第63話 彼女《帝国》から見たダンジョンマスター

「……どういうこと?」


 ボク専属の諜報部隊からの報告を受け、一瞬とはいえ思考が止まってしまった。でも、そんなことは本来許されない。

 軍、という身体の中で頭脳を担当している以上、思考停止する、ということは敵軍がいた場合、格好の的にされかねないということ。

 多くの兵士たちの命を預かる以上、そんな無様を晒す、等というのは論外。

 ゆえにボクは頭脳として思考し続けなければいけない。


 それで、報告では開拓村が発展している。という話だったけど……。

 ここは一応、領土的には公国嶺。なら、リズ姉さまに話を聞くのも1つの選択肢、かな。


「ねぇ、リズ姉さま?」

「なに、アレク?」

「この先に開拓村、あるでしょ?」


 ボクが開拓村のことを聞いた瞬間。明らかにリズ姉さまが変な反応をする。どこか焦ったような感じで挙動不審になっていた。

 ……ははぁん、これは何かあるな?

 そうボクが判断するのは当然のこと。

 そもそも、帝国に亡命する際移動経路になったのは想像に難くない。そこでなにか、それこそ、リズ姉さまが焦るほどのなにかがあったんだろう。

 とくに件の開拓村は帝国と公国の間で国境摩擦を引き起こしていた。それなのにあえて発展させる理由が分からない。

 もともと発展させる予定なら、こちらへ賄賂という名の上納金を送る理由も分からないし、ね。

 それを確認するためにも問い詰めないと。


「斥候からの報告でね。どうやら開拓村の羽振りが良いみたいなんだけど、なにか知ってる?」

「……羽振り? もしかして、ヒデヨシが?」


 ふぅん?

 リズ姉さまの口から人の名前。それが関係するのかな?

 それに、呼び捨てとはずいぶん気安い関係みたいだけど……。


「やっぱり、なにか知ってる?」

「やっぱりというより。あくまで予想でしかないのだけど……」


 リズ姉さまがどこか気まずそうに口ごもる。でも、すぐになにか、決心したのかふたたび口を開いた。


「私たちが帝国に逃れる時、アラキヒデヨシ、という男性が手伝ってくれたの。……で、出発する際にも、こちらに出来る形で援護する。って、提案をしてくれて……」

「それが開拓村に影響してる、と……」


 ボクの確認にこくり、と頷く。正直、今のボク。目が丸くなってると思う。何だかんだで男っ気がなかったリズ姉さまに男の知り合い。しかも親しい感じのが出来てるなんて予想もしてなかった。

 だけど、次に発せられた言葉でボクはふたたび我を忘れそうになった。


「それに……。もし、本当に羽振りが良いんなら開拓村でも援軍が期待できるかも。あ、でも……。さすがにダンジョン外に送るのは難しいかしら」

「……なんて?」


 今、リズ姉さまの口からダンジョンなんて言葉が出た?

 どういうこと?

 あそこにダンジョンなんかあったの? そんな調査報告は受けてないけど……。それとも、見逃してた?

 どちらにせよ、聞き捨てならないのは確か。是非とも確認しないと。


「今、ダンジョンって言った? リズ姉さま?」


 ボクの言葉に今さらだけど失言だと気付いたようで、少し顔をひきつらせている。


「えっと、聞かなかったことには――」

「出来ると思う?」


 いくらなんでも無理があるよ。まぁ、リズ姉さまも分かってたようで、がっくり、と肩を落としている。


「それはそうよね……」


 がっくり、と項垂れていた姉さま。でも、すぐに気を取り直したのか、ちゃんと話してくれた。……まぁ、それでまた度肝を抜かされたわけだけど。


「さっき話したヒデヨシだけど、彼がダンジョンマスターだったの。私やアリアが王国に雇われた傭兵団に襲われてる時も援護してくれたし、占領されかけた開拓村に関しても解放のため、戦力を供出してくれたり、ね」

「へ、へぇ……」


 その時叫ばなかったボクを、自分のことながら誉めてあげたくなったね。だって、それって言い方変えたらダンジョンと同盟組んでます、ってことじゃない?

 確かに、帝国でも歴史的事実としてダンジョンと交流してたって記録はあるよ? でもそれだって、ボクが産まれる――どころか現皇帝の父さまどころか、何代も遡らないと出てこない記録なんだよ。

 それをあっさりとまぁ……。この時点で、姉さま。自身がどんなすごいことになってるか、自覚してないんだ、って分かった。


 一般にダンジョンってのは、モンスターが住む場所だから危険って認識なんだけど、それだけじゃ不十分なんだよ。

 いくつか問題があるけど、そのうちの1つがダンジョンは特殊な生態をしてるってこと。

 例えば、の話だけど。よくあるダンジョンの構成にスライムとゴブリンの混合、という形があるんだけど。この時点で本来ならあり得ないんだよね。

 なにせゴブリンは普通の生物扱いだけど、スライム。こいつ、実は魔法生物扱いなんだよね。まぁ、スライムコアを元にゼリー状のなにかを纏ってる、っていう自然界にはあり得ない肉体をしてるから、ある意味当然ではあるんだよ?


 そんな2種類のモンスター。本来、生息域が違うの。

 ゴブリンが森林や洞窟に棲むのに対してスライムは水辺が多いの。でも、ダンジョンって大抵水辺付近にはないんだよね。もちろん、例外はあるけど、ね。

 そのスライムとゴブリンが、仲良くダンジョン内で暮らしてるって珍しいを通り越して、あり得ないんだよ。

 しかも、ダンジョンにもランク。というか危険度があって、危険度が高いダンジョンには当たり前のようにドラゴンなんかの神話級モンスターが棲んでるってんだから、お手上げだよ。


 そう、いくつかの問題って言ったけど。一番の問題はモンスターの種類と、それ以上に数。

 帝国にもダンジョン攻略の記録が存在してるけど、その中で雑魚、とでも言えば良いのかな? そんなランクの低いモンスターが無尽蔵に現れたって報告がある。

 しかもひどい時には、明らかにダンジョン内に収容できない数が現れたって報告例もあるんだ。

 その事からダンジョンの主。ダンジョンマスターは何らかの方法でモンスターの補充をする術がある、というのが定説なんだけど。


 ここでさっきの話へ戻るんだけど、姉さまが同盟を組んでるダンジョンマスター。アラキヒデヨシ、だっけ?

 彼がどの程度の危険度を持つダンジョンの主か分からないけど、規模によってはとんでもない数の援軍を差し向けてくる可能性もゼロじゃない。味方なら頼もしいけど、敵になったら……。


 だから、少なくとも敵にまわせない。にこやかに手を握る。裏切るのならば最後で良い。まぁ、本当に裏切る必要がある、かは分からないけど。

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