鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで──

想いの力のその先へ

第1話 ダンジョンマスター

 ――我思う、故に我あり。という言葉がある。なら、その我、というのは何だろうか?

 特に、いままでの我と、これからの我が違うものにとって――。


 俺が『俺』という意識を取り戻し、あるいは目覚めさせた時、ひんやりとして、でこぼこした地面に横たわっていた。


「ここは……? それに、俺は――」


 なんとなく、俺の記憶には日本、という地名とそこで日々暮らしていた実感はある。しかし、だからといって地面に横たわって眠る。という趣味はなかった、筈だ……。

 しかし、現に俺はいま。どことも知れない地面に横たわり眠っていた。また、辺りが暗い。しかも空が見えないことからここが屋内。というよりも天然の洞窟に近いなにか、だということが予測できた。でも――。


「あり得るのか、そんなこと……?」


 俺の記憶が確かなら、天然物の洞窟など俺が暮らしていた日本という地では早々お目にかかれるものではなかった、と思う。

 それこそ意図的に保存された、観光資源としての洞窟はあったと思うが……。

 ともかく、俺は起き上がるため、手に力を込め――。


 ――べちゃり。


「……うおわぁ!」


 手に感じた不思議な、そして気持ち悪い感触に思わず悲鳴を上げた。


 ……なんなんだよ!


 そう思い、感触の元凶を見る。そこには――。


「……はぁ?! スラ――」


 思わず叫びそうになり、なんとか口を塞ぐ俺。

 俺の目の前には、いままで見たことなかった化け物。そして、同時にある意味有名な、某国民的RPGに登場するモンスターと同じであろう種族の姿。

 水色のゼリー状の中心に赤い核がある物体。いわゆるスライムの姿があった。

 それを理解した俺は、転げるようにその場を離れる。

 傍目に見たら無様極まりないだろう。しかし、それでも俺はこの行動が無様だと思わない。

 だって、そうだ。

 俺の記憶にスライムという怪物は、フィクションには存在しても、現実にはいないものであった。

 そしてその強さもまちまち。棍棒で殴り殺されるやつもいれば、物理攻撃がまったく効かない。それこそ、炎で焼かれないと倒せない。などといって強さもピンきりだ。

 自身の安全を確保するなら、即座に離れるのが賢明だろう。でも――。


「俺に、反応してない……? いや、これは――」


 反応していない訳ではない。俺の存在を認知した上で無視、いや、敵対的な感情を抱いていないというのが正解か!

 現にやつは――視界があるのか、わからないが――こちらを見て、不思議そうに身体をピクピクと震わせている。

 とりあえず、大丈夫そうか。と安堵していた俺の耳に――。


 ――ざり。


 ……足音! しまった、目の前のことに気を取られ過ぎて――!

 慌てて振り返った俺の目に、緑色の肌をした小人。その腕には錆び付いた鉄製のショートソードが握られていた。


「ゴブリン、というやつか……!」


 なら、ここはやつらの巣?!

 こいつは巣を巡回する兵士、といったところか!

 そして、俺は不法侵入者。だとすれば、やつの対応は……!

 せめてもの抵抗とばかりに身構える。たとえ勝てなくとも、抵抗することで逃げる隙が生まれるかもしれない。

 そんな考えを嘲笑うかのようにゴブリンは俺に近づき――。


 ――そのまま、横を通り抜けていった。


「……は?」


 慌ててふたたび振り返り、ゴブリンの後ろ姿を見る。

 ゴブリンは、まるで侵入者など最初からいない。とばかりに振り向く様子すらなく歩みを進めていた。


「なんなんだ、いったい……」


 意思を持つスライムや、先ほどのゴブリンからこの世界が普通の、俺の記憶にある世界ではないのは理解できる。

 それこそ、剣と魔法のファンタジーというやつかもしれない。

 だが、モンスターたちに無視される意図が掴めない。

 スライムを触れたときに感じたグニャリ、という感触。そのことから俺が実態を持っているのは確か、なのだが……。


 そんなことをつらつらと考えていた時、頭にズキリ、と痛みが奔る。


「なん、だ……?」


 殴られた感触じゃない。さりとて、痛みは感じる。それに、この痛みは頭の中から……。

 そう、思っていた俺にどこからか機械的な、情緒を感じさせない女性の声が聞こえてくる。


 ――こちらに。


「なんだ……?」


 ――こちらに、マスター。


 俺をどこかに導こうとする声。それにしてもマスター?

 なんのことだろうか?

 ともかく、頭の痛みとこの声は連動しているのは理解できた。

 そして声は俺を、この推定洞窟の奥へと導こうとしている。なら……。


「どちらにせよ、行くしかないか」


 いまは情報が少なすぎる。その情報を少しでも得るため、俺は声に導かれるように奥へと進むのだった。





 謎の声に導かれていた俺は、ほどなくして目的地へとたどり着いた。

 なお、道中でも何度かゴブリンたちとすれ違ったがことごとく無視。……というよりも、危害を加えないように配慮している?

 と、いうもの一部の個体は、俺の側を通りすぎる際、武器をわざと鞘に入れたり、俺に当たらないようもう片方の腕に持ち変えたり、などといった行動をしていた。

 それは、偶然というにはあまりにも俺を意識した行動で……。


「本当に、なんだったんだ?」


 それになんだったんだ。というのは目的地であるここにも言えたことだ。

 何せ、いままでが完全な天然物の洞窟だったにも関わらず、目の前にあるのは一目で人工物とわかる扉。あまりに不自然すぎた。

 しかも、遠目に見ても扉にはドアノブといった扉を開くためのものがついていない。これは本当に扉といえるのだろうか?

 俺は、推定扉を観察するために近づく。すると――。


 かしゅ、という音とともに扉がスライド。自動ドアだったらしい。もっとも、こんな天然物の洞窟で稼働するなど、動力源について皆目見当もつかないが。

 そして、部屋の中に入った俺の目には一つの台座と、それに安置されている水晶玉が見えた。もしや、これが……?

 いかにも怪しげな水晶玉。そして、俺の考えが正しかったようで、その水晶玉から先ほどの声が聞こえてくる。


「お待ちしておりました、マスター。私に触れてください」

「触れろ、だと……?」


 いかにも怪しさが爆発している自身に触れろ、という水晶玉。無視してもいいのだろうが……。

 ここまできて、触れないという選択肢はあり得ない。何より情報を得るためにも、それが最適だと判断した。ならば、後は――。


「ええい、男は度胸。というやつか――!」


 俺は恐れを抱きならがら水晶玉に触れた、次の瞬間。


「ぬっ――!」


 ……眩しい!

 いきなり水晶玉が光輝くと、部屋全体が真っ白に染まっていく。

 俺は自身の目を守るため、腕で光を防ぐように視界を塞ぐ。

 しばらくすると防いでいた腕の上からも感じていたチカチカとした眩しさが収まっていく。

 それとともに女性の声が――。


「認証、完了しました。……おはようございます、ダンジョンコアNo.70完全稼働を開始。ご命令を、新たなダンジョンマスター」

「……ダンジョン、マスター。――ぐぅ!」


 急激に頭の中へ情報が、ダンジョンマスターとしての知識が詰め込まれていく。

 その痛みにうめく俺と、静かに発光するダンジョンコア。

 ……それが俺とダンジョンコア。永い年月をともにする相棒との出会いだった。

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