揺れる。


 ウィリアムを、背中から抱きしめる、淑女。

 黒一色のドレス。

 艶のある黒髪。

 そして、背中から生えた、漆黒の両翼。


 元、熾天使。


 現在は、悪魔デーモンの寵愛を受けている、魔女ウィズベルその人だった。


「なぜ、現界を? どうして? なんで? デバッグもまだなのに。そうよ、ウィリア――」


 彼女の声に反応して、ウィリアムが剣を握り直そうとした瞬間だった。


「ジェイス様! レン様!」

「はいよ!」

「私に命令をするなっ、女!」


 二人の反応はそれぞれ。でも、その動きに迷いはない。

 ジェイスは魔力をこね回し。

 レンは、剣をはしらせて。


「なんで? こんなのシナリオには――」


 なかった?

 魔女が狼狽する姿を尻目に、悪いけれどドヤ顔で言わせてもらいたい。


(レベル387舐めるなしっ!)


 私はもう一度、磁力の魔術を行使する。

 からん。


 呪縛の剣デモンズソードが床に転がって――。

 私は、見事にウィリアムを引き寄せることに成功したのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る