魔女のマニマニ

Run太郎

第1話

 晴れているのに雨が降りしきる光景を、『きつね嫁入よめいり』というらしい。


 どうして狐なのか、僕としては少し気になるところではあるけど、昔からの言い伝えだからそう割り切るしかない。

 ともあれ、高校の帰り道。雲の隙間から差し込む光の筋が、雨粒と彼方まで広がる街を煌めかせるなかで。

 僕は"魔女"と出会ったーー。


ほうきに乗ったまま、人が浮いてる……?」


 通学路の途中にある、こじんまりとした小さな公園だった。

 鮮やかな紫陽花あじさい瑞々みずみずしい木々に囲まれた人気のない園内に立ち寄っていた僕は、思わず手元の傘を地面に落としてしまう。

 視線の先で、銀色の髪を伸ばした女性が箒にまたがり、樹木の枝葉まで浮いていたのだ。

 見れば、箒に乗ったその人が抱えていたのは一匹の白猫。

 状況的に、木の上によじ登った猫を捕らえようとしたのかもしれない。

 その上、彼女がまとう紺色のセーラ服は、僕が通う高校の制服だ。


 夢を見ているのか……。

 けれど、いくら目をこすっても、箒で空を舞う女性は僕の視界から消えない。

 日照り雨が作り出した幻影、という訳ではなさそうだ。


「ああ、ええっと……」


 目撃した僕に気づいたらしい。

 深緑に澄んだ彼女の瞳と目があう。

 戸惑ってか、彼女は指先で頬をかいたまま、しばし明後日の方向へ目を逸らす。

 やがてーー。


「わたし、手品師なの。それも、凄腕の、ね」


 笑みを引き攣らせながら、彼女は両手を広げてみせた。


「……ものすごく自然な浮き方していますけど?」

「これも手品よ。ねっ、すごいでしょ! 種も仕掛けもございません」


 本当、種も仕掛けも無い……。

 無理に繕った笑みが、かえって説得力を高めている。

 両手に白猫を抱えた彼女は、箒に腰を下ろしたまま落ち葉のようにゆらりゆらりと地上に降りていく。

 あまりに現実離れした光景に思考が止まりかけるも、僕は落とした傘を拾い、すぐさま彼女の元に駆けつけた。


「雨に濡れますよ」


 彼女の頭上に傘を掲げ、木の葉から滴れる雨粒を遮る。

 間近で見ると、彼女は背丈が少し大きく、百六十センチの僕を僅かに越している。

 凛と背筋の伸びた姿は、間近で見るとまさに大人の女性だ。


「ありがとね。えっと……」

賢吾けんごと言います」


 雨と共に降り注ぐ木漏れ日が、彼女を照らし出す。

 透き通った白い素肌を、翡翠ひすい双眸そうぼうを、銀色に煌めく長い髪を。 

 そして、屈託のない笑顔を。

 言い知れない美しさとミステリアスな彼女に、気づけば僕は息を呑み、鼓動を大きく高鳴らせた。

 二人きりの公園に、雨がシトシトと静寂せいじゃくに音をえる。


「あなたは一体、何者ですか……」


 自然と、そんな言葉が出てしまう。

 僕は戸惑う。彼女のことを知りたがっている、自分に。

 普段なら見て見ぬふりを決めていただろう。

 けれど、そうしなかった。

 誰かと深い繋がりを持たず、平穏な日々を送る。

 そう願っているにも関わらず……。

 彼女は軽く咳払いをする。そして、意を決するように顔を引き締め、僕を見た。


「あたしはマヤ。この街に住む魔女よ」

「まじょ……?」


 ファンタジーとかでみる、あの魔女のこと?

 何の冗談かと思ったけど、先ほどの光景や、翡翠ひすいを帯びた真剣な眼差しを見れば、もはやおとぎ話ではないだろう。

 それに、心当たりがない訳じゃない。

 この街は昔、神の使いとされる"御狐様おきつねさま"を信仰する習わしがある。

 縁起の良い存在ながら狐を『魔』と捉えるなら、同じ気質をもった魔の者がこの地に引き寄せられても不思議じゃない。

 

「誰かにあたしのことを言ったら、君を呪うからね」

 

 にっこりと、けれどはっきりと。

 何処か悪戯めいた笑みで、マヤさんが宣言した。


(ああ……、これは面倒事になったな) 

 

 新緑の笠が雨と日差しを遮る中、彼女を見据えた僕は渋い表情を浮かべた。

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