第47話 策の前に

 侵攻部隊が見たエルフの影。それは侵攻部隊隊長が予想した通り、諸部族連合所属のエルフ。すなわちリィナとルゥの姉妹だった。


「お姉ぇ、大丈夫?!」

「ええ、問題ないわ。そちらは?」

「もち、この程度じゃなんの問題もないよ!」


 ぱたぱた走りながら、にこにこ、と満面の笑みを浮かべるルゥ。しかし、なぜこの姉妹がエィル近くでこんなことをしているのか。

 それを知るために少し時を、ゴブリンライダーがエィルに軍勢が迫っている、と報告を入れた時まで遡る。









「それで、エィルに軍勢が迫っている。というのは本当なんだな?」


 俺は慌てて部屋に入ってきたゴブリンに確認をとる。俺の問いかけにゴブリンは何度もブンブン、と首を縦に振る。


「あぁ、間違いねぇぜ大旦那。俺っちは間違いなく、このまんまるお目々で見たんだぜ」


 ずびし、とばかりに自らの親指でくりくりとした目を指す。彼の自身満々な様子に納得する、しないに拘わらず俺は頷くしかなかった。


「……そう、か。ちなみに、なんだが。どれくらいの数がいたのか、それは分かるか?」

「数かい、大旦那」


 そういった後、ゴブリンは記憶を引き出すためうんうん、と唸りだす。


「俺っちが見た感じだと……。たぶん、100から150に見えたなぁ」

「なるほど……」


 予想より少ない。が、問題はそれでもこちらからすると十分すぎるほどに多い、ということだ。

 こちらが保有する戦力がゴブリン、ゴブリンアーチャーが各10、ライダーがルード、それに報告しているゴブリン含め3。それにコボルトが2、ストーンゴーレム1にサンドゴーレムが2。それとダンジョン防衛にスライムが少数。

 まぁ、ゴーレム部隊も基本ダンジョン防衛だけど、場合によって、外に出すことも検討しなければならない。

 しかし、それだけの数をかき集めても敵集団はこちらの5倍、最悪の場合10倍はいる。と考えるべきだろう。

 まぁ、いまのところ救いとなるのは、敵の目標が城塞都市エィルであり、こちらではない。というところだ。もっとも、ダンジョンや開拓村の存在が露見したら標的にされる可能性は高い。

 とくに開拓村は、その付近――実際には内部――で豪腕のグレッグ、ならびに率いていた傭兵団が消息を絶っている。それが知られでもしたら……。その先は考えるまでもないだろう。


 そのことから可能ならばエィルの戦力で敵集団を壊滅させられるのが一番望ましいが……。


「セラ、エィルが保有している戦力、分かるか?」

「あの都市が保有している戦力、ですか……。そうですね」


 頬に手を当て、悩ましげな表情を浮かべる。なんとも煮え切らない対応にどうしたものか、と思っていたが……。


「わたくしが知っているのはあくまで過去の情報ですが、ルシオン帝国との緊張が緩和されて軍縮が行われた。というのを憶えていますわ。確か、数は……。常駐が50、それとは別に各地を巡回する遊撃戦力。山賊などの驚異を排除する人員が30の計80だったかと」

「少ないな……」


 城塞都市、などと銘打っているのだから、もっと多いものだと思っていたのだが、まさかの少なさに驚いてしまった。

 平時ならそれでも……。と、思わなくもないが、それでもやはり、少ない気がする。なぜ、そこまで戦力を少なく絞っているのだろうか?

 俺の疑問が顔に出ていたのだろう。セラが苦笑いして捕捉してきた。


「なぜここまで少ないのか、とお思いなようですが、それにも色々と理由が」

「理由? 何があるんだ?」

「実は、あの都市にはリーゼロッテさまの騎士団が使用する兵舎があるんです。わたくしが知る限り、そこへ定期的に人員が派遣されていましたの」

「つまり、その人員を当てにして兵員を絞っていた、と?」


 俺の確認にこくり、と頷く。……なんだ、それは。

 リーゼロッテの強さを鑑みるに、平の騎士団員でもかなりの戦力となり得るだろう。しかし、だからといってそれを当てにして防衛戦力の整備を怠る?

 論外にもほどがある。とくに城塞都市エィルも公王の直轄地だった筈だ。……いや、だからこそか?

 リーゼロッテも公王家の一族。なおかつ姫騎士という異名をもつ手練れにして、帝国に婚約者を持つ身。つまり、公王としては表向き直轄領だが実質リーゼロッテの領地、として見ていたのかもしれない。


 あるいは開拓村。話では公王が王国の圧力に屈して、という形だったが、本当はそれすらも計算のうちだったのかもしれない。

 なにせ、リーゼロッテの領地としつつ彼女が帝国へ嫁ぐのなら、エィルもまた帝国領へ組み込まれる可能性がある。つまり、王国は嵌められたということになる。

 もともとエィル、開拓村双方ともに帝国の最前線、という意味合いで入植した、という事実がある。

 それを丸々帝国へ渡す。すなわち公国にとって帝国と敵対する意思はない、と意思表示したわけだ。

 そして、それは王国は公国から梯子を外されたに等しい。本来、王国からすれば公国を対帝国の尖兵として使いたかった筈だ。だが、現実はどうだ?


 もし、俺の予測が正しいのであれば王国の行動は2ヶ国を固く結び付かせた、完全なやぶ蛇だった。だからこそ、これ以上結び付きを強くするため、強行策に出た。自分で考えておきながら、あり得なくはない。そう思えた。

 だからこその奇襲、だからこそのエィルへの強行軍。

 そして、その予測が正しいのであればエィルが陥落した後、次の目標となるのは間違いなく開拓村。これで座して見ている、という選択肢はなくなった。


「とはいえ、どうするべきか……」


 開拓村とエィル。運命共同体といえる状態の両者だが、だからといって協力できる、とは断言できない。……まぁ、正確にはエィルとが、だが。

 だからといって、手をこまねいているわけにも。


 ……一応、1つ方法は思い付く。だが、その方法は――。


「……やれやれ、本当嫌になる」


 俺自身、苦悩で顔がぐにゃり、と歪んでいるのが分かる。

 この世界で意識が覚醒してこのかた、あまりに綱渡りな状況が多すぎる。だが、死にたくない以上無茶でもなんでもするしかない。

 そのためには彼女たちの協力がいる。


 俺の視線を受け、こてん、と首をかしげるルゥと、頭が痛そうに押さえているリィナ

 彼女たちの協力を得られれば問題なく策を講じられる。あとは……。


「セラ、申し訳ないがまたエィルまで行ってくれ。今度はの使者として」

「……わかりました。なにか策があるのですね」

「あぁ、それには彼らの協力もいる」


 なにせ、戦力が少ない。さすがにダンジョン側だけでは厳しい。しかし、彼らの戦力を借りることができれば。


「桶狭間、いや島津の退き口か。史実で、過去に起きたことなんだ。俺たちがやれない、なんてことはない筈だ」


 自身を鼓舞するため口に出す。もっとも意味が理解できない他の面々は、不思議そうに首をかしげていたが……。

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