第20話 想定外の一手

 ダンジョン内部の傭兵を殲滅したリーゼロッテたち。しかし、あくまで傭兵を倒すまでの協力でしかなかったこともあり、全て倒した後あらためてゴーレムたちと対峙していた。

 しかも、ある意味間の悪いことにリーゼロッテとアリアは背中合わせに――つまり、周囲をゴーレムに囲まれる体勢になってしまっていた。


 アリアに背中を任せながらストーンゴーレムと相対するリーゼロッテ。彼女はこの窮地をどう乗り越えるか思案していた。


「……さて、どうしたものかしらね」


 剣を正眼に構え、油断なく見据える。その刃には風のようなものが纏わりついているようにも見える。

 これこそが姫騎士たる彼女の切り札の1つ。


 ダンジョンマスターも認知していたが、もともと、この世界には魔法というものが存在している。

 その中で彼女は6つある属性――基本属性である地、水、火、風と上位属性である光と闇がある――のうち火と風を得意としている。

 それで特に火と風を合成しての広範囲殲滅を得手としていたことで、以前彼女の真価が広く、遮蔽物のない場所で発揮する、と示したのだ。

 だが、こんな洞窟の狭い場所で爆炎を出そうものなら酸欠で自身が危なくなるのをリーゼロッテは経験で知っている。だから、今回はあくまで風だけを使っていた。

 むろん、この風も風で剣の切断力を上げる効果があるためそれなり以上に使い勝手が良い。だからこそ使用していると言っても良い。

 だが、問題はモンスターがゴーレム系だということ。この系統は体内にコアを内包し、そのコアを破壊しない限り再生する。という厄介な特性を持っている。つまり、そのコアを探す必要があるのだが……。


「ストーンゴーレムならまだしも、サンドゴーレムは手こずりそうね……」


 ストーンゴーレムの身体は固体なため斬りやすい、がサンドゴーレムの場合半固体とでも言うべき状態だ。

 実際彼らの身体を見てみると構成する砂が流砂のようになっているのがわかる。だからこそ、斬るという行為が難しいのだ。

 ならば流砂ごと風で吹き飛ばせば良いのだが……。


「下手に吹き飛ばして潜伏されたら本末転倒だわ」


 顔をしかめ、最悪の事態を想像してしまう。先ほどの傭兵が天井へ打ち上げられたのが良い例だ。リーゼロッテとしても、そうそう奇襲を許すつもりはないが、それでも絶対はありえない。

 それと仮にリーゼロッテが回避できたとしても、アリアも同じくできるかは未知数だ。


「八方手詰まり……。いえ、まだなにか――」


 リーゼロッテはなにか突破口がないか考える。二人が生き残る道を見つけるために――。









 俺はゴーレムたちと相対する女騎士たちを見て嘆息する。


「やれやれ、面倒な……」


 正直、俺としては彼女らと敵対するつもりはない。なにせ、こちらに旨味がないからだ。

 さきほどゴーレムたちと共闘したときに彼女らの身体捌き、そして戦闘の勘、とでも言うべきものは見せてもらった。

 はっきり言って今俺たちのダンジョン。初心者用――初見殺しな部分はあるが――のダンジョンに入ってくるような実力者じゃない。

 仮に殺せたとして膨大なDPは稼げるだろう。ただし、どう考えても割に合わない。

 どう考えてもこちらが逆に殲滅されるのがオチだ。それに――。


「あの傭兵ども。最初の自信満々な様子からすると、まだ戦力が残っていると考えた方がいい」


 しかし、その後続の戦力が現れない。それはつまり別動隊は他の場所へ移動した、と考えるのが妥当。

 そして、その場所に俺は心当たりがある。


「……開拓村、か」


 そう、俺が狙いを定めていたあの開拓村。そこへ向かった可能性は極めて高いと思う。

 それをうまく交渉材料に使うことができれば、戦闘を回避できる筈だ。それに――。


 1つの考えがまとまった俺の口角は、無意識ににぃ、とつり上がる。

 彼女らの状況、そして俺たちの状況。それらをうまく組み合わせることができれば、それこそ姫騎士さまをこちらに引き込むことすら……。


「ナオ、彼女らに声を届けることは可能か?」

「可能です。ですが……」


 ナオは、ダンジョンコアは不安そうにしている。ナオの考えている不安はわからないこともない。しかし、俺は交渉が上手くいく確信があった。


「大丈夫だ、繋げてくれ」


 俺の指示に従うナオ。さぁ、成功が約束された博打のように見えるなにかの始まりだ!







 いまだストーンゴーレムと相対していたリーゼロッテ。彼女の頬には一筋の汗。

 ゴーレムたちからはなぜか敵意を感じない。しかし、だからといって安全か、と問われると答えに窮する。いままでこのようなことがなかったからだ。


 ――仕掛けるべきか、それともまだ様子見を……?


 悩むリーゼロッテ。しかし、天運は彼女に味方した。どこからともなく声が聞こえてきたのだ。


『ん……。んん、聞こえるかな、姫騎士どの?』

「誰だ……!」


 突然響いてきた声を警戒するリーゼロッテ。しかし声の主は関係ない、とばかりに話しかけてくる。


『警戒するのは結構だが、まずは自己紹介とでもいこう。俺はこのダンジョンのダンジョンマスター。名前についてはご容赦いただきたい』

「――なっ?!」


 声の主の名乗りに絶句するリーゼロッテ。

 ダンジョンマスターがあらわれたこともそうだが、何よりわざわざ敵対者に声をかける意図がわからなかった。

 混乱する彼女を尻目にダンジョンマスターと名乗った声は交渉を持ちかけてくる。


『さて、では時間がないことだし、早速本題に入るとしよう。といっても簡単な交渉だ、俺が提案し、君が首を縦に振るだけ』

「……ふざけてるの?」


 はじめからこちらが承諾するような言い草に眉をひそめるリーゼロッテ。

 それは交渉ですらないし、彼女が舐められている、と感じても仕方ない。

 しかし、それもダンジョンマスターが次に発した言葉を聞くまでだった。


『言っただろう、お互いに時間がない、と。時に君たちを追っていた傭兵たち。奴らはここで殺したので全部なのかい?』

「それがなにか……?」

『なぁに、素直に答えた方が色々と早く終わるよ。色々と、ね?』


 鼻につくダンジョンマスターの言い草にどんどん怒りが高まっていく。

 しかし、こちらを怒らせることが彼の目的かもしれない。そう思ったリーゼロッテは、深呼吸して怒りを抑えると、彼の質問に答える。


「……いえ、違うわ。後半数程度はいる筈よ」

『それはそれは……。やはり、お互いに時間がないようだ。では、要求を伝えよう。我らの要求は――』


 知らず、ごくり、と唾を呑むリーゼロッテ。少なからず緊張していたようだ。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか――。


『――君たちと我らの休戦。つまり、戦うのをやめましょう。ただそれだけだ』

「…………へ?」


 ダンジョンマスターの要求が予想外だったこともあり、間の抜けた声をあげてしまう。


「ど、どういうつもり……?」


 本来、モンスターと人間は不倶戴天の敵だ。それが休戦などあり得ない。

 動揺しているリーゼロッテに、ダンジョンマスターは畳み掛けるように情報を与える。


『なぁに、簡単だとも。いま我々が敵対したところで旨味がない。それに傭兵たちの戦力が行方不明なわけだが……。彼らが移動した場所に心当たりがある』

「なんですって……?」


 リーゼロッテはもたらされた情報を聞いて顔をしかめる。声色から嘘をいっているようには聞こえない。しかし、信じていいものかがわからない。


『まぁ、君たちが信じる、信じないは自由だ。しかし、こちらは何度も言ったぞ。お互いに時間がない、と』

「どういうこと?」

『おそらく、傭兵たちが向かった場所はこのダンジョンからそう遠くはなれていない公国の開拓村だ。そして、開拓村にいま防衛戦力は存在しない』

「…………なっ!」


 ダンジョンマスターからの衝撃的な情報に顔を青ざめるリーゼロッテ。それが本当であるなら、確かに時間がない。早く救援に向かわなければ……!


「くっ……! その情報、本当なんでしょうね?!」

『あくまで想像だがね? だが、ここにいない以上可能性は高いと思うよ?』

「……わかった! あなたの要求を呑むわ!」

『それは良かった。それともう1つ提案だ』

「今度は何!」


 苛立ちながら問いかけるリーゼロッテ。しかし、その怒りもすぐに鎮火することになった。


『おぉ、怖い怖い。そんなに怒らないでくれ。……それで提案だか、こちらはそちらに協力する用意があるのだが、どうだい? いまは少しでも人手がほしいだろう?』

「…………は?」


 ある意味、望外の提案にリーゼロッテはポカンとするのであった。

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