第4話 乙女系ゲームのヒーローがピンチになったらヒロインが駆けつけるしかないっしょ!
【第三王子ウィリアム・アスレイ・ローデンブルク】
♣️
違和感は、この村に来た時からあった。
――はじまりの村。
昔は、ちゃんとした名前があったらしいが、今や地図から名前も消された、そんな場所。始祖王こと初代ローでルンブルグ出自の村でもある。王都より、馬車で1週間。決して、近い距離ではない。だが、王族は、必ず成人ご儀をこの村で迎え、王立魔術学院への入学を果たす。
始祖王が興した魔石魔術。この魔術を収めることは、王族・貴族として、当然の務めだった。
が――。思い巡らせば、憂鬱になる。
英傑とは、よく言ってくれたものだ。
第三王子、ウィリアム・アスレイ・ローデンブルクは全属性の魔術を行使する。だが、魔石を駆使しても、初級がどうにか。臣下たちが【器用貧乏王子】と陰で蔑むのを僕は知っている。
騎士団長の息子、レン・ラースロット。付与魔術の使い手で現役騎士に負け劣らない、技量をもつ。だが、幼馴染である
当人は、まるで頓着していないが、気にして欲しいと思う。第二王子派の騎士団長の苦々しい表情が、瞼の裏にこびりつく。
そして宮廷魔術師の養子、ジェイス・ボルノモード。僕からしてみれば、究極の自由人。魔術にしか興味がない変人で。
宮廷魔術師長・ボルノモード卿を
(……そんなことだから【平民風情】なんて陰口をたたかれるんだって)
そんな彼が、ボルノモード卿から『殿下から学ぶように』と言われたというのだから、皮肉としか言いようがない。卿の嫌がらせか、寄る年波で朦朧してきたのか。ボルノモード卿に問えないまま、時間ばかり食い潰していた。
何が三傑なのか。
彼らは、僕たちを出来損ないと断じたい。それでもスタンスを変えない、レンとジェイスが羨ましいと思ってしまう。
カビ臭い匂いが、鼻につく。
この遺跡には、始祖王が祀られている。地下階段を抜ければ、祭壇。そこには、弓を構える王の姿が見えた。その
たん。
た、たん。
足音が響く。
今はいないジェイスのことを考えてしまう。
僕は彼が羨ましい。
子どものように、拒絶をしても受け入れてくれる。
平民に生まれたら、こんなくだらない儀式を拒むことができるのだろうか。
例えば、あの村娘――彼女は、他の子とは対照的に、僕に関心を寄せなかった。むしろ、それぐらいの方が、好ましいとすら思う。それぐらい分かりやすく、拒絶してくれたら良い。
僕だって、分かっているんだ。
第三王子に、何ができるのか。でも、好きなように生きられないのが王族だ。
(この空っぽな僕に――)
思わず、笑みが零れた。
「殿下?」
レンをはじめ、臣下たちが心配そうに、僕を見やる。レン以外は、僕を品定めしようとしているのがありありと分かる。彼らは役目だから、ココにいる。でも、本当は第1王子・第2王子につくべきだと、打算を繰り返して……。
――なんて、バカバカしい。
その声が、どこからともなく聞こえてきた。
(え?)
――なんて、愚かな。全ての属性を行使する王者を、蔑ろにするなんて。
思わず、視線を泳がしてしまう。誰も、この声に気付いていない?
でも、今も頭にガンガン響いてくる。
(始祖王?)
心の中で、疑問符を浮かべた。
――そうとも言えるし、そうでもないとも言えるわ。
女の声に変化して。
ソレは、僕の耳元で囁く。
指先が、僕の背中に触れる。
ビクンと体が跳ねた。
――嘆かわしい。そう、嘆かわしいのよ。あなたが、魔術を行使できないのは、あなたに適した魔術の解釈が導き出せてないから。単に、あなたに見合った魔石を採掘できていないから。
彼女と思われる、指先が僕の頬い触れる。
――ねぇ、我が君。
(何を言って――)
僕は第3王子だ。どう転んでも、そんなシナリオは描けない。
――あら、私の英傑様がそんなことを言うの? シナリオは誰かが描く者じゃなくて、
カラン。
金属音。
剣が跳ねて――目を丸くする。
「何ごと?!」
「皆の者、周囲を警戒せぃっ!」
「殿下、その剣から離れて!」
レンの言葉だけ、鮮明に聞こえる。他は、何を言っているのかよく分からない。
だけれど。
つーっと、僕の腕を指が撫でた。艶めかしい。僕から触れたい。そう思う。ふふふ、耳元で微笑む。殿下、それならば、その剣をお取りなさい。綺麗でしょう? あなたの為にこしらえた、御霊の剣。一人、英傑を始祖王に捧げなさい。
――貴方に王者の祝福を。そして
頭が痛い。
何より、触れたい。
君の声を聞きたい。
ただ、僕のことを見て欲しい。
剣を握る。
真っ黒な刀身が、僕を映す。黒髪の乙女が、僕を背中から抱きしめて――その肩に顎をのせる。唇が、僕の頬に触れた。
その瞬間――大地が揺れ。
始祖王の像が、沈み込むように崩れて――僕も、地に落ちていく。落ちながら、僕は生まれてはじめて、心の底から笑った気がしたんだ。
■■■
「殿下、ご乱心かっ!」
レンの声が響く。
何かをレンが必死に訴えかけていた。
でも、雑音にしか聞こえない。
口の中がジャリジャリする。口に砂。それから、血の味がした。
臣下は、土の濁流に呑み込まれ――ある者が、落石に潰された。汚らわしい赤い血を流して。
――魔術を極めなさい。赤い血なんて、不潔よ。青い血こそ貴方には相応しい。
(
僕は彼女に微笑む。
刀身にうつる彼女を見やりながら、
君を殺す。殺すことで、僕は英傑になる。
シナリオを描くのは、僕だ。
物語は、正しく演じられなくてはいけない。
だって、何度も君が死んで。ジェイスが死んで。僕が死ぬ夢を見てきたから。今回のシナリオは、君が朽ちる番。ただ、それだけ。それだけの――。
■■■
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
「早い、早いよ! サリア! 君、本当に平民?!」
「由緒正しき、平民の娘ですが、何か?」
「由緒正しい平民って、結局、ただの平民だよね?」
「由緒正しいのが、お貴族様だけって、誰が決めたのよ?」
「だいたい、魔石を使っているんだから、もうちょっと効率的にレベル上げなさいよ。チュートリアルステージだから仕方ないけどさ、宮廷魔術師の息子なら、素材だってもうちょっと収拾できるでしょ?」
「ごめん! 何言っているか全然、分からない!」
「……ジェイス?」
満身創痍のレンは、剣を杖代わりに立つのがやっとだ。
僕は刀身に映る彼女を見やる。
――こんなシナリオ知らない。何、これ? 何なの? バグ、これはバグよ! ウィリアム、あの女を滅して! 私、システムをメンテナンスするように上申するから。少し、時間を稼い……で……。ウィリ……ウィリアム……ウィ……う……ウ……うぃりあ――。
彼女の声は途切れ途切れ、正直、何を言っているのか分からない。ただ、分かることは、僕は、王族として
「な、何なんだよ……これ……」
ジェイスが僕を――そして彼女を見て、唖然とする。美しいだろ、僕の彼女は。クスリと笑みを溢し――。
「本当は第五章をクリアーして分かる真実なんだけれどね。この国の魔術は、
何を言って。
何を――。
彼女が、僕の首筋にキスをする。
こんな美しい彼女が、
だって、彼女はこんなにも美しくて。そして気高くて――。
こんなに、こんなに、こんなに、美しい――死臭を漂わせているのに。
「
そう村娘は微笑んだ。
不敬だって思うのに。
彼女を悪魔呼ばわりする、この女が許せないって、心底思うに。
僕はありったけの魔石をその手に握り、魔術を行使する。
今まで行使することがかなわなかった魔術式の構築することができた。言いようのない快感が僕に押し寄せてくる。
何度も、夢を見た。
本当なら、彼女が僕に力を貸してくれて――。
レンの心臓に、この剣を突き刺す。
抉って。
何度も、捻って。もう一度、抉って。
やっと、そこで夢から覚めるのに――。
目の前に臆すことなく立つ村娘。
その微笑に、釘付になっている僕がいた。
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