逆転の冬

鮎崎浪人

第1話 アイドル・クイーン・フェスティバル

 ドーム型のスタジアムは、あふれんばかりの人人人で埋め尽くされていた。

 全日本アイドル・クイーン・フェスティバルの会場。

 階段状に作られた中央のステージには三百五十人ほどの女性アイドルが居並んでいるが、その周りを取り囲むように、およそ百倍の観衆がひしめきあっている。

 観客席にはお祭りを目前にした昂揚と熱気がただただ満ち、ステージ上は冷たく張り詰めた緊張に支配されていた。

 巨大な密閉空間は、興奮と冷静がぶつかりあい混じりあって、異様な雰囲気に包まれている。

 上手十段目の中央付近に座る火野萌菜は、会場の空気をかき乱すような大きなうねりに飲み込まれそうになる不安に見舞われていた。

 自席に腰を下ろして会場を見渡したときから、高鳴る心臓の鼓動が止まらない。

 頬が火照り、衣装の下では汗が浮かび、膝とその上で握りしめた拳の小刻みな震えも止まらない。

 少しでも気持ちを落ち着かせようとうつむいて目を閉じていた萌菜は、ふと目を上げて、斜め左下の人物に視線を定めた。

 その人物は背筋をぴんと真っ直ぐに伸ばし、透き通るような雪肌の美しい顔を真正面の観客席に向けて微動だにしない。

 その端正な横顔には、うっすらと穏やかな微笑をたたえている。

 周囲の人間を強引に振り向かせるような威圧的な空気を発散しているわけではないのに、自然と視線が吸い寄せられてしまうような清澄な雰囲気。

 荒れ野にそっと咲くただ一輪の純白の花のような、控えめながらも人の目を引かずにはいられない楚楚とした佇まい。

 そんな水嶋瑠璃の姿を目にして、萌菜はみじめな気持ちになる。

 この人と勝負しようなんて、なんてわたしは無謀でおこがましいことをしようとしてるの。

 この人に勝てるわけなんてない。

 今すぐ席を立ってこの場を抜け出し、家に帰ってママの温かい手料理を食べたい。

 極限まで追い詰められた萌菜の脳裏に、最愛の母親の顔が浮かんだ。

 さらに、これまでの十九年間の様々な思い出がよぎる。

 胸がぐっと締め付けられるような思いがして自然と涙がこぼれでる。

 楽しいこともあったけど、つらいことや悲しいことの方が多かったなあ。

 でも、絶対に負けたくない、成功してやるんだって誓って、やっとここまで来たんじゃないの。

 そう思うと、萎えていた気分が、徐々に怒りにも似た闘志に切り替わる。

 こんなところで立ち止まってはいられない。

 わたしは、絶対に一位になる。クイーンの座をもぎ取るんだ。

 ともすれば弱気に陥りそうな自分を叱咤するように、瑠璃への視線を断ち切って萌菜もまた真正面に目を据えた。

 会場内には、テレビのバラエティー番組でよく見かける中年の男性司会者の張りのある声が響き渡った。

「外は十二月の寒気に覆われていますが、会場はそれを吹き飛ばすような熱気でいっぱいです! 

 全国のテレビをご覧のみなさまにも、この熱気はびしびしと伝わっていることでしょう。

 さあ、今年もやってまいりました。

 三百五十二人の候補者の中から、投票権付きのCDを購入したファンの皆様の投票により全国の女性アイドルの頂点を決める『全日本アイドル・クイーン・フェスティバル』! 

 女王の座を手にするのは誰なのか?

 それでは五十位から発表を始めます!」

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