第4話

「俺としては、もっとご褒美を上げてもいいくらいだ」

「では……」

 そこで、一区切り。

「――レティーの地下の皆さんと、仲良くする、はどうですか?」

「え……」

 無理じゃね?

 全員、お前みたいにスペックが高いわけじゃ無いんだが……いや、分かってて言ってるのか?

 だが、それはそれとして、結構な無理難題だ。

「……何でも、言うこと、聞いてくれるんですよね」

「ああ……いや、まあ。そう言ったけど」

 正直、アイス食べたいとか遊園地行きたいとか言い出すのかと思ったが……

 全然、今のが冗談で、美味しいもの食べに行こう、という雰囲気は感じない。

「本当にその願いでいいのか?」

「はい。自分の願いは、自分で決めます」

 マジ?

 ……考えられる要因は二つだ。

 まず、俺と地下の奴らが仲良くする、という意味。これには、シンプルに、目の前の少女の心労を軽減することに繋がる。

 そして二つ目。仲良くして起きるもう一つのメリットは、上記の様に、こいつに負担を掛けることが一切無くなる……トラブルの未然阻止。

 トラブルそのものの防止と、中の悪いことへの心理的負担の両面で取り除けるのだ。

「……」

 いや……でも。

「前向きに考えたいんだが、その……今更地下一階にまで潜るのは……」

 まずは妥協点を探ってみる。

 受け入れることは約束の時点で確定している訳だが、どこまでフォローしてもらうかの交渉に回る。

「安心していいです、既に、一人とは話し合いの席がありまして」

「……信用できるのか?」

「黒宮さん程じゃ無いけど、変に信頼できないわけじゃないです」

「……その、会談の場は、いつ、どこで……?」

「今日、私の部屋でやります。私の部屋に入る前に、リビングで引き止めておきますから、うまいことお茶を出しに来て下さい」

「手立てがあるなら、まあ」

 納得して、もう一度、詳しく摺合せをした……


「では、行ってきます」

 玄関口で待機している鸞月が外に出る。

 さて……

 ここから、だな。

 戻ってくるまでにさっき走って買ってきた紅茶を、どうにかして家に置いておかないといけない。

「……家、入らないとな」

 さっきの、行ってきます、というメッセを見て、素直にそう思う。

 ……「……お紅茶切らしてて、丁度買いに行ってたの〜。燿ちゃんのお友達? 入って入って〜」とか言えるわけもない。俺のキャラじゃないし、何よりも紅茶切らすとか言い訳としても馬鹿らしい。

 こちとら新居やぞ、まずシチュエーションが難し過ぎる。

 ……行くしかないか。

 間に合わなくて、今は地下の非常階段の扉の前にいる。

 もし下で話していた場合、気にしてるってバレるのも気持ち悪いし……

 出来るだけ気にせず、無造作に、ガチャッと戸を開けた。

 出来るだけ気にせずにトントンと階段を降りて。

 出来るだけ気にせずに――

「あ……」

「……」

「……」

 三者が固まった。

 ……


 さて……

「速く済ませるぞ」

 この、荒々しい口調のこいつは……

 ……俺が、エメラルド、と形容した――

 ……

 ……名前は聞いてないけど。

 ってか、話通じるのか?

「鸞月は席を外してくれ」

「は……はい」

 鸞月はエメラルドにそう凄まれて、自室に行ってしまう。

 怖え……

「……そ、そうだ。お茶入れて来ます」

「淹れなくていい、敬語もやめろ気持ち悪い」

「……」

「取り敢えず座れ」

 買ったばかりの机と椅子には、俺と鸞月じゃなく、俺とこいつが最初に座った。

 ……俺らの家なのに。

「……言いたい事は、一つだけだ」

「……」

「お前には鸞月と関わらせたくない」

 前も聞いたぞ……

「……種明かし、というわけでもないが、赫灼と闘技場でやり合わせるのを提案したし、実際に、お前は負けると思っていたんだが……」

 エメラルドは、そんな事をいう。

「勝たれたら意味ない。赫灼はそんなに弱くないはずだが……何をした? 屈強にも見えなかった」

「……工夫しただけだ」

「『両舷』の報告じゃ、不正とかも無かったって言ってた……」

 後ろ手で腕を組んで、こっちを見る。

「能力ありでやらせればよかった、って思ってるよ」

「――っ!?」

 此方を見据えた双眸が、薄暗い緑色に堕ちる。

 ――早撃ちクイック――撃て!

「待て待て」

 銃を床の下で発砲する寸前、薄暗い瞳に、スッ――と光が戻る。

 トリガーやらセーフティやらに掛けた手を離して、銃を仕舞直す。

「そんな簡単に特異は使わねえよ」

「だから俺が警戒しない理由にはならない」

「……ま、言われちゃあ仕方ないよな」

 目を細めて、俺を見た。

「なあ。よく考えてみてくれ」

「?」

「鸞月燿。あいつ、めちゃくちゃ、主人公、っぽいと思わないか?」

「――まあそうだな」

「じゃあ」

 そこで、初めて、俺にも共感できると、どこか自身を持った、卑屈さの一切ない言葉が出てきた。

「レティーの地下の、既存の十二人。実は、全員女だ」

「……」

「――副社長も女! 鸞月燿だって女!! もう言いたいことは分かっただろ?!」

「……」

 台パンして、スッと立つ。

「百合ゲーに出てくる男は、モブか父か兄か弟で決まってんだよ!! お前は、どこの誰だ?!」

「……ご、ご尤も」

「そうだよなぁ!」

 乗り出してきて、俺の胸ぐらをつかむ。

「何山戯た事言ってんだ……こんなクソシナリオを取り戻す為にやってんのに……」

「……」

「お前が言うべきなのは、『すみません、申し訳御座いません』、だ。そんで、勝ったからには、『精一杯、鸞月様の事をサポートさせて頂きます!』と言え。それがスジだろ」

 スジじゃねえだろ……

 お前らの思いじゃん。お前らの願いじゃん。俺意味ないじゃん。

「……すみません、申し訳御座いません。精一杯、鸞月様の事をサポートさせて頂きます!」

「よく言えた」

 運動部の尊敬は出来るけど真似はしない鬼コーチみたいな口調と捲し立て方、そして最後のよく言えた、で、完全に関係性が露呈した。

 こいつ……鸞月の事好き過ぎか?

「レティーの地下は闇に塗れてるのに……鸞月だけは、闇に塗れた目をしていない。そんなあの子が、お前と一緒にいることを選んだ……」

 拗らせてやがる……

「……でも、まだ、諦めてないからな。何処の馬の骨か分からねえ奴に、鸞月の貞操は奪わせねえ。全裸とか見たらぶっ殺す……」

 憎しみ一杯の発言をして、

「鸞月と、ゲームしてくるから。邪魔すんなよ」

 ……あいつが、ゲーム……?

 想像できねえ。

 ……だが、そのままエメラルドは去って行った……


 ……ワイワイガヤガヤ、と言う程騒いでる感じは無いが、いやまあ、時々聞こえてくる話し声は、まあまあ違和感だ。

 ……手持ち無沙汰。ピザとかの飯を頼んだらキレられそうだし、かと言って、何もしないのもな……

 ……こういう時は。

「……換気と、掃除だな」

 表に出て色々やっていいのは、俺くらいなもんだ。俺も幸い顔は割れてない(知り合い以外には)し、外でバケツに水を汲んでくるか、と思い立つ。

 ……

 バケツがない。掃除は……業者が入ってないからか、地下はどうにも担当がいるらしくて、小綺麗ではあるんだよな……

 まあ、困ったら、倉庫にでも行けばいい。


 食堂やコインランドリーは使われてるが、正直六階以降の階はあんまり使われていない。時間帯的にも、オフィスでバリバリ仕事する時間だ。

 だからこそ……十一階の図書室に行ったときと同じで、九階の端ある、倉庫に足を伸ばしたとて、いるとは思わなかった。

「……あっ」

 偶然ではあるが……

「黒宮、であってます……ヨネ?」

「よ」

 ますよ、のよだけ答える。特徴的な外国人のする、日本語の発音、そう……

「七海シェリン……であってます?」

 念の為確認しておいて、「ハイ、ワタシは七海シェリンです」とだけ言ってるのを聞くと、俺の人違いとかじゃなくて一安心。

 にしても……

「倉庫に何か用事が?」

「ハイ、脚立を取ろうとしたのですが……」

 今から倉庫に出るところみたいだったが……

「脚立を取るのに脚立が必要で……」

「何であんな高いところに……」

 前に使った人が気になるが……

「脚立は何に使うんです?」

「工事の現場に監視塔みたいなものが必要なんです。お隣の会社が、少し前のテロで、完全に取り壊しになりまして」

「あー……」

 銃痕とか残ってて、機材とか配列とかが的確に破壊されてたり、爆発跡があったりして、その上で、そういうビルを残しておくのかと言うと……

「なるほどな。残しておいて後で、この口径の銃はおかしい、とか言われたら……」

「そうですね」

 ……念の為だな。隣の会社と話は付けてあるだろうし。

 空島全体で、確かに……影人はいる、と考えられるが、それを敢えて、未解決の連続殺人事件と処理することで、影人の真相を雲隠れにしてるところはある。

 真相を知ってるのは、レティーもそうだが、ごく一部のみ。警備員へ共有されてるとは言え全員じゃないし、一般住民が代々本当のことを一家で相伝させてたりするが、それすらも、数多の観光客の前には所詮、らしい、の話でしか無い。

 人が常に入れ替わり、随分前の豪華客船の時みたいに、船上で発生しても、俺達特殊部隊がすぐに処理するから、いい意味でも悪い意味でも注目されているんだな、程度にしか思われてない。

 実際に経験した人はもうちょっと怖いと思うが。

 ……ずっと、聞こうと思っていたが。

「……テロの時の騒ぎ……あれって、結局誤魔化せたのか? 俺、寝てて知らないんだよな」

「あ、それは問題無いです。行政区で起きたことですし、何より、周囲を雲が覆い隠してくれましたから」

「……へえ」

 ラッキーだな。

「それに、見ている人も、行政区の人なので。説明すればいいです」

「ああ……まあ、商業区じゃないからな」

 説明することのリスクは大きいが、行政区、商業区の働き手は、割とノーリスクに近いものではある。リスク・リターンを見て、無視、不干渉を決め込んでくれるから。

 はてさて。空島の給料がどれだけいいのか……空島在住の人の中には、トップクラスの富豪もいるし。

「一応、工事は身内でやりますので、脚立も身内が用意するんですよ」

「七海さんがわざわざ取りに?」

「ハイ。社員の身分は、レティーの皆さんより低いですから」

「あー……そういう輩もいるらしいっすね。俺はそんな事は無いと思ってますよ。だからわざわざ敬語じゃなくてもいいですけど」

「そうですか?」

 そこまで会話をしながら、倉庫の中に入って、埃被った地面の足跡を辿って……

 背伸びして、脚立を取り上げ、ゆっくりと引き寄せながら、何となく、思ってることを話す。

「困った時はお互い様……って考え、都合がいいと思ってるんですよね。でも、なんというか……七海さんとか、社員達には、恩を売っておいて損はないんで、利用できる、みたいな。というか同い年くらいでしょ?」

「……残念ですけど、日本語は、敬語以外習ってませんよ?」

「え……俺、から回っただけじゃねえか」

 まあ、どうせこれから会うことはあんまり無くなる。たまたま会った、ってだけ。

 恩を売るついでに、一つだけ、言った。

「戸籍が存在してるのは、税金とか取られて可哀想なのに、しっかり頑張ってて、偉いと思う」

 褒め言葉、というよりも、境遇の違いだ。

「脚立、どうぞ」

「……ありがとうございます」

「別に。いい恩を売れただけで感謝だ」

「どういう風に返さないといけないんですか?」

「また会ったら、飲みに行こうや。……あいつらとの繋がりも、今は連絡先だけだし、友達いないんだよ」

 角部屋のおっさん達も、連絡は一切取っていない。

 ……今はただ、切実に。

「恩を売ってでも外食する機会が欲しい」

「一人で行けないんですか?」

「行かなくてもいいが、焼肉屋で飯食うのと、買ってきた冷食食うのじゃ違うだろ? 外食じゃないとまともな栄養価取れないのに」

「……」

 七海さんが、ちょっと、笑った。

「じゃあ、機会があれば」

「そうだな。俺が死ぬ前には」

「では、ワタシはもう行きますね」

「おう」

 呆気なく一幕は閉じて、すぐに、バケツを探し始めた……


 ついでに見つけてきた、倉庫の手前の方に置かれていた最新鋭の水噴射機がある。水圧で埃を浮かし、水分で埃を床にくっつける。噴射する方向が三方向あり、進んでる方向に応じて自動で変化する。

 バケツ、雑巾で地道にやろうと考えたが、いくら考えてもこっちのほうが楽だったので、結局バケツで水を補充するだけして、バケツは置いてった。

 持ち運ぶのがまあまあ大変だったが、そこはこの際微細な誤差でしか無い。

 パッと掃除を終え、一応軽く水拭きも並行できている為、噴射機の役目は終わった。

 結構苦労しつつも戻して、戻って来て、この部屋最大のシステム……

 換気を行う。

 地下の空気をどうやって入れ替えてるのか、なんて、結局は、地上からの空気の通り道を作ればいいのだが……

 なんと、スイッチ一つ押すと、壁がスライド移動して、ぱんぱかぱーんと、色々と配管とか下水タンクとかが置いてある空間と繋がる。

 勿論、向こう側には鉄格子や六枚のサッシで阻まれていて行けない。

 しかし、この時点で、地上からの空気の通り道は確保できている。レティーの地下駐車場のスペースと鉄格子を挟んで直通なのだ。

 勿論入れ替えの効率は結構悪いが、それは、もう一つの通り道を作ることで解決する。

 廊下の突き当りの上側の大きめのハッチを開ければ、通風孔になって、リビングから廊下を通って風の通り道になる。

 サッシやら何やらで純度の高い風しか来ないし、新鮮な空気って訳だ。

 微風が頬を撫でる、なんてチープな表現を脳内でシンキングしながら、さて……

 やること無くなった。

 云うていつも通りの日常。ホテルのふかふかベッドで無言のおはようをし、パジャマに何か羽織っただけでコンビに行って惣菜パン買って食べて、スマホ見てだらけて、昼頃にカップ麺食べて、間食に冷凍食品、晩飯も同じ様に済ませて、夜食の時間に半額商品を漁りにスーパー出かけるだけの日々。

 クソほど余る、だらける時間、に該当する部分だ。

 と言っても……些細な悩みだが、あいつと同じ家で暮らしているからには、少なくとも努力はすべきだ。

 珍しく俺の中の天使の部分が仕事する。

 ……と思われたが、そんなの関係ねえ。

 ネットゲームをすることにした。

 俺の中の天使が再度無職に戻ったが、それはスルーする。

 アイオンで買った椅子に座って、早速、久しぶりのログイン。

 懐かしさを感じながら、リハビリも兼ねて、対人戦を始めることにした。

 ゲームリリース当初から任務以外の時間は中々にやっていたゲーム……今でこそまあまあ有名になってきてはいるが、本質的にはキャラクターを愛でるだけのゲームなので、対人はおまけ。

 ようやく日の目を浴びる事となり、指数関数的にユーザーが増加していたわけではあるが、それでも、前のシーズンは四位くらいまで頑張っている。

 マッチング、すぐに候補が一人画面に表示された。ネームは……常磐。最上位帯のバッジも付いている。

 あと二人……だが、すぐに二人来た。それぞれ、ひかる、あめ(配信)と言うネーム。まさかの配信者がいる。

 バッジは、ひかるの方は……完全に初心者。で、あめ(配信)はバリバリ最上位勢だ。

 六段階のランクで、上位二%の中に一人だけ入れられる初心者のひかると言う構図。なんか、初心者狩りをしてるみたいで普通に嫌ではある。

 だが、これも偶然。ガチャキャラのパワーはともかく、PSが大事。理論上は俺達より上手ければひかるでも勝てる。

 理論上だけど。

 ゲーム画面に映ってるローディングが終わって、いよいよ試合開始。

 左上の変動する数字が一気に千、三千、五千と増えている。人気配信者だからか、それとも、物理的に上位二%の人が三人も揃う試合が珍しいのか。

 この数字は、観戦者の数である。簡単に言うと、チーミングの発見が第一。また、この機能によって、ルール的にリアタイで配信することの禁じられてるこのゲームにおいて、唯一のリアタイで視聴することができるというものだ。

 スナイプなどを起こさない、チーミングを監視する、というシステム。リアタイ勢は時間を合わせればいいだけだが、制作会社のサーバーに一定以上の負荷が瞬間的にかかると鯖落ちするので、それだと本筋の配信も出来ないし意味が無い。

 配信が中止になれば、ゲーム会社側は有名人がやるという宣伝ができず、配信者側は配信継続ができず、ロスロスである。

 しかし……

 鯖落ちはともかく、稀に見ないレベルの観戦者数だ。これまでに一番貴重とまで言われた、最上位帯二人、そのワンランク下の帯が二人の戦いの……数倍多い。

 ちなみに観戦は動画サイト使ってるみたいな感じで、サーバーが別。だから俺達の方で遅延は今のところ無い。

 初戦。先に三回勝った方の勝ちの、所謂三先、というルールだが、四人だと最高で九回試合する。

 互いに牽制と膠着が続き、一瞬の隙を付いて、常磐を制し、残りは三人。あめ(配信)はひかるが攻めるタイミングを狙って、上手に俺を撹乱して、耐えたほうだと思うが、俺が脱落。観戦モードになるまでもなく、連続でひかるがやられた。

 二戦目は、逆に俺が勝ち、三戦目、四戦目で常磐が勝利。早ければ次で決着が決まる。

 しかし五戦目。まさかの同士討ちで、ひかるも勝ち星を上げた。

 六戦目では、俺がひかるを止めている間に、漁夫の利で脱落し、そのままあめ(配信)が一勝。

 七戦目あたりで、違和感が見え始めた。さっきまで全くの初心者の割には、ひかるが随分と動きが良くなっている。速攻で常磐を潰して、あめ(配信)相手にも粘り、そこに乱入して何とか俺が制した。

 八戦目。ほんの少しの無駄な動きもなく、ひかるに付け狙われ、敗走中にあめ(配信)にとどめを刺されたが、実力が追いついたのか、ひかるが勝ってしまう。

 約一時間半互いに消耗した上で、最終決戦。

 ここまで頑張ってきたひかるだが、想定の上を行ってきた。あめ(配信)と交戦中に参戦した常磐相手に、何分も粘って三つ巴状態。途中からチーミングじゃなく、二人に狙われるも何とか退けて、互いに離れ離れに。

 PSが急成長したひかる相手には何もできないと悟っているから、ひかる以外で三対一を挑むが、十数分粘って、俺が四着、そこから、あめ(配信)が三着、常磐が二着、ひかるが一着となった。

 最上位勢を制したひかるがトップ一になったところを見届けてから、流石にゲームし過ぎたな……と、一戦終わったのでゲームを閉じる。

 リハビリとは言ったが、動きは完全に覚えていた。なのにPSで負けた。同率二位ではあるが、こんなのは結構久し振りだ。

 一息軽く吐くと、丁度、タイミングよく、部屋でゲームしてたらしい二人が出てくる。

 しかしエメラルドは、俺を見つけた瞬間形相を変えて睨んできた。素直に怖いので、視線を背け、スマホを弄って誤魔化す。

 やれ、楽しかったやらなんやらの会話の後に、玄関から二人が出ていった。


 …………さて。

 休暇の過ごし方は人それぞれではあるが、友達と遊んできたらしい鸞月。

 ……情報を入手するなら、ここからだ。

 というか……

「仲良し計画のために、情報を話します」

 と、作戦のネーミングセンスがファンタスティックな鸞月が共有したがっている。

「今日遊んだ人は、どんな人なんだ?」

「私にはとても優しかった……んですけど、黒宮さんには……」

「ああ……まあ……」

 なんというか……個性的だった。

 兎にも角にもゲーム好きなのは分かったし、こいつに割と下心持って接しているのも分かる。

 ……

「攻略は後回しにしよう」

 橘めありの方が、希望の芽がありそうだ。あっちも睨んでたけど。

「メンバーの中で、他に出来そうな人はいるか?」

「はい……います、けど……」

「けど?」

「いつも部屋に引き籠もってて、中々出てこない人が多いです……」

「……全容が見えてこないな」

 ……というか、もしかしなくとも、地下ってとんでもないのでは?

「話を付けられそうな人は?」

「……一応、三人です」

「その人達とだけでも、休戦協定を結ぶくらいはしておきたいな……」

 会議の中で、方針は固まってくる。

「どうやって連れ出すのか、だが……どうするか……」

「……うーん……」

 二人して頭を悩ませる。

「……皆、優しくしてくれてるんだよな?」

「まあ、はい。皆私には優しくしてくれて、嬉しい限りです」

「……」

 鸞月をダシにして……呼ぶのが妥協点か。

「親睦会、という名目で、何か美味しいものでも食べに行くのはどうだ?」

「親睦会?」

「俺とお前はマスト、他の行きたいメンバーだけ連れて行ったら、俺の有無で、分別が出来る」

「……でも、お金が……」

「いや、敢えて、俺の奢り、って事にしたら、それこそ倹約家も連れてこれるだろう」

 暫く考えていたが、納得はしたそうだ。

「声は掛けてみます」

「頼む」

 そして、会議は終わる。


 ――休みもまだまだ始まったばかり、用意した店は、外交するときにも使われる超高級料理店……では無いが、そこそこのお値段の店だ。

 敢えての個室をチョイス。と言っても、半個室なので何か事は起こすつもりは無い。

 後は行くだけだ。

 待ち合わせ場所は、ビルの一階。ちょっとした丸テーブルと椅子の上で、俺と鸞月が席を独占する。

 時間通りに来るか……と言ったところだ。

 夜の六時半過ぎ、人も疎らな中、階段の方から、六人が出てくる。

「……皆さん、こんばんは」

 鸞月がそう言った。

 さて、鸞月がプロデュースして精一杯昼間の内に買い寄せたダサくない私服を着た俺は、スマホをポケットに仕舞って、そっちの方を振り向いた。

 元から鸞月のせいで目立っていたが……

 特保が、この場に六人。

 ヤバい。素直にヤバい。めっちゃ見られて、あっちの方でこそこそと話ししてる。

 通りすがりの社員が足を止め、任務帰りらしい男はえっえっと言った顔で、電話。

 中々……目立つな。

「紹介します。こっちは、私の同居人の、黒宮さんです」

 だが、周囲の反応は気に留めず、台本通りに俺のことを紹介し始める。

「紹介された、黒宮です。よろしくお願いします」

「観光客には、ナンパもいらっしゃるので、半分はナンパ避けの為にいます。その際は是非」

 ヤベー……

 まず、だ。

 ここに集まったメンバーの一人である俺は、目の前の集団を改めて見る。

 その顔面偏差値たるや。

 まず、聖水、橘めあり。ルビーサファイアエメラルドのサファイアだ。長い青い髪は、今日は後ろに軽く纏めている。私服……だな。落ち着いた深い青や黒で統一している。

 次に、一番派手なのは……表現するとするなら、トパーズ。かなり濃い黄色の金髪は左右で長さが違う。髪のアクセサリーに、差し色みたいに青の星がある。髪の毛の中に一本、青い線があるのが特徴だ。目の色も青。服は、こっちはサファイアに比べると遊んでる方だ。はっきりした黒と白を巧みに使い分けている。

 その二人の後ろ、白髪……の、アルビノ……か? 睫毛や眉毛まで白く、肌も真っ白。長い髪を降ろしており、目の色は……白に近い水色。どことなく、無口そうな印象を受ける。例えると、パール。白いワンピースだ。あと眼鏡がある。

 隣の、この中でもめっちゃ目立つ、西洋の貴族みたいな雰囲気の灰色の装束に身を包むのは、前に一回だけ遠目に見た……闘技場の上で観戦してた、金と銀の、銀の方だ。ジト目で灰色の瞳を向けている。

 その更に後ろ……片方は、灰色と青色を混ぜ合わせたような髪色で、マスクとサングラスを付けている。ただ髪は、ミディアムくらいで、お団子が左側に付いている。服は、目立ち過ぎない感じ。なにせティーシャツに短パン。低めの身長と合わせて模範的な中高生の私服だ。

 もう片方は……来るとは思ってなかったが、来栖かぐだ。

 銀鎚こと、鸞月だって、ちょっとお高いもの履いてるからか……

 相対的に、ここにいる俺に急激な気まずさが襲いかかってくる。

 ヤベー……

 俺、場違い過ぎ……?

「続きはお店でお話しましょう」

 鸞月が先導して、取り敢えずの目的を決める。

 「では、行きましょう」と、鸞月はすぐに移動を始める。鸞月は戦闘、俺は最後尾。

 こうすると必然的に、俺の方からは敵視してる順に鸞月を除いて前から並ぶことになるからだ。

 一線級の容姿を誇る年の瀬だいたい十七、八歳くらいの美少女達が、リアル小学生の鸞月に付いていく……

「……」

 会話はしなくていい。だから、遠慮なく動き方を見ていた。

 まず鸞月の後ろにサッと付いたのは、金銀の銀。

 次に、位置的に鸞月に近かったトパーズ。

 その二人に隠れるようにして、灰色と青色を混ぜ合わせたような髪の子。

 来栖かぐは、こっちをちらっと見てから、その後ろ。

 その後ろに、サファイア。最後列は必然的に、傍観を決め込んでいたらしいパールに譲られる。

 パールの方は感情が表に出ている様子はない。特徴的な容姿だが、その表情に変化はない……敵視の色が見えない。

 目で言うなら、他の皆は結構似たり寄ったり猜疑心がある。だが、前回は睨んでいたサファイアは睨まなくなり、どんな感情なのかは読み取りにくい。

 腹に何抱えてるんだ……? 皆……


「本日は、このような親睦会に参加いただきありがとうございます。いっぱい食べていってください」

 二区の中でも、上位の店舗に入った。

 半個室に足を踏み入れて、席は、正面と背面で四対四。俺の処遇については、空気を読んでくれるだろう。並び順の前半後半で、前の鸞月、貴族っぽい銀、ド派手なトパーズ、灰色と青色の奴の四人、後ろの橘めありと無感情パールと俺の三人。

 甘味も勿論、カレー、ハンバーグなどのホテルのバイキングであるようなものから、ボルシチとかの日本ではあまり食べないものも揃っているメニュー表にそれぞれ目を落として、注文票に番号を書き込んでいく。

 鸞月は来る前から既にそこそこのラインの注文を決めていた。迷わず注文票に書き込んで、隣の半貴族に渡す。半貴族は取り敢えず飲み物の中から一品、適当に選んで、左にいるド派手に流した。

 ド派手は受け取ったあと、少し悩んだ末、対面の俺へスライド。

 雑。と感想を脳内で告げてから受け取って、事前に決めていた注文、ド定番のカレー、そして飲み物にいちごオレを書いて、左に渡す。

 嫌ってるのか好いてるのか、というよりは単に興味なさそうだが、無感情に無言無音で受け取って、自分の分を書いて左隣の運ばれてきた水道水を飲んでいる聖水へ。

 その聖水こと橘めありはちらっとメニュー表を見て、飲み物だけを書いた。

 名の通り聖水でも飲むのだろうか。まあそんなことは置いておいて、早速店内の機械に、注文票を、紙幣を入れるみたいに自分の分も書いた来栖が入れる。

 注文はこれで完了。

 意図的に喋らなくてもいい時間だったが、ここまで来ると、流石に喋らざるを得ない……

 火蓋を切るのは、鸞月。当たり障りなく、「皆さん、何を頼んだんですか?」。

 鸞月の問いかけに無反応の白髪アルビノ、聖水は気まずそうに水道水飲んでいて、俺に至っては喋れば雰囲気が確実に悪くなるから喋れない。こっち側三人はアウト。

 半個室なので、壁じゃない方……つまり廊下側に視線を逸らしながら、俺も適当に水を口に含んだ。これ水道水じゃ無くて、微妙にレモンの風味がする……高い奴だ。

 居酒屋の勝手に出てくるお漬物みたいに後でお金とられそうだなーとか思いながらも、対面の動くこと無い様子に、第二プランを発動させる。

 その名も……

「お花摘んできます」

 トイレ作戦。物理的に俺を抜くことで、会話を催促させる事ができる。

 すぐ戻るのはせず、二分くらい待つ……

 席を立って、トイレに向かった。


 トイレで一分半きっかりと時間を潰して、三十秒くらい掛けて戻って来る。

「……?」

 だが、席の方から、中々大きな声が出ている。鸞月が……何だ? やめて欲しいみたいだが……

 半個室を覗くと、そこには……

 いかにも、チャラそうな男達がいた。

六人くらいいる男は、ニヤニヤとしながら、個室の中に突っ立って、「全員かわいいねー」とか言っている。

 一番胸の大きい橘めありの方を内三人がジロジロ見ながら、どかどかと乗り込んでくるところだった。

 料理はまだ届いていない、が、店員は……明らかに俺達の分のトレーが厨房の方で放置されている。つまり見て見ぬふり。

 橘めありは、自らの胸を隠して半歩下がって、男共の方を睨む。外で特異とか使えないだろうし、来栖が庇うように前に出るしか無い。

 ……だが、大の男が四人程度いれば、数の差で不利。まず一人の体格はべらぼうによく、細身だが肌の焼けてる眼鏡の野郎もまあまあ強そうだ。最低でも二撃、というか外で騒ぎを起こせばカウンター喰らう。

 パールは無感情にメニュー表を眺め、トパーズはスマホを弄っている。銀は、隣で「帰っていただけると……」と説得している鸞月の小学生ボディを隠している。

 こう見えてパールもトパーズも雰囲気が微妙に変わっている、交戦準備は出来てる……

 や、やる気だ……こいつら。

 女の数は七人、男の数は六人だが、特異無しじゃ、来栖はやり合った事があるからセーフとして、問題は他の奴ら。どこまでやれるのか見えないし、何かあった時に、戸籍無いからめちゃくちゃ拗れる。それは避けるべき。

 ……どうするか……こういうときは……

 ほんっとに……


 ――レティーとは全く関係ないが、店長に金積んで貸してもらったこの店の店員の制服に着替えて、トレーを持って行った。

 邪魔すんなよ、みたいな顔の男達だが……

「こちらがご注文の、店長の本日のお好みカクテル、オレンジジュース、いちごオレ、アイスティーがお二つ……」

 男をガン無視して注文を置いていく俺に、苛立ちの方が勝ったのか、「あとは俺達がやっとくんで、それ下さい」とか抜かす。

 しかし……

 店員の姿で暴れたら勿論、店長が責任取りにやってくる。

 先程積まれた金の意味を理解したのか、今更になって男共の注目を集め始めた。

 手際よく退店勧告からの通報勧告を受け、ホテルの料理の系列が何だと脅しを掛け、最悪の場合指名手配も考慮すると教えると、白けて退店していった。

 簡単に言うと、こういう洋食、和食、中華もどれでも食べられる店だから、チップが通じると断定したのだ。コネと人脈を仄めかしてフル撃退してくれたのは、万札を何枚か握らせたからだろう。一日で収入が何万円も増えるなんて、向こうからしたらなんて得な話だ。

 店員の姿だと流石に一緒に食べれないので、裏に邪魔させてもらい、着替えて戻って来る。

 ……多めに金持っといてよかったな……


「……」

 戻ってきて、無言で座る。

 さっきの店員モードは……気にされてないっぽいな。

 マスク付ければ、興味ないやつのことは認識できないもんだ。

 目の前に出された日本でよく見るカレーにスプーンを入刀し……ようとしたところで、鸞月からストップが掛かった。

「全員で乾杯してからにしましょう」

 というんで……

 いちごオレの入ったグラスを上に出して、乾杯と一言。

 皆もそれぞれ乾杯して、水勢も含めクピクピ飲み始める。

 さて……

 テーブルの上には、唐揚げ、フライドポテト、チキンナゲット、和風のサラダと飲み会みたいなラインナップ。鸞月は冷めても別に構わないパスタ類にして、取り皿を棚から取っていた、奉仕係も兼ねている。

 作戦の中にも組み込んだ……馴染の原則。

 リーダーがパーティー気分になったら、勿論部下もパーティー気分になる。そして、例として俺をパーティー気分にさせる様に仕向けることで、他の人も釣られてパーティー気分になる、という、いかにも集団心理的な考え方だ。

 取り皿に、口をつけてない箸で取ったフライドポテトなどを入れながら、「ポテト食べる人いますかー」と声を掛けている。挙手は……しなくてもいいだろう。上げてる人いるし。

 次いで、唐揚げ。ここで……俺達で考えた、渾身のギャグを披露する。

 別のお箸で唐揚げを取ってよそって、敢えて……レモンを掛ける。

 お手拭きで拭いてから、鸞月が俺に向かって声を掛ける。「ちょっとレモン掛け過ぎたから、食べて下さい」と。

 断るつもりはない。自分の分のお箸もついでに渡されたので、食べてたカレーを中断して、俺の注目が静かに集まったところで……

 鸞月が視線で誘導、かつ、全員がポテトや唐揚げなどに注目してスマホを見ていないだけで、唐揚げに口を付けた途端――

 顔面を――


「(*)」


 目、鼻、その他諸々を体の真芯に引き摺り込む。梅干しの様なしわしわを再現する……この顔面力。

 見たことある人もいるのではないか……

 Thourというネタ。

 端的に言うと、口だけでなく、顔全部使って酸っぱい時のこんな口を表現するのだ。

 角部屋時代に培った宴会芸である。

 まず、鸞月が笑いを堪えてプルプル震える。いつ見ても面白いらしい。

 そして……飲み物を飲んでいたトパーズが、思いっ切り噴き出した。

 机の上に吐き出した液体が垂れる。パールはいつの間にか腹を抱えてうずくまり、サファイアは机に突っ伏してピクピクしている。ルビーは既に過呼吸でお腹を抑えていた。

 銀は口元を隠して、そっぽを向きながら必死に悶えており、青灰色はサングラスとマスクこそ付けているものの、死ぬ程笑って耳やほっぺが赤くなっている。

 ――ここで、ようやく。一つ進展した……


 落ち着いてから、取り分けとかしながらも、カレーを完食。

 しかしそこで、お隣から肩を叩かれた。

「どうかしましたか?」

 丁寧丁寧丁寧な敬語でお尋ねさせていただくと、ひゅっ、と食べかけの唐揚げの入った皿を差し出してきた。

 眉根を寄せる来栖かぐ。だがその真意はバレバレだ。

 一応小声で返事したつもりだが、鸞月と楽しく話している銀やトパーズがおもむろに中断してこっちの方をチラ見してくる。

「食べて」

「どのような理由で?」

「お腹、いっぱい」

 めっちゃいたずらっぽい笑みを浮かべて、ニヤニヤと口角を天井に刺さるくらい突き上げつつ、ご丁寧に、橋で唐揚げを持って……

「あーん……」

「え……」

 斜め後ろから想定外の攻撃を受けた。

 好奇心溢れる、眼鏡越しの目。その眼力に気圧されそうになるが、まだ心の準備がなってないので、耐え……

 ようとしたが、無邪気にも唐揚げが突っ込んできた。

 しっかりと口の中で箸を離された途端、とんでもない……酸っぱさと……辛さが、味蕾を爆撃した。


 ――


「(*)」


 さっきよりも堀が深く、キュゥぅぅぅ……っと顔面にシワが刻まれる。

 一日で二回もこの顔文字を使うとは思わなかった……


 辛味と酸味でだいぶ削られた。中に七味とレモン汁をたっぷり塗られていたらしく、今はルビーが説教している。というわけで、反対側が少なくなって、お隣には聖水がいらっしゃる。

 ……聖水はお酒を飲んでいた。追加の注文でもう一回カクテルを追加し、コクコク飲んでいる聖水は、酔いが回ったのか、ウトウトしてきている。

 嫌な予感がしていたのだが、くてっ、と素早くぶっ倒れてきた。

 店入ってから一時間も経っていないのに……

 座布団を通り越して、丁度俺の膝の上に頭を拵えたこの女は、寝返りを打って、俺の太ももまで乗っかってくる。そのまま仰向けに近い横向きの姿勢で、静かに寝息を立て始めた。

 鸞月は止めようとはせずに、銀やトパーズと話すのに精一杯らしい。

 だが、結局、すぐに腹も膨れて……

 ルビーとパールが戻ってきたところで、会計になった。

 残しはしていない。しかしそれぞれの会計で全部で軽く現代日本の月収の中央値を超えるレベル。

 これがもっと上のランクの店に出向くと、当たり前のように二倍、三倍と膨れ上がるのだから、驚きだ。

 俺の太ももで寝ていたサファイアは、ルビー俺を目茶苦茶睨みつけながら回収して、おぶって帰る。この時間帯だと、本番ありのパパ活勢が彷徨いているからこそ、治安は悪め。自衛できないやつは寄り付かない。

 二区の夜は、悪い意味で長い。

 さっさと撤収した……


 ビルに帰ってから、解散。夜になると人はまばらになり、偶然誰もいなかったので、見られることなく地下に帰った。

 帰ってから、風呂を沸かしている間、作戦会議に突入していた。

「……仲良くは出来なかったな」

「黒宮さんの一発芸を持ってしても、打ち解けた、と言えませんでしたね……」

 その理由は一つだ。

「名前、教えてもらってないからな……」

 一つの目標として、自然と名前を言う、というのがあった。会話自体はあれこれできるが、名前を言う、というのは心を開いた証拠みたいなもの。

 何故なら、消された戸籍にあるものだから。何かしらの区切りがあって、こっちに来た。だからこそ、名前を教える事は、レティーの場合、信頼の証でもある。

 強い人ほどその影響が強い。信頼できないからこそ、挫けずに自らを鍛え上げたからこその強靭さがある。

 不要だから言わなかったのか、言いたくないから言わなかったのか……少なくとも、直接交渉に乗り出した来栖かぐと橘めありは、前段階で俺の名前を暴いているからこそ名乗り上げた面もあるのだろう。

 しかし、今回、その二人と鸞月以外の参加者の名前は誰も教えてもらわなかった。

 教える教えないの基準はまちまちだが……

 ……トパーズは半分無視、銀はもっと酷い。ルビーは鸞月を守るために頑張ってたからノーカン。

 パールは……駄目だな。人として見られてる気がしない。サファイアは酒飲んで寝たくらいだし、マジで人扱いされてない気もする。

 青と灰色の奴に至っては、誰とも会話しなかったせいで声すら聞けてない。

 ……仲良し作戦、挫折気味だぞ……

「……今からでも、他の願いにはしてもらえないか?」

「それは駄目です」

「だよなー……」

 しかしながら、進展が見えてこないのは確かだ。

 どうしたものか……

「二日連続でやるわけにもいかないし……一旦、チャンスが来るまで待とう」

「……そうですね」

 俺の提案で、会議の結論は決まった……


 翌日。

 鸞月の持ち武器についてを調べるためにも、図書館に来ていた。

 色々と文献を見ていく内に、新しく得た知識がある。

 まず、武器。

 そもそも武器には、影人に特効の、空島特有の素材が使われているらしい。素材は秘密にされてて、特効の条件も限られている。

 条件、というのは……液体の凝固。特有の金属は、特殊な技法で打てば、液体が固体になる。そして更に、もう一段階……固体の状態で液体化を封印する、封が必要。

 蝋燭の蝋の様に、それは徐々に溶けては行くが……少なくとも向こう数十年、安泰だ。

 その封が、要するに溶けてきているのだ。

 地球の現代兵器は、少なくとも余裕で銃だって効く。そういう特殊な技工の必要無い、極めて威力の高い武器だって出てきたからこそ、現代では特効の金属性武器は不要になってきたが、それでも、武器屋で置いてるっちゃ置いてる。

 だからろくに整備もしないまま、ああやって武器を放置してると……

 買うだけ損みたいな武器になる。

 腕の良い鍛冶師に頼めば修繕とか出来るんだろうが、ハンマー専門の人なんていないだろうし、自力で治すしか無い。

 問題は、直し方。

 火を使って封を解除して、空気を抜くところまでは素人で……出来るか? 出来ると信じよう。空気を抜いて、型に嵌めていく工程もあるな。

 最悪、武器の買い替えも検討しながら、相談はしてみることにした。


 工場施設……というわけではないが、倉庫から色々と引っ張ってきて、闘技場あたりまで潜ってきた。

 ハンマーを作るためにも、わざわざ借りてきた作業着やら何やらと、武器屋の裏で貰ってきた、二鎚のマキシマムのハンマーのデータを基に作られた型を持っている。

 型の中に液体化した特殊金属を打ち込めばいいのだが、今回は、もうちょっと別の作戦で行う。

 色々引っ張ってきた資料を参考に、まずは、二つのハンマーの金属を焼いていく。

 白い炎の扱い方も順調な様で、ハンマーはすぐに溶けた。木の棒を抜き取って、余りは一旦置いておく。

 もう一回同じ工程をし、液体化した金属を一旦、桶の中に入れておく。

 ここからが、だ。

 もう一度白炎で炙り、炙り――金属が気体となっていく。

 やがて殆ど全てを気体化しきった。期待には微妙に色が付いており、全て桶の中にある。

 桶の中の気体は、気体だとしても重い。ポンプを使って、桶の中から空気を吸い上げ、大きな樽に気体を入れていく。

 トリックはここから。種は簡単、樽の中に入ってる水に溶解させて行くだけ。

 水に溶けやすいからこそ、直ぐ様溶け切って、濃度がマックスの状態まで粘る。

 樽からホースを繋いで、金属の溶解している水を吸い上げて、型に当てはめる。

 型が水でいっぱいになったところで、もう一度、白炎……

 水が蒸発し切ったところで、型の中には、空気だけが残る。

 繋いだホースから最後の一息と言わんばかりに空気が注入され、中は確実に空気のみ。

 型に蓋をして、持ってきた仮説プールの冷水風呂に入れる。 気体が液体、液体が個体に変化し、ハンマーの金属部分は完成した。

 冷やしたのを確認してから取り出して、別の型に入れ、持ち手をハンマーの芯に貫通させ……さっきの樽の余った水で満たし、今度はガッチリと閉じる。蒸発、そのまま凝固まで終わらせて、持ち手も固定された。

 冷水で固体にまでなったのはいいが……性質上、冷やし続けなければ使えない、欠点塗れの武器になる。

 封……蝋の技術は、本で丸暗記して覚えた。

 封印で、封印できるわけ無い……たぶん、特異と似たような物を使う。

 ……文献の参考資料。そこに共通している考え方は、原初の四つの属がある。ということ。

 正方形のそれぞれの頂点に属があって、斜めの線で繋がる属は制御でき、縦横で繋がる属は打ち消し合う。

 影人がどこにいるかわからないが……特異が影人に有効、つまり打ち消し合うなら……

 □において、まず特異を左下に。次に、影人を左上に。最後に右上に特殊金属で、特異は特殊金属をどうにかすることができ、尚且つどちらも影人に有効、という相関図ができる。

 もっと古い文献だと、△の三つの頂点と、真ん中の点だったものもあったが、いずれも読み進めると四角形に変化した。

 鸞月も一緒に調べていたからか、理解は出来ている。封がどういう技なのか知らないが……

 まずは、念じる事。

 だって、念じれば、邪だって呑み込めるのだから……


 次の瞬間、鸞月の体が急激に前に引かれて、うめき声が漏れる。

 何が……

「……」

 鎚は二つから一つに減ったが、その鎚は、見事に……煌めいていた。

 闘技場の照明の光を受け、色鮮やかな色光を残して、その金属光沢を存分に発揮する。

 艶やか、と思った。

 冷水から取り上げる。白い炎で温めても、液体にならずに、そこに存在していた。

 概念的なもの……なのか。

 しかし……

 特殊金属を再利用して作り直したハンマーは……

 正義のような、光だった。


 ……武器の完成も終え、だぼだぼ……じゃない、貰ったピッチリ強化スーツで振ったりしている様子を眺める。

 ……スーツもたぶん、微妙にだが、金属が使われているらしい。

 およそ数時間掛けて見つけた資料の数々。その中の知識を繋ぎ合わせた上で、何故あのスーツが駄目なのかと言うと、打ち消しが作用するから。

 影人……と、封が、対消滅するのだ。ハンマー本体は消滅しないと断定できるが、特保と影人の二面で見るなら、似通った概念的存在となっているので、それは消滅する。

 ……そして恐らくではあるが、特殊金属の液体化も出来る。本体は消滅しないが、使い物にならなくなる可能性が高い。

 防具として利用する案もあるだろうが、液体化が可能なやつが出てくれば、普通に駄目なので、制服で我慢……ということか。

 意外と、理論は通ってる……のか?


 完全休日中、武器が出来てからの二日間は、ひたすらに訓練していた。

 全ての歩きを地駿にする訓練も並行しているのに、メキメキと体力を伸ばしていく鸞月。力も付いているらしいが、腕は相変わらず細いまま。

 こうして、同居して、一週間が過ぎた……


 影人とのリハビリもそろそろしたいのだが……

 任務はできないことになっている。

 勉強の面倒も見ながらではあるが、起きてから、深夜に七海さんから電話が掛かってきた事に気付く。

「もしもし?」

 電話自体は、初めて……だ。何だ……?

「すみません、黒宮サン。今からいいですか?」

「今から……?」

 ……急に、切羽詰まった声が聞こえる。

 何だ……? 本当に……

「どうかしたか?」

「……ハイ」

「……」

 な……何だ……

 まるで……

「まるで、頼れる人が俺しかいない……って言ってる様なもんじゃないか?」

「――ハイ」

「……」

 七海さんは、人当たりが特別悪い訳じゃない。今どき外国人とのハーフとかクオーターもザラにいるし、友達の数は俺より多いだろう。

「たぶん、ワタシがしくじりました」

「……」

 ……これは……何が起きてる?

「何があったんだ?」

 スマホを耳に当てながら、制服に着替える。

 朝飯代わりに、いちごオレのパックを一気飲みした。

「取引先に、恐らく……テロの時の、犯人の仲間がいました」

「……取引はいつ?」

「黒宮サンと、連絡先を交換する前です」

 ――だからか。

「どうやってデータを入手したんだ?」

「……レティーの内部に、共犯者はいません」

 ……鸞月……の、靴はある。誰かが入ってきた痕跡はない、寝てるな……? いる……よな? いや、気配的にいる。

「通知の確認の時に、次の任務の時間がバレました。たぶん監視カメラのデータです。時間が経って、気づかずに任務を遂行して、その先で計六名が失踪。そして、同時刻、レティーに誘拐犯が侵入……」

「誘拐犯……?」

「ハイ。十二人の特保を、確保する為です」

「――まさか……」

「捜索はさせていません。ですが……今、四人がいません」

「……一階の人に、依頼はしないんですか?」

「出払いと、帰国、そして残った六人をみすみす失踪させました」

 ……マジか?

「つまり……要点を纏めると、襲撃に関しては公になっていない、特保は四人が行方不明、人の少ないタイミングで、何かやらかす、っていうことか?」

「そういうことです」

 動かしてないのは、動かしたら人が足りなくなるから。そして……

「身動き、取れないんだよな?」

「ハイ……工事中の現場の社員は、そのまま纏めて一つの所に。ワタシは何とか隙を付いて逃げましたが、足を撃たれました」

 ……いきなり……

 いきなり、いきなりの敵。それにしては、ハードだ。

 ……でも……

「やらかす前に全員で止めるのは?」

「ナシです。市民を守ることのほうが大切なので、何らかのアクションを起こす時まで待つしかありません」

「他の上層部には伝わってるのか?」

「……動けません。タイムリミットが分からないのですから」

「……」

 俺が頑張る動機。そんなのは、至って単純、嫌われたくない、という漠然としたモノ。

 ただそんな、漠然としたモノに縋って、重い腰を上げたのも事実。

「――俺しかいないのなら、機転を利かせて、時間稼ぎくらいはする。後は頑張ってくれ」

「……ハイ」

「電話は繋ぎっぱだ。指示、やったことあるか?」

「……無いですけど、やらない、なんて。あり得ません」

「……行ってくる」

 ふと、そこで……

 買い物リストとかの貼ってあるメモ帳を千切って。

 そこに適当に、『夜ご飯までには戻って来る』と、書き置きを残した。

 さっきの言葉に、何か……自分自身で、動かされた。

 だが、その余韻を受ける理由は無い。

 銃を懐に仕舞い、今日は小さいナイフも入れて……

「行ってきます」

 と……

 ちょっとだけ丁寧に、そう言った。

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