おっぱい、または乳袋、または乳房。
「でも性欲が嘘だったら、性犯罪とかが起きることはどう説明できるんだよ」
「それは『性欲を持っていると思い込んだ』人間による犯行として説明すれば良いだろう」
「えーっと、性欲なんて本当は存在しないけど、存在するって思い込んだことで存在しちゃうのか」
「それなら結局、性欲は『存在している』と言っても差し支えないな」
「そっか、性欲を嘘だって思う人は少ないから、結果論的に性欲は一般的な欲求になってるワケか」
ふぅーっ。こんどこそ一区切り。手に取ったシャーペンが、ホウの言葉でこぼれて出る。
「ハルキは性欲が興る時はあるのか?」
かたっ、ころろろ、かたん。机から転がり落ちていった。
「・・・逆にお前はないのかよ」
ホウは上を向いて腕を組んで目をつむる。何か深く考え事をするときの姿勢だ。
「うーん、ないな」
「嘘つけよ」
「嘘ではないからこの教科書にも疑問を持ったんだ、この記述は嘘ではないのかと」
こいつ、性に興味ないふりしてる思春期だろ。
「あのさぁ、おっぱいとかつい見ちゃうだろ?」
「・・・おっぱいって、なんだ?」
こいつ、まじか。
「おっぱいってのは、女性の胸にくっついてる乳袋のことだよ」
「・・・男性にはないものなのか?」
「ある人もいるかもしれないけど、ない!」
「実はおっぱいも存在すると思い込むから存在する概念なんじゃないか?」
「そんなわけないだろ!おっぱいはおっぱいだって!おっぱい以外の何者でもねぇよ!」
「だから、おっぱいって何なんだ?」
「ち、ち、ぶ、く、ろ、だ、よっ!」
「ちちぶくろって何を入れるんだ?」
「入れるんじゃなくて入ってるんだよ、ちちが。ちち、の、ふくろ、なんだってば」
「ふむ・・・父袋・・・分からん」
「あのな、牛乳の乳!乳だって!」
「・・・あ、乳房のことか」
「なんでそれが分かっておっぱいが分からん!」
「おっぱいは生物学的呼称ではないだろ?」
「えー」
思えば以前、ホウは「うんこ」や「ちんこ」といった下品な語彙を知らなくて驚いたことがあった。その癖、「便」や「陰茎」と言えばすっと伝わるのだから不思議だ。
「でも、確かにおっぱいって変な言い方だよなー」
「『お』が敬語であるとして、『ぱい』ってなんだ、胸との縁語性が見つからないが」
「語源は諸説あってよくわからないらしいよ」
「そうか」
「うん」
議論を終わらせるのに最も効果的なのは、結論を「分からない」へと着地させることだ。それ以上、その話題には膨らませる価値がないのだから。
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