第2話
「
けたたましい
うだるような暑さを汗と共に拭いながら、僕は左隣を歩くマヤさんに改めて告げた。
高台に位置する通学路の右手では、青空の下に広がる街と小さな山々が
「そういって油断させるつもりでしょ? こう見えて、あたしは用心深いのよ。表向きは影の薄い高校生を演じつつ、実は裏で様々な情報をばらまいてたりして」
「用心深い人なら、公園で空を飛ぶようなミスは犯さないと思いますけど?」
「ぐはっ。
ポニーテールに束ねた銀髪を大きく揺らし、マヤさんはオーバーに胸を痛がる仕草をする。
半袖の白いシャツと紺のスカートをまとう夏服姿が、大人びた彼女を爽やかに彩る。
「あなたが魔女の事を広めないか、監視させてもらうわ」
初めて出会った公園でそう宣言されてから、すでに一ヶ月。
三日くらいで諦めるだろうと鷹を括っていた僕の目算は完全に外れ、今もマヤさんからの監視は続いている。
もっとも『監視』とは名ばかりで、基本は一緒に帰宅するだけだ。
僕と同じ帰宅部で家も同じ方向だから、最近はほぼ毎日一緒に下校している。
「むしろ、今まで接点の無かった僕たちがこうして一緒にいる方が、みんなから怪しまれるんじゃないですか?」
「どうしてよ?」
「だって、その、マヤさんって美人ですし……」
直接口にするのがこそばゆくて、僕は俯いてしまう。
校内でのマヤさんは、男女問わず人気が高い。
日本人とイギリス人のハーフで元々目立つ人ではあるけど、スタイルが良い上に、分け隔てなく接する天真爛漫な性格に惹かれる人が多いのだとか。
ちなみに彼女はイギリス生まれで、十歳の頃に父の都合で日本のこの街に来たそうだ。
かたや僕は独りで本を読みふける、いわば陰キャと呼ばれる人種。
あまりに正反対な僕とマヤさんが突然一緒に下校しているのだから、怪訝な眼差しを向けられて当然だ。
最近はヒソヒソと噂されることも多い。
「美人だなんて言ってくれるね~。もしかして賢吾くん、あたしのこと狙ってる?」
「断じてあり得ません」
「そこまで強く否定しなくてもいいのに」
「あっ、いえ、ごめん……」
たどたどしくする僕に、マヤさんは「あははっ、冗談よ」と告げながら笑顔を一気に咲かせた。
「賢吾くんって、からかい甲斐があって面白いわね」
「僕は、あなたのおもちゃじゃないですよ」
燦々とした日差しが、マヤさんのぱっちりした翡翠の瞳と彫りの深い鼻筋をくっきり映し出す。
はにかんだ彼女の笑顔がどこか眩しく、僕は思わず、右手に広がる街の眺望に視線を逃す。
夏の日差しを浴びた無数の建物たちが、陽炎に揺れて四角い輪郭を曖昧にしていた。
「第一、僕に友達がたくさんいるように見えますか?」
「ごめん、見えないわね」
「即答ですね……」
「だって賢吾くん。学校だといつも一人で図書室にいるか、教室じゃあ黙々と一人で読書をしているし、昼ごはんだって一人で食べてるし」
「えっ?」
「ちなみ昼食は二日に一回は必ずいなり寿司が入っていたわね」
「僕の食事内容まで!?」
少なくとも学校における僕の行動は、マヤさんに筒抜けらしい。
まあ油揚げが大の好物なのは否定しないけど。
「どうして僕がいつも一人だって分かるんですか? クラス違いますよね?」
学校の構造上、僕の教室と彼女のいる教室は学舎が別々のはず。
気温は暑いくらいなのに、体はなぜか寒さで身震いが止まらない。
「トシオくんに監視してもらっているのよ」
「トシオくん?」
「そこにいる猫よ。わたしの使い魔なの」
マヤさんの指さす左側をみると、家垣の上で白猫が足並みを揃えてスタスタと歩いていた。
初めてマヤさんと出会った際、彼女が抱えていた白猫だ。
白い被毛に覆われた全身で、両眼の周囲が黒毛に覆われた外見はパンダに近い。
「常に誰かの視線を感じていましたが、そう言うことだったんですね」
授業中も休み時間も、家に帰宅した時も。
四六時中誰かの視線を感じていたのは気のせいではなかったらしい。
今振り返れば、トシオくんと思しき白猫を何度か見かけたな……。
「見た限り、誰かと距離をとっている感じに見えるけど、理由でもあるの?」
マヤさんは首を横に傾げる。
不思議そうに、けれど心の奥底を見透かしたように、澄んだ瞳を向けてくる。
「僕はただ、誰とも深い関係にならず、平穏に過ごしていたいんです」
正直、マヤさんの監視も早く終わればいいのにというのが僕の本音だ。
「……どうして?」
ふいに立ち止まると、マヤさんは凛と細めた眼差しを僕に向けた。
翡翠に澄んだ瞳の奥に、心なしか仄かな怒りを帯びている風に見え、僕は思わず息を呑んだ。
「その話は、今度でもいいですか?」
自分のことを話す流れだろうに。
けれど、僕は怖じけて言葉を濁してしまう。
照りつく太陽の下、
しばし気まずい沈黙が流れるも、マヤさんの吹き出し笑いが静寂を破った。
「おっ? それはあたしが賢吾くんと、まだ一緒いてもいいって事かな?」
いや、そういう訳じゃないんだけど……。
そう伝えようとしたけど、なぜかこれ以上言葉にできなかった。
その間、マヤさんはどんどん話を進めていく。
「じゃあさ、夏休みに入ったら、少しあたしに付き合ってもらっていい? 魔女として少し色々試してみたいことがあるし。あたしの方で色々計画立てるわね」
マヤさんは口角を大きく上げ、不適な笑みを浮かべてみせる。
どこか悪戯めいた彼女に、僕は釘を刺す。
「計画を立てるのはいいですが、その前に期末テストが控えてますよ?」
「うげー、そうだった。あー、記憶力が向上する薬の創り方、魔女辞典に載ってたかなー」
「魔女の力に頼らず、自力で頑張ってください」
でなければ試験の意味はない。
とはいえ、せっかくの誘いを無下にするのは、どうにもいたたまれない……。
「夏休みですが、その。予定が空いていれば、付き合います」
「ホント!? やったー! 約束だからね!」
あまりに嬉しいのか。マヤさんは満面の笑みで、
夏の日差しのような笑顔を浮かべながら。
「そんなに、はしゃぐことかな……」
誰とも繋がらない平穏な日々を送る。
そんな僕の願いは、当分叶いそうになさそうだ。
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