第85話 強襲
「姐さん方、あっしが結婚してるかなんて今はどうでも良いでしょう。それよりも、王国軍の方を気にしねぇと」
「え、えぇ。そうね」
なんにしても、気を取り直したあっしはリーゼロッテの姐さんたちへ告げた。実際、こんなしょうもないことで奇襲を許した、なんてことになれば笑い話にもなりませんよ。
一応、そこらあたりはマクスのやつが警戒してくれてたようですけど。
その、警戒していた筈のマクスが、がさがさ、と草木を掻き分けて駆け寄って来ました。
「お頭、ちょっと妙だぜ」
「どうしたんです、マクス。何が妙だって?」
「人が居ないのはわかる、でも、モンスターや動物の姿も見当たらねぇ。さすがにおかしいぜ、こいつぁ」
「…………っ! そうですか。そいつぁ、妙だ」
マクスの報告を受けて、あっしもぐるり、と辺りを見渡しました。そして、確かにマクスの言う通り、人どころか獣の気配すらしないことに気付きました。
……おかしい。
確かにあっしら、というより帝国軍の数が進軍していれば獣が警戒するのは当然。ですが、それでもあたりにまったく居なくなるほど逃げる、というのは考えられません。こちらを警戒して、遠巻きに観察する。というのが普段の行動の筈です。
……まぁ、姫騎士なんて呼ばれるリーゼロッテの姐さんやアリアの姐さん。それにエルザの姐さんまでいるんだから、生存本能が刺激されて、というのは十分考えられる話ですが。しかし、それでも違和感がありやす。ちょいと、藪をつついてみますか……。
「よぅし、マクス。適当に歩兵ゴブリンを……。そうだなぁ、5人程度連れてきてくだせぇ。そいつらを囮に周りを索敵しますよ」
「へ? お頭、ゴブリンライダーじゃなくて、ですかい?」
「おう、ライダーじゃなくてです。まっ、マスターにもうまく使え、と言われやしたし」
本来は肉壁にしろ、という話でしたが。これはこれでうまく使う、ということで納得してもらいやしょう。それに、この
「って、ことで姐さん方。ちょいと様子見、お願いしまさぁ」
「えぇ、分かったわ――。いえ、待ちなさい」
あっしの提案をのんでくれた筈のリーゼロッテの姐さん。しかし、直後。瞳に剣呑な雰囲気が宿りました。それで遅まきながら、あっしも気付きました。……どうやら一手遅かったようです。
「マクス、下がれぇ!」
「お、おう――!」
あっしの怒鳴り声に反応したマクスが反射的に飛び退きます。そこへ一瞬遅れて銀閃が奔りました。あと一歩でも遅れていたら、マクスはきっとざっくばらんと真っ二つになってたことでしょう。危ない、危ない……。
マクスにそんなことをしてくれようとした下手人ですが――。
「若い、女……?」
見たことない格好ですね。上物、貴族さまが着てそうな良い布を使っているようには見えやすが……。それに、手に持った剣。あっしらのとは違って片刃で反り返ってるみたいですねぇ。脆そうに見えやすが、同時に切れ味も鋭そうですね、ありゃあ。
そしてびりびり、と肌に刺さる感覚。こりゃあ、殺気か? 残念だが、あっしらが対抗しようとしたところで、真っ二つにされてしまいそうだ。
まったく、敵方に姐さん方みたいなバケモノがいるなんて……。いや、待てよ。
あっしは、以前マスターたちが話していた情報を思い出しやした。たしか、それは勇者召喚――。
「もしかして、お前さんが噂の勇者かい?」
「……だとしたら、何?」
……まさか、返事が来るとは思ってませんでしたよ。意外と高めの可愛らしい声だ。それと、さっきまでは得物の方に意識が向いてて気付いてませんでしたが――。
「黒髪、黒目……? マスターと同じ、ですって?」
それだけじゃねぇや。どことなく雰囲気、そして顔立ちが似てやがる。本当に何者だ、あの娘っ子。
そんな目の前の娘っ子が反り返った剣を鞘に戻して……? どういうこった?
殺気はおさまってない。それに――。
「腰を深く沈めこんだ? 何をする――」
――ドン、という音とともに娘っ子がいた地面が爆ぜる。ごう、と空気を切り裂きながらこちらに突進してきて――。
「しまっ――!」
なんで気付かなかった! 娘っ子は柄から手を離してねぇ! まず――!
――あっしが見たのは剣が奔るように鞘から抜き放たれる瞬間。刃があっしの首を断つ牙となって襲いかかってくる。間に合わ――。
――ぎぃん。と、鉄どうしがぶつかる音がした。そのまま、ぎゃりぎゃり、と金属が擦れる不快な音が響く。
いつの間にか、あっしの目の前にはリーゼロッテの姐さんの背中がある。どうやら庇われたみてぇだ。……命拾いした、か。
「……さす、がに。同盟者の名代をみすみす討たせるわけにはいかないわね!」
「……っ、邪魔をして――!」
そのまま切り結ぶふたり。他のふたりの姐さん。エルザさんとアリアさんは、油断なく武器を構えながらも動かねぇ。あの娘っ子を警戒してんだ。
というか、あの娘っ子も大概バケモノで間違いねぇ。あの姫騎士、リーゼロッテ・アルデンと膂力で拮抗してやがる。
あっしらや、帝国の兵士たちも下手に動けねぇ。本当なら加勢したいところだが、背中から斬りかかろうにも、その瞬間に反転されて斬り捨てられる未来しか見えねぇぜ。
それはきっと、エルザの姐さん方も感じてるんだ。この均衡を崩した瞬間、どちらかが深傷を負う。それくらいヤバい局面であるってな。
「……ちっ」
娘っ子が舌打ちをした。それとともに均衡が崩れた。いや、崩したんだ! わざと切り結んでいる力を弱めた。
急に力関係が変わった姐さんはたたらを踏んでる、不味い!
他の姐さん方も気付いて、リーゼロッテの姐さんの援護に――。
だが、どうやら娘っ子は予想と違う行動に出た。そのまま後ろへ跳躍し、間合いの外に出た。仕切り直しのつもりか?
「ここは、引く――」
そう言うと娘っ子はさらに跳躍、森の中へと消えていった。逃げた、ということで良いのか、これは?
ともかく、危機は去ったんだ。慌てて、姐さんへ駆け寄る。
「無事ですかい、リーゼロッテの姐さん!」
「……ええ、なんとか。ルードこそ、大丈夫?」
「あっしの方は庇ってもらえやしたから……」
近づいたからこそ気付けた。姐さんはぶわり、と汗をかいてたみたいだ。きっと、命の危険を感じてたんだろう。
「……あの娘」
恐らく、無意識なんでしょう。呆然とした様子でリーゼロッテの姐さんが口を開く。
「ヒデヨシと似てた……?」
どうやら姐さんもあっしと同じ疑問を抱いてたようです。これは、あとからマスターに聞くしかないですか、ね。それに、このまま進むべきかどうかも考えねぇと。
勇者なんて御大層、なんて考えてやしたが、場合によっては戦略そのものがひっくり返りますよ、こいつぁ。
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