第13話 慢心の対価

 ダンジョン内へと侵入した兵士たち。しかし、彼らは聞いていた話とは様子が違うことに警戒心を抱いていた。


「おい、話ではゴブリンが徘徊してるんじゃなかったのか?」

「はい、その筈ですが……」


 そう、ダンジョン内にはゴブリンどころか、モンスターの姿が欠片もなかったのだ。

 これは、明らかにおかしい。いままで開拓村の連中がこちらに嘘をつくことはなかった。だからこそ、彼らは少人数でここにやってきた。ゴブリン程度ならこの人数で大丈夫だと判断して。

 しかし、ふたを開けてみればどうだ?

 ゴブリンどころかモンスターすら存在しない、そもそもここはダンジョンなのか?

 そう兵士たちが思うのも無理なかった。


「気味の悪いところだ……」


 明らかにいままでの知識にあるダンジョンとは雰囲気も、感覚も違う。

 あまりにも不気味すぎた。だからこそ、兵士たちは警戒しつつ先を進む。だが――。

 彼らには重大な認識間違い。いや、意識的な死角があった。

 彼らは前後左右くまなく警戒していた。しかし、上方、天井部分への警戒がおろそかだった。




 ――唐突に、最後尾を歩いていた兵士の上へ液状のなにかが降ってくる。


「……ぁ!」


 その液状のなにか、スライムは兵士の頭部へとまとわりつく。頭部にまとわりつかれた兵士は、息が出来なくなり、なんとかスライムを引き剥がそうとするが――。


「……!」


 そもぬめついたスライムを物理でどうにか出来るわけがない。そして、降ってきたのはスライムだけではなかった。


 ――ドス、ドスドス。


 兵士の身体を複数の剣が貫く。その持ち主はゴブリンたちだった。

 彼らは一体、どこから現れたのか?

 それは、彼らにまとわりついたに答えがあった。

 そう、彼らもまたスライムに協力してもらうことによって天井に張り付いていたのだ。

 そしてモンスター勢からは幸運、兵士たちからは不運なことに後方の警戒は、今、事切れた兵士に任せっきりだったことで異変に気付かなかった。気付けなかったのだ。

 これがもしも、もう一人後方を警戒しておけば。そうすれば、この場で奇襲をかけてきたゴブリンたちを倒し、兵士は撤退する。という選択肢も取れただろう。しかし、そうはならなかった。

 その結果は、彼らの命であがなわれることとなる。






「おい、後ろは大丈夫なのか? おい――」

「い、いないっ! どこにいった!」


 ようやく一人、兵士が減っていることに気付いた仲間たちはパニックに陥る。確かに全方位を警戒していた。攻撃された音も聞こえなかった!

 それなのに、いつの間にか仲間の一人が消えている!


 命欲しさに逃げたのか、そう思った仲間たちであったが――。


「グゥゥゥゥ――――」


 なにか、声が聞こえた。そう感じたリーダー格の兵士が天井を見る。そこにはスライムとゴブリンの姿が――。


「……そう、いうことかよっ! てめえら、逃げるぞ!」


 部下の一人が居なくなった理由をようやく理解したリーダー格の兵士は、そう叫ぶと前方へ走り出す。

 本来、逃げるのであればむしろ後方。ダンジョンを脱出するべきだ。しかし、部下が一人、消された以上、後方にモンスターが配置されていると判断した兵士は前方に、モンスターが居ない地点を探して体勢を立て直そうとしたのだ。

 ……だが、それは悪手だった。なぜなら、その前方には――。


「なんだよ、こんな話聞いてねえぞ……」


 巨大な石、最早岩と評するべき体躯を持つ大型モンスター。


「なんで、こんなところにストーンゴーレムがいるんだよ!」


 ダンジョンマスターによって召喚されたストーンゴーレムがいたのだから。しかも、それだけではない。


「ぎゃ……!」

「ぐぁ……!」


 ひゅ、という風切り音とともに後方からこちらに追い付いた部下二人の瞳に矢が突き刺さり絶命する。

 その下手人は、ストーンゴーレムの後ろから現れた。

 そう、スケルトンアーチャーのハンスだ。もともと生前から野生動物相手に弓で狩りを行っていた狩人なのだ。

 そんな彼が人より優れた能力を持つスケルトンになり、なおかつ単調な動きしかしていなかった人間相手に矢を外す訳がない。


 この時点で既に前方のモンスターたちと数では一緒になってしまった、と考えた兵士。

 こちらは二人、相手もストーンゴーレムとスケルトンアーチャーの2体。そう考えるのも無理はない。だが、その考えは甘すぎた。


「隊長、たすけ――」


 ――ぐちゃり、と肉が潰される音が聞こえた。


 隊長と呼ばれた兵士は音が聞こえてきた場所を確認する。そこにはコボルト2体に棍棒を殴り付けられ血の海に沈み、痙攣している部下の姿。

 その痙攣も身体の反射的な反応で、既に事切れているのは容易に想像できた。


「なんなんだよ……。なんなんだよ、ここはぁ――!」


 確かに兵士たちは油断していた。しかし、それでも本来であれば部下たちは、こんなあっさりと殺されるような素人ではない。それなのに、それなのに――!


「そりゃあ、当然でしょうよ? おたくらは命のやり取りを甘く見すぎてた。そして、あっしらは出来うる限りの準備をした。その結果の差でしかねぇでしょう?」

「ゴブリンが喋っ――」

「あぁ、そうそう。一応名乗っておきましょうか、あっしの名前はルード。まぁ、覚えなくても良いですよ。また会うかどうかもわかんねぇんですから」


 喋るゴブリン、ルードの存在に驚き硬直する兵士。それがの最期であった。


「それじゃ、さようなら」


 ごうっ! と、いつの間にか接近されていたストーンゴーレムの拳が迫る。

 最期にかれが考えたこと、それは――。


 ――名ありネームドのゴブリンまで……。俺らは嵌められ――。


 そこまでが限界だった……。そこまでで彼の意識は失われることとなった。

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