第9話 未来に向けて
そもそも、なぜ俺があの女。ファラをルードに宛がおうとしたのか。それにはもちろん理由がある。
あの女がダンジョンに対し、己の身をもって貢献している。それももちろんある。
だが、それ以上にルード。あのゴブリンが
ゴブリンに優秀、というと違和感を覚えるかもしれない。しかし、だ。
あのルードはまず、俺たちと問題なく会話を、意志疎通を行えている。
確かに俺はハンスに対する呵責や、ファラに対する罪悪感などを覚えていないことから、精神性で言えば、かなりモンスターへ寄っている。
それでも、ゴブリンや一般のモンスターに比べれば人間に近しい価値観を持っているのも確か。
だというのに、モンスターとしての価値観を持っているルードは、問題なく俺に会話を合わせることが出来る。
これがどれ程異常なことか。
つまりルードは、相手の思考に合わせ、なおかつ違和感を覚えさせないだけの知性を持っている、ということだ。
それは、やつの訓練にも現れている。
ゴブリンライダーの訓練。それを、たった一ヶ月である程度形に――しかも、二人だけとはいえ部下を率いながら――できる、という異常性。
比較対照として一つの例を出すと、人間が本格的な乗馬ライセンスを取得するのに約一年。しかも、これで早い方ということになる。
しかも、これは指導を受けて、という前提を含めて、だ。
この時点でルードがどれ程あり得ないことをやってるのか、理解できる。
ゆえに俺はあの女をルードの褒美として宛がった。そうすればファラは優秀なルードの子供を産むことになるし、本人もそれを望んでいる。
また、ルードもルードでそんなファラを守るため、さらに奮起し訓練に励むだろう。
そして、その姿を見たファラは、いっそうルードに入れ込む筈だ。
そうすれば、あの女はもっと自発的にダンジョンのため、動くことになる。
なにせ、そうすれば自分の男の助けに、さらに言えば男が出世し、自身の生活が安泰になるのだから。
「くくっ、笑いが止まらない。とは、このことだな」
いまだ規模は小さいとはいえ、待っているだけで着実にダンジョンが成長し、そして優秀な手駒が増えるのだから。
もちろん、待つだけではなく俺の方でも出来ることはするつもりだ。
今の状況に御座をかいて生き残れる、と考えるほど俺は能天気じゃない。
まぁ、取り急ぎすることと言えば……。
「一応、釘を刺しておくか。ナオ――」
「はい、マスター」
「ルードとファラをこちらに呼び出せ」
「了解しました」
あの女には、念のため釘を刺しておくとしよう。
ナオに指示を出してすぐ、ルードとファラは俺の前へとやってきた。にしても、ルードのやつ。緊張と、わずかに敵意が漏れているぞ。ファラを俺に盗られるとでも思っているのか?
まぁ、確かにファラは単純な見てくれで言えばかなりの良物件に見える。
開拓村の農作業で、日に照らされて多少痛んでいるが鮮やかな緋色の髪に、純朴そうに見える顔。
体つきも、ここに来た当時はわずかに栄養失調ぎみで、やや膨らみの足りなかった身体もそれなりに健康的になってきている。
それこそ、ミスコンで優勝こそ出来ないだろうが、それでも出場しても白い目で見られない程度には容姿が優れている、といって良い。
「……それでマスター、あっしらが呼ばれた理由はなんでしょうや?」
……くくっ、もはや嫉妬を隠しもしないか、面白い。ファラもファラでそれを俺の女宣言と受け取ったのか、熱い視線をルードに向けてるし、これでは惚気を見せられているのと変わらんな。
まぁ、身長は大人と子供だからルードの後ろからファラが抱きついても、微笑ましいという感じにしかならないが……。
それでもファラの胸がルードの後頭部に当たって、その感触でルードのやつ、顔を真っ赤にしてるが。俺を笑い殺すつもりか?
「くっ、くく……。そこまで心配しなくとも良い、ルード。その女は間違いなくお前の女、他の輩に手を出させないとも。むろん、その他の輩というのは俺も含まれているとも」
「……それは」
自身が無意識に発していた俺に対する敵意にようやく気付いたのか、ルードのやつ、少し顔を青くしてるな。
まぁ、良い。それもそれで一興。それよりも話を進めないとな。
「今回二人を呼んだのは、それぞれに話があったからだ。……ルード、いくら手を出されないとはいっても自分の女と男が密会するなど考えたくもないだろう? しかも、相手が自分より上の者になるとな」
「……それ、は。お気遣いありがとうごぜぇやす」
ルードのやつ、罰の悪そうな顔をしているな。それに対してファラは、俺がルードの女扱いしたことに嬉しさからトリップしてやがる。スイーツ脳じゃあるまいに。
このまま二人の様子を楽しんでも良いが、流石に遊んでいる訳にもいくまい。
「さて、それじゃ。まずはファラ」
「――ひゃ、はいっ!」
どうやら、ルードから俺のことは聞いているようだ。明らかに緊張している。
ま、当然か。俺の不興を買えばまたあの地獄に逆戻りだからな、必死にもなる。
「緊張しなくても良い。……と、いっても無理か。取り敢えず自己紹介するとしよう。俺はこのダンジョンのダンジョンマスター。俺がお前をここに引き込んだ元凶であり、ルードと出会わせた立役者でもある」
「……っ」
ふん、他のゴブリンたちのことを思い出したか。顔色が悪くなってきている。
「貴様に話すことは二つ。一つは、お前はルードの妻であって、それ以上でもそれ以下でもない。それをよく覚えておけ」
「……言ってる意味が、よく――」
「分からなくても良い、今はな。心の片隅に留めておけ」
「は、い……」
恐怖よりも困惑が上回ってきたか。あいつからすれば意味が分からないだろうし、当然だ。
そも、これは未来に対する保険だ。杞憂で終わればそれで良い、程度の話でしかない。それよりも、次の方が重要なんだからな。
「あともう一つ、そちらも今さら言う必要はないだろうが。ただ、単にお前とルードの子供が産まれたら、教育は貴様に一任する。必要なものがあるならルードを通して申請しろ。可能な限り手配する」
「……はぁ、はい。ありがとう、ございます?」
ファラのやつ、困惑しっぱなしだな。もっとも、それはルードも同じか。
今は分からなくて良い、今は、な。
「そしてルード」
「は、はいっ!」
「近々、貴様には本格的に働いてもらう。準備をしておけ」
「……了解しやした!」
俺の言葉を聞いたルードは好戦的な笑みを浮かべる。いよいよ実戦だからな。胸も高鳴るということか。俺も同じく楽しみだよ。
二人に退室を促しながら、俺もまた笑みを浮かべる。さて、これからが我がダンジョン、本格始動なのだから、な。
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