第34話 幕間 帝国の婚約者

 ――ダンジョンマスター、荒木秀吉が開拓村村長たちと今後の指針を話し合っている頃。彼らと別れた姫騎士リーゼロッテ、護衛騎士アリアは帝国へと急いでいた。






 ざくざく、と道なき道を。私とアリアは敢えて山道を歩み、帝都へと進んでいた。

 本来なら街道を進んだ方が早く帝都へ辿り着ける。けど、公国の首都アルデンが王国に占領され、なおかつ私たちが逃げることに成功した以上、追手が放たれている可能性は否定できない。

 まぁ、でも追手として放たれたのが豪腕のグレッグ。彼の傭兵団だけの可能性ももちろんあるけど、それでも敢えて危険を犯す必要はない筈。

 警戒しすぎて問題が起きる、ということはないと思うけど……。

 ともかく、そういう観点から私とアリアは山道、むしろ獣道というべき場所を草木を掻き分けながら先へと急いでいた。

 黙々と先を急いでいた私たち。しかし、突然アリアが話しかけてきた。


「……あの、姫さま。大丈夫なのでしょうか?」

「……? なにが?」

「帝国を頼る――いえ、はっきり言いましょう。アレク殿下のことです。噂では失脚、幽閉された、と――」


 彼女が不安そうな声をあげる。思わず振り返る私。そこには少し顔をしかめ、不安をあらわにするアリア。それを見て、私は体の内から笑いが込み上げてくる。


「ふ、くっ……」


 無意識に唇に指をあて、笑いを我慢する。私のそんな姿を見て、アリアはきょとん、として目を丸く開いている。


「……ひめ、さま?」


 呆然としているアリア。そんな彼女を見て、もう私は笑いを堪えることが出来なかった。


「ふ、くふっ……。何て、顔してるの……」


 せめてもの抵抗と、大口を開けるのではなく、くすくすと笑う。私が突然笑いだしたことに呆然としているアリア。普段クールな彼女がそうなっているのが、私にはとてもおかしかった。

 本当なら大声を出して笑いたい。でも、無理矢理我慢した影響なのか、目に涙が溜まり、つぅ、と頬を流れていく。

 涙を流したのが見えたのか、アリアはあわあわとしている。そこに私より年上の淑女。剣の師匠としての姿はなかった。


「あの、なにか、私が無礼なことを……」


 どうやらアリアは完全に勘違いしているみたいで、なんとか私を慰めようとしている。だがむしろ、私としては感謝したいくらいだ。


「ちがっ、違うわ――」


 なにせ、これまで当たり前だった日常が王国の奇襲によって壊され、ほぼ着の身着のままによる逃避行。

 それに、あのよく分からなかったダンジョンマスターとの出会いに、追手の傭兵団。それにグレッグとの一騎討ちなど、気が休まる暇がなかった。

 それらのことで知らず知らずのうち、私の内で気が張っていたんだと思う。結果、気疲れしていた私にとって、今のやり取りは間違いなく清涼剤だった。


 ひとしきり笑ったことで気疲れが取れた私は、すぅ、はぁ、と深呼吸することで気を落ち着かせる。

 そしてアリアの勘違いを解くため口を開く。


「そんなの、ただの噂話に決まってるじゃない。それに、もしそれが本当ならこちらに婚約破棄。もしくは別の婚約の話が来ていなければおかしいわ」

「……あっ」


 私の指摘に、ようやく思い至ったようで間抜けな声をあげるアリア。そんな彼女に、はぁ、と呆れたため息を吐きたくなる。

 どうにもアリアは傭兵上がりだということで、政治に関する思慮が浅いところがある。私の剣の師匠、剣術指南役という立場だけならそれでもかまわないのだけど。

 しかし、彼女の立場はそれだけじゃない。私の騎士団。その中で副騎士団長という立場でもあるのだから、多少なりとも政治的な配慮、というものを覚えてもらう必要がある。


 まぁ、それはともかくとして。他にも理由はある。私が姫騎士として名を馳せているようにあの子は智慧ちけいに優れている、ということ。

 でも、これは諸国に。それどころか帝国内でも広まっていない。なぜなら、その話が広がればあの子の身が危険にさらされてしまうから。

 諸国には知られていない――私は例外であの子に敢えて教えてもらった――ことだが、帝国内部では、いま後継者争いが起きている、らしい。


 武断派のクロード殿下、文治派のマクシミリアン殿下。そして中道派のエリク殿下。三者による争いが水面下で行われている、というのがあの子から教えてもらった内容だ。もちろん、それだけの単純な内容ではない筈、だけどそれ以上は教えてもらってない。私が知る必要はないということなのだろう。


 もっとも、これだけの情報でも本来私は武断派のクロード殿下に嫁ぐのが筋だろうというのが分かる。私が武力で大陸に名を馳せていること。そして、クロード殿下は第一皇子。普通の継承法で考えれば嫡子である殿下が皇帝の位を戴くのが筋だ。

 だけど、実際は私の婚約者はクロード殿下ではなくアレク。その理由は簡単だ。あの子たちの父君、ガイウス帝が望んでいないから。

 想像できる理由は……。私がクロード殿下に嫁げば武断派が力を持ちすぎる。それが理由だろう。


 そもそも、単純な国力では王国と帝国。不倶戴天の二国は拮抗している。故に両国とも公国を味方に引き入れようと苦心していた。

 そんな中で私がクロード殿下と結婚すればどうなるか。

 ひとまず、力の天秤は帝国に傾く。しかし、クロード殿下の性格が問題となる。

 どうにもあの子から聞いた話では、殿下は自身が思い描いたことは必ず実現する、もしくはさせるという俺様主義というやつとのこと。

 私が嫁ぐのはあくまで公国のためで、まかり間違っても帝国へ臣下の礼をとるためじゃない。だけどクロード殿下はそこら辺りを考えることはできないだろう。仮にできたとしても、私を無理矢理跪かせて臣下の礼を取らせようとするのは想像に難くない。

 その果てにあるのは帝国と公国。二国の間にあった蜜月の終焉。ガイウス帝からすれば到底認められる話ではない。

 しかもクロード殿下だと王国との全面戦争に陥りかねない。仮にいまの状態や、私が嫁いだ状態でも何とか勝利することはできるだろう。しかし、その先に待っているのは国力を消耗し、土台からガタガタになった帝国。

 その時、周辺諸国。そして、王国残党がどのような行動に出るか。わからない、というのは流石にいないだろう。最終的に待つのは王国と帝国の共倒れ。また二国ほどではないが公国も瓦解している可能性が高く、先に待っているのは大陸全土を巻き込んだ戦国時代。どう考えても地獄だ。


 そんな未来が容易に想像できたからこそ、ガイウス帝は私がクロード殿下と婚約することを望まなかった。

 そして勢力が拮抗しているからこそ他の皇子とも……。だからこそ私の婚約者に選ばれたのは第四皇子であるあの子、アレク。それにこの婚約は、帝国内から親公国派を離れさせる、という意味合いもあった。

 なにせ、帝国内では昼行灯で通っている放蕩皇子には過ぎたる婚約だと思われているし、一部の口さがない貴族たちからは、帝国から放逐できる良い理由ができた、などとまで言われる始末。

 そう、一部ではアレクとの婚約は入り婿。アレクが公国へ下向する、と思われている。まぁ、こちらとすればそれで万々歳だった。……本来であれば。

 なにせ、公王の位は兄さまたちの誰かが戴くのが決定項であり、同時にアレクと私ではのが事実。

 だから帝国としても内部から公国の影響力を排除しながら、私をうまく使える。という思惑があった。それも王国の奇襲によって机上の空論となってしまったが。


「だからこそ、私が生きていること。そして、アレクのもとへ向かうことが重要な意味を成す。もっとも、アレクもそれを悟ったからこそ自身が幽閉された。なんて、狂言を流布したんだろうけど、ね」


 きっと、あの子は面倒くさい。と愚痴っているに違いない。それが容易に想像できたから、苦笑いをしてしまった。


「まぁ。そういうことで帝国に向かうことに何も問題はない筈よ。安心した?」

「え、えぇ。それはもう……」


 そう言いながら顔が引きつってるじゃない。まぁ。それはともかく。今は帝国に向かうことこそ肝要。一刻も早くたどり着かないと……。


「待ってなさい。いずれ私は帰ってくるわ」


 公国を解放するために。公王家最後の生き残りとして。

 その未来のためにも、私たちは再び、ざくざく、と音を立てて落ち葉や草木を踏みしめながら歩を進めるのだった。

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