第87話 事実は小説より奇なり

 召喚された勇者、荒木万純の強襲を掻い潜ったリーゼロッテたち。彼女らはここから撤退すべきか、それとも進軍するべきか。判断に迷っていたが最終的に進軍を選択した。ここで撤退したところで王国軍にしか旨味がなく、下手をすればそのことを策謀に利用されかねないからだ。

 それを防ぐため、彼女たちは進軍するという選択肢しか残されていなかった。

 もちろん、今後も強襲を受ける可能性はあるため、ダンジョンから派遣されたルード麾下のライダー隊、またアレク擁する私兵の諜報部隊による念入りな斥候を行った上で、だ。


「やれやれ、頭が痛くなりやすね」


 草木をざくざく、と掻き分けながらルードは愚痴をこぼす。ダンジョン軍からすれば騎兵であるゴブリンライダー隊、ならびにゴブリンアーチャー隊は虎の子。一種のエリートと言って良い。それを最悪損耗しかねない任務へ従事させている。本来なら、なんとしても避けなければならなかった事態だ。

 しかも、ルードは――正確に言うならダンジョンマスターの秀吉も――アレクが私兵を擁していることを知らなかった。

 彼らのことを知らなかったからこそ、秀吉はゴブリンライダー隊の派遣を決定したのだ。彼らの機動力をうまく使えば戦功を挙げなくとも公国解放に貢献できる。そしてそれはその後の発言力を高めることに繋がる。そう考えて、だ。

 だが、それも私兵という存在が明るみに出て、頓挫しかねない状況になり始めている。このままでは秀吉の予想よりも発言力を確保できないだろう。

 むろん、そうなってもDPによる物資補給など、他にも方法はある。しかし、DPも無限ではなく有限だし、現状では確保できる量も決まっている。

 しかも、ルードは先ほどの強襲でリーゼロッテに庇われるかたちで命拾いしている。これは言い換えれば失点でもある。彼女らに、公国、ならびに帝国へ借りをつくったということでもあるのだから、だ。


「なーに、悩んでるの? ルードさん」


 ぴょこり、と馬に乗っていながらも小動物じみた動きをするアレク。声色こそ心配しているよう装っているが、口角がつり上がっていることから、おおよそなにに悩んでいるか当たりをつけているようだ。

 あんたも悩みの種ですよ。そう言いそうになってルードは口をへの字に曲げる。まさか、本当に言うわけにもいかなかった。

 これでもルードもまたダンジョンの幹部。軍事部門の長として、付け焼き刃であるが教育は受けている。それにここへはダンジョンマスター、秀吉の名代として派遣されている。ここでルードがおかしな行動をとれば、それが全部秀吉、ひいてはダンジョンへの評価となる。同盟者に対して憎まれ口を叩くなど、迂闊な行動をとれるわけもなかった。

 そのため、ルードは無難な話題をあげて煙に巻くこととした。


「いえ、ね。なんで王国は最初の攻撃にあの娘っ子を使ったんだろうと思いやして」

「……あぁ、うん。それは確かに」


 口許へ手を当て考える。実際、リーゼロッテと互角に切り結んだ仮称勇者はどう考えても王国の鬼札。初手で切るような手札ではない。どう考えても不自然だった。


「いや、まさかねぇ……」

「なにか分かったんですかい、アレク皇女?」

「ううん、そういうわけじゃ……。――流石にないよねぇ」


 アレクはふと思いついた可能性を即座に否定した。流石にあり得ない、と思ったからだ。……勇者による独断専行。軍事的利点を伴わない行動などしないだろう、そう考えて。









 その頃、アルデン公国首都アルデン。公王城では少し騒ぎが起きていた。ひきこもっていた筈の勇者の少女、マスミの姿がなかったからだ。

 それに気付いたのは従者の真似事をしていた女兵士。彼女が食事の時間になっても現れないマスミを訝しんで部屋に訪問して発覚した。

 ……が、その騒動もすぐに沈静化した。その騒動の張本人、マスミが城門から堂々と帰還したからだ。

 その報を聞いたレクスはすぐにマスミ、荒木万純を連れてくるよう兵へ指示を出した。もちろん、本人が拒否した場合は無理強いをしない。それを言及した上で。もし、勇者であるマスミが暴れた場合、王国軍では太刀打ちできない。仮に鎮圧できてもかなりの被害が出るのは想像に難くなかった。

 もっとも、その心配は杞憂に終わり、マスミはさしたる抵抗をすることもなくレクスの前へ現れた。

 そのことにホッとしたレクス。しかし、ホッとしている場合でもない。なぜ、こんな行動をしたのか問い質さねばならなかった。


「お帰りなさい、マスミ。どこへ行ってたのですか」

「……ちょっと、そこまで」


 どこか、ふてくされた様子で答えるマスミ。それでは困る。そんなことはおくびにも出さす、なおも語りかけた。


「別に怒っているわけではありませんよ? ただ、心配したんです。私だけではありませんよ。もちろん、兵士たちも。とくにあなたの付き人をしていた者は顔を青くしていましたから」


 嘘ではない、確かに女兵士は顔を青くしていた。勇者が脱走した責で、最悪処刑される可能性もあったのだから。

 ただ、万純はレクスの言い方で心配をかけた。と思ったのだろう。バツの悪そうな顔になった。


「……ごめん」

「いえいえ、それは後から本人へ言ってください。きっと安心します」

「うん……」


 そうして、言葉が途切れる。なんとも重苦しい空気が辺りに流れ始める。その空気を破るように、マスミがポツリ、ポツリと語り始めた。


「……気に、なったの」

「何に、です?」

「兵士のみんなが言ってた。姫騎士が来る、もうダメかも知れないって。みんな、不安になってる」

「そういうことですか……」


 マスミに同意するよう頷きながら、内心で兵士たちの厭戦気分に頭を抱えるレクス。兵士たちの考えも分からなくはない。それほど姫騎士という武名は大陸に轟いている。しかも未帰還の傭兵、豪腕のグレッグという豪傑までいるのだ。士気が低下するのも無理からぬ話だった。


「だから、確かめに――」

「……なん、ですって?」


 思案しているレクスには寝耳に水の話。まさか、マスミが敵の軍勢へ突撃しているなど、夢にも思っていなかった。


「最初は近くにいたモンスターに斬りかかったけど、すぐに反応されて防がれちゃった」

「ちょっと待って?」


 防がれちゃった、じゃない。そもそも、モンスターと行動をともにしていた? 想定外の情報の連続にレクスは混乱しはじめていた。


「でも、姫騎士さん。兵士さんたちの話通り、強そうだった」


 目をきらきらと輝かせて興奮しているマスミ。何がマスミをそこまで興奮に引き立てるのか。レクスにはそれがまったく分からなかった。

 それも当然だった。なにせマスミ、荒木万純はリーゼロッテをかつての世界のヒロインたちと同じだと見立てていたのだから。そして、そのヒロインと切り結んで無事だった己もまた、ヒロインへ近づいたと実感していたのだから。

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