第78話 新たなダンジョンの仲間

 ふむ、面倒なことになった。さきほど、リーゼロッテとアレク皇女から公国首都アルデンに進軍することを告げられ、ルードへ援護することを伝えたわけだが……。


「ナオ、今の我らの陣容。どの程度だったか?」


 こちらでも把握しているが、あえて確認するため問いかける。俺の近くで雑務を処理していたナオは手を休めると、ふむ、といったように口許へ手を当て考えている。そして、まとまったのか報告のため、艶やかに濡れた唇を開いた。


「はい、マスター。現在、こちらの戦力は元ゴブリンライダー隊。現在はホブゴブリンに進化して、全体の指揮を執ることになったルードを筆頭に直属の部下として、同じくホブゴブリンに進化したマクスとベルク」


 そう言いながら彼女は、ごそごそ、と片付けてあった現状の戦力一覧が載っている書類を引っ張り出す。


「また、雑兵として最低限指示を聞ける召喚ゴブリンが合計三百。それとは別に訓練されたゴブリンアーチャーがルディア解放戦からの古参、十を含めて四十。新規訓練したゴブリンライダーが二十。それとは別にダンジョン内部の防衛に戻した古参コボルト三にスライム若干数。この部屋の前を防衛するボス級ストーンゴーレムに配下のサンドゴーレムが二。これで以上ですね」

「あぁ、そうだったな。ありがとう」


 確かに俺の記憶とも一致している。ただ1つ、違う――というには少し微妙だが――点をあげるとすれば……。


「あら、主さま。まだこんなところにいらしたの?」


 唐突に部屋の中に響いた声。その声を聞き、ナオはキッ、と声の主を睨み付けた。


「……入室を許可した覚えはありませんが?」

「いいじゃない、あたくしと主さまの仲なんだもの」


 ナオに対して挑発的な物言いをする女性。透き通るような銀糸の髪を腰どころか膝裏まで伸ばし、魅惑的なメリハリのついた身体を黒いドレスで隠している。が、そのドレス自体肩出し、かつ胸もとが大きく開いたものであり、彼女のたわわに実った双丘がふとした瞬間にこぼれ落ちてしまいそうになっている。

 また、スカートも短く。かつ、両足の股関節部分から深めのスリットが入っている。そこから白く眩しい脚とともにガーターベルトがお目見えし、さらに言えば絶対領域とでも言うべきか。そこから下を覆い隠すストッキングを履いていた。

 そして一番特徴的な部分。それは――。


「それにあたくし、一応主さまの護衛よ? 一応ね。それなのに側に侍らないのはおかしいのではなくて?」


 よほどの自信なのか、切れ長な、自意識過剰とも見て取れるで見下すように見つめる。そして、口許をよく見ると鋭く、長い犬歯が見え隠れしている。

 そう、彼女は吸血鬼。いや、吸血姫とでも言うべきか。そんな彼女の名前はジャネット・デイ・シュルツ。本人いわく、魔界で暮らす吸血鬼の貴族にして上位種。本来日の光の下を歩けない筈の吸血鬼の中でも問題なく歩くことができる、デイライトウォーカーなる階級らしい。


 カツカツ、と歩き俺に近づいてくるジャネット。その度に長く美しい銀糸の髪はふわりふわり、と。そして腰の裏に付けられた大きく可愛らしいリボンとスカートの裾から覗くフリルがふりふりと揺れている。

 俺の側まで寄ったジャネットはしなだれ掛かるように身を預ける。そして流し目で、淫靡な視線を向けてきた。


「ねぇ、主さま。そんな雑務、さっさと切り上げて休むべきじゃない? それかそこにいるナオに押し付けるか――」

「――ジャネット!」


 囁きかけてくるジャネットへ怒鳴るナオ。そんな二人に気づかれぬよう、ふぅ、とため息をはいた。


 そも、ジャネットは以前から悩んでいた俺自身の防衛をどうするか問題で、解決策の一環として考えていた新たなモンスター召喚。その関係で召喚したモンスターだ。

 だが、ただモンスターを召喚すれば良い、というわけにもいかなかった。なにせ、基本外向きのことはリーゼロッテやルードに任せるつもりだったが、どうしても俺自身が交渉の場へ出なければならない状況もあり得るだろう。それこそ、リーゼロッテやアレク皇女の時のように、だ。

 そういったシチュエーションを考えると人間と同じ姿をしたモンスターが望ましい。そして、なおかつ戦力として期待できる、という条件までつけると実質的に選択肢はほぼないに等しかった。

 その中で俺が選んだのが吸血鬼。元の世界でも強者として知られる種族だった。

 ……一応、サキュバスという選択肢もあったが、万一の問題発生を危惧して今回は見送った。という理由もある。相手の使者がもし男だったとしたらどうなるか、などという心配をしたくなかったのだ。……交渉の場で相手の使者を――性的な意味で――喰らったなどと笑い話にもならない。というか、シャレにならない。


 正直ここまでは問題なかった。むしろ召喚ガチャで言えば吸血鬼の貴族を引き当てたという意味で、大当たりを引いたまである。……のだが、ここで1つ問題が発生、というより発覚した。

 どうやらダンジョンマスターと呼ばれる存在がモンスターに好意的に見られるのは、俺の意識がダンジョンではじめて覚醒した時、棲んでいたスライムやゴブリンが俺相手に道を譲っていたことで判明していた。のだが、それとは別に、どうやら召喚されたモンスターは召喚時に主であるダンジョンマスターに対しての好意を刷り込まれる、というのがジャネットへの聞き取りで判明した。


 ……まぁ、俺も? ダンジョンマスターという種族に変異して、生殖関係が鈍くなっているとはいえ、見目麗しい女性に言い寄られて悪い気はしない。

 しかし、このジャネット。独占欲、というか自己顕示欲が強いようで一番でないと気が済まないきらいがある。そして俺は男でジャネットは女。さらに言うとダンジョンコアであるナオの化身アバターは女性型。そのことでどうにもナオへ対抗心を燃やしているらしい。

 そのこと自体はナオも理解を示していた。が、問題は度々ジャネットが俺を誘惑すること。それによって仕事が停滞することを問題視している。

 とくに、今は帝国対王国の重要な時期。そんな時に仕事が滞れば最悪、ダンジョン自体が危険にさらされる。その事をナオは危惧している。


 しかし、ジャネットの方はよほど自信があるのか、敵が攻めてきたら、すべて蹴散らしてしまえば良い。という考えでいるようだ。

 それとともに、ナオとジャネットの敗北条件の違いも影響している。

 ナオはダンジョン自体の防衛を念頭に置いているが、ジャネットは最悪俺とナオさえ守れればそれで問題なし、と考えている。

 というのも、ナオ。ダンジョンコアが化身アバター内に格納できる以上、ダンジョンという容れ物が壊れてもマスターである俺とコアであるナオ。二人さえ生き残ればダンジョンの再建は可能だからだ。

 確かに、そう考えれば難易度的には格段に下がるし合理的だ。しかし――。


 ――脳裏に浮かぶのはルードやファラ。リーゼロッテ、アレク皇女といったいままで関わってきた面々の姿。


 それらを雑念、として切り捨てるには縁を結びすぎた、というのもあるし、少なからず情も生まれている。さすがにそれを切り捨てるのは憚られた。


 とにもかくにも、そういった二人の考え方の違いから度々衝突を繰り返していた。しかも、ジャネットはその衝突を楽しんでいる節もあるし……。

 このまま最終的に雨降って地固まる、となれば良いのだが……。

 この二人をこれからどうするか。そのことを考えて、俺は人知れず頭を悩ませるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る