第33話 今後の指針

 村長たちと開拓村の現状、ならびに今後のことを確認した俺はいよいよ本題に入る。


「それで村長どの。ひとつ訊きたいことがあるんだが」

「なんでしょうか?」


 問いかけに少し、顔をひきつらせている村長。なにか無理難題を押し付けられる、と考えているのかもしれない。こちらからすれば、そんな気、毛頭ないんだがなぁ……。


「この開拓村にもっとも近い王国の街のことを詳しく知りたいんだよ」


 俺の質問を受け、あからさまにホッとした様子の村長は、近くの地理関係を思い出すように少し思案すると、すらすらと喋り出した。


「それであれば城塞都市エィルでありましょうな。かの地はもともと帝国との国境を定めるために築かれた砦の城下町として栄えた、と言われておりますゆえ」

「ほう……」


 城塞都市、ねぇ……。となると、あまり期待できないかもしれない。


「城塞都市となると、やはり住んでいる人は少ないのだろうか?」

「いえいえ、とんでもない。あの地は交通の要衝でもありますからな。交易中心地として栄えておりますよ」


 それは驚いた。城塞都市という話だったから、軍事施設中心だと思っていたが……。

 そんな俺の疑問が顔に浮かんでいたのだろう。村長は疑問を解消させるため、追加の情報をこちらへもたらす。


「城塞都市、と言ってもその役割を果たしていたのは初期の頃の話。今は帝国と小競り合いも起きておりませぬからなぁ。その結果、一応城に兵士は詰めておりますが、それも付近の治安維持が主な任務内容だとか」

「なるほど、な……」


 つまり、当初は軍も詰めていたが今は治安部隊のみ。さらに言えば、わざわざ治安部隊を詰めている、ということはそこには明確に守るための存在。今回で言えば交易に精を出している商人たちがいる、と考えるのが自然か。

 と、言うことは今のエィルはどちらかと言えば商業都市としての面が強い、ということになるだろう。そして都市が繁栄すれば繁栄するほど、光が大きければ大きいほど、闇もまた深くなる。


「そうすると、治安維持部隊が駐屯するほど治安が悪い。またはその要因となり得るものがある、と言うことか」

「ええ、お恥ずかしながら。街の外周、その一部にはスラムが、そして近郊には山賊の根城がある、という噂も……」

「それはまた……」


 いくらこちらが村を救ったとはいえ、なぜここまでモンスターに、ダンジョンに好意的なのかと思っていたが。付近に山賊がいるとなれば村として死活問題だな。しかも防衛戦力も枯渇しているとなれば、まさしく藁にもすがる思い、か。

 ……だが、こちらとしてはまさしく福音だ。

 エィルからすれば山賊もスラムも厄介なことこの上ない。なにせどちらも犯罪の温床にしかならない。正しく目の上のたん瘤、というやつだ。だからこそ、放っておくことなどできまい。

 俺は頭の中でぱちぱち、と算盤を弾く。山賊、スラム、そしてエィルの街。それらをどう上手く使えばダンジョンのため、開拓村のためになるか、それを考える。


「……ふむ、セラに早速仕事を頼むことになるな」

「あらあら、どのような仕事を?」


 にこにこ、と楽しそうに笑ってこちらへ問いかけてくる。


「なに、単純だ。あちらも開拓村が傭兵に襲われたことは把握していよう。そのことを都市長に訴え、人が欲しい、と頼んでもらう。むろん、それだけなら拒否されようが――」

「だからこそスラムを、と言うことですわね?」

「あぁ、そうだ」


 本来、エィルの街もスラムの解体。もっと言えば住人たちをちゃんとした労働力に組み込めれば、都市としてさらなる繁栄が期待できる。が、何事にも限界というものがある。今回で言えばスラムを救済するためのリソースが足りない、ということだ。

 だからと言ってスラムをそのまま残すとなればさきほど言ったように犯罪の温床になってしまう。それくらいならば、こちらが借りをつくる形になるが、人を引き取らせた方が街として利がある。

 特にこちらは開拓村。つまり、発展の余地はいくらでもある。そして開拓村はエィルの街以上に帝国との国境にあり、そこが発展すれば有事は街の盾として、そして交易の中継点として有用な立地となる。

 それは同時にエィルの街の存在意義と被ることになるが、今のエィルの街はどちらかと言えば交易都市。安全に交易できればそれだけで利益になる。それに開拓村は交易中継点としては有益だろうが、特産物。交易品は存在しない、となっているからな。


 実際には開拓村は俺たちダンジョンと提携している。これを上手く使えば、ダンジョン直下の宿場町としても発展できる。これはエィルの街にはないうま味だ。

 それにダンジョンから出土した戦利品が特産品ともなる。まぁ、その為にはまずダンジョンを発展させないといけないのだが。もっとも、こちらは今後の課題といったところか。


「あと当然の話だが、今の段階で開拓村とダンジョンの関係がバレるのは望ましくないな」

「となると、エィルの街からの復興支援は断った方がよいですわね」


 セラの反応に俺はこくり、と頷くことで答える。スラムの食い詰め者たちであれば選ぶ余裕などないだろうが、街の役人などに見られたら厄介なことになるのは目に見えている。その危険性は排除しておきたい。が、それと同時に後々のことを考えると下地を作っておきたい。


「……人浚い、か」


 俺の呟きに、ぎょっとした目でこちらを見てくる村長。彼の反応を見て、俺は苦笑しながら考えていたことを告げる。


「なに、強引なことをするつもりはありませんよ。ただ、ルードの部下を使って交渉とは別に人員を勧誘しようかと」

「ルードどのの部下というと、人語を介するあの方々を。……なるほど」


 もともと、エィルの街との交渉が成功する、と確約された訳じゃない。そのことを思えばサブプランを立てておくのは当然だ。もちろん、こちらも上手くいく保証など、というよりも確実に失敗するがそれで良い。

 重要なのは浚ったあと、その者たちがどのように暮らしているか、をそれとなくスラムへ流布することにある。そもそも、スラムに住む人間たちは明日に希望を持てない者たち。そんな者たちなら、少しでもより良い明日を暮らすため犯罪に手を染めるのも道理だ。

 そんな者たちの耳にモンスターに浚われた者たちが幸せに暮らしている、などという世迷い言が聞こえてきたらどうするか?

 それこそ都市内に住む人間からすれば一笑に付す話でしかないが、明日に希望が持てない者たちからすれば、藁にもすがる思いで新天地へ旅立つ、という選択肢も生まれる。なにしろ、現状が最底辺の生活なのだ。それがこれ以上下がるなど考えられない。

 それに今後のことを考えるなら、ゴブリンたちに他の種族を率いる経験も詰ませておきたい。そのための試金石として、今回はゴブリンライダーの配下に召喚したものの全く出番のないコボルトたちを付けよう、と思う。もちろん、こちらとしてもちゃんとダンジョンマスターとして、ゴブリンの命令を聞くように厳命した上で、だ。


「……うん、これはこれで悪くない」


 ゴブリンライダー隊の隊長であるルードにはゴブリン部隊本隊の指揮権を。部下の一人に混成部隊の指揮権、そして最後の一人にはルードの子供たちの教育。うまく仕事をバラけさせることが出来た、と自画自賛したくなる内容だ。俺は一人うんうん、と満足して頷くのだった。

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