第76話 正体

 アルデン公国首都アルデンにある公王城の執務室。かつて公王が座っていたであろう席に座って、王国奇襲軍の司令官。レクス・ランドティアは考えに没頭していた。


「以前から公国内で囁かれていた軍の悪い噂。これでだいたい払拭できたようだね」


 机の上に乱雑に置かれた報告書。そのうちの1つを取って、パラパラと捲りながら独りごちる。

 その悪い噂とは、以前秀吉たちダンジョン勢が行おうとしていた流言飛語。王国が侵攻してきたから、モンスターが活性化したという話の事だ。

 その報告を最初に受けた時、レクスは衝撃を受けた。別にその程度の誹謗中傷。国家間の調略、謀略から考えればよくある話、ではあるが……。


「やつがこんな搦め手を使う……? あの猪姫が?」


 レクスが猪と揶揄する姫。その人物は、もうお気付きかもしれないがアルデン公国公女。姫騎士-リーゼロッテ・アルデンのことだ。

 正直な話、レクス・ランドティアは縁戚関係にあるリーゼロッテ・アルデン。彼女の事を快く思っていない。

 その理由は1つ。彼にとって、リーゼロッテ・アルデンという女性は統治者、支配者としての責務を果たしていないから。


 ……端から見ればどういうことか、意味が分からないかもしれない。

 それはレクス・ランドティアが抱く信念。王族とは、統治者とは民を、庇護するものたちを安んじることこそが本懐、だということ。

 すなわち、それはまつりごとを重視し産業を、経済を発展させ民たちの、そして最終的には王族である己たちも含め生活水準を向上させることこそが、権力という力を得たものが成すべき事柄である、と考えている。


 だが、リーゼロッテは姫騎士という名声を得たあとも軍事だけに傾倒している。それは、言い換えればまつりごとを、民たちを軽視している。と、レクスからはそう見えた。

 もちろん、実際のところは違う。アルデン王家はいつの頃からか女性公族の政治参画を基本認めておらず、参加したくても参加できなかった。初代が女性公王、女公だったにも拘わらず、だ。

 それはともかく、その事とそれならばせめて軍事で功績をあげたい、というリーゼロッテの想い。そして、公王たちの、いずれリーゼロッテを婚姻の駒に使うという罪悪感から彼女の行動を見逃したことで、結果的に姫騎士-リーゼロッテ・アルデンという傑物が生まれた。


 しかし、レクスはそんなことどうでも良いと思っている。問題はリーゼロッテが最初から諦めて、行動を起こさなかったことだ。

 それこそ初代公王、アンネローゼ・アルデンならば何らかの行動を起こして政治に参画する。あるいは道筋を作る、くらいのことはやってのけた筈。と考えている。


 ……そこまでレクスがアンネローゼのことを引き合いに出すのは、彼自身がアンネローゼ・アルデン。彼女を尊敬――本人は気付いていないが、実際は狂信に近い――しているからだ。

 だからこそレクスは、レクス・ランドティアはリーゼロッテ・アルデンが許せない。彼女の、アンネローゼ・アルデンの直系の子孫でありながら、この程度の、王国に侵攻をゆるし、実質的に国を滅亡させた器の小ささに。自身が、レクス・ランドティアがもし同じ立場なら、このような無様、許しはしなかったと。


 事実、侵攻を止める方策などいくつもあった。諸部族連合と経済的結び付きを強め、王国を緩やかに締め付けつつ軍備を増強する方法。王国内の没落した貴族。かつてハミルトン公爵家麾下かつ暗部を担当していたブラッドフォード家や、かつてのアンネローゼ・アルデン。いや、ハミルトン公爵家の盟友、エルミナ侯爵家麾下で御家取り潰しとなった御家。セント・クレア子爵家に調略を仕掛けるなどだ。

 とくにセント・クレア子爵家。かの家の直系がアルデン公国国内にいるのはすでに調査がついている。


「しかし、流浪となったセント・クレアの令嬢がかつての主家。エルミナ侯爵家の盟友、ハミルトン公爵家――いや、アルデン公王家と交流があった、というのは迂闊だった、かな」


 いくら貴族とはいえ子爵。そこまで力を持たないだろう、と軽視していたのは失策だった。まさか公王家に協力しての真似事をしていたとは……。


「しかも、没落して久しいとはいえ、貴族の令嬢が己の身体を売るなどと普通であれば考えられませんね……」


 そう言うと、レクスは机の上に置いてあった資料の1つ――似顔絵付きのやつ――を取る。

 もし、それを秀吉が見たら驚くこと請け合いだった。

 そこに描かれていたのは紫色の髪を腰まで伸ばし、豊かな胸と肉付きの良い尻を白い修道服で覆い隠している妙齢の美女。すなわち、ルディア――ひいてはダンジョン――の軍事的頂点。ゴブリンのルード、彼の第二夫人。セラこと、の姿が描かれていたのだから。

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