第18話 このまま死ねたら
1日目の夜は、那覇市内のホテル近くの居酒屋で簡単に夕飯を済ませ、早めに寝ることにしていた。
家は決して広くないけれど、二人が別々の空間に、心地よくいられるだけの広さはあった。それが、ホテルとなるとそうもいかない。部屋はベッドでほとんど占領され、二人が別々の空間にいることはほぼ不可能なつくりだった。
明日は、沖縄本島の北のほうまでドライブだね。どのコースを回ろうか。
気まずいながらもそんな話をしてから、もう疲れたから寝よう、という話になった。
全然眠れそうもないな、と思っていると、夫が暗闇の中で急に話始めた。
あのさ。明日、北のほうに行くと、確か、断崖絶壁のところがいくつかあったよね。雲一つない天気の中、断崖絶壁から飛び降りて死んだら、さぞかしすがすがしいんじゃないかな、とか思うんだけど、どうだろう?
どうだろう、って言われても。
そんなこと急に言われたってわかんないよ。やったことないんだから。落ちたら痛いんじゃないかな。
でもね、これから短い間生きていく中で痛くて嫌な思いをずるずると引きずるくらいなら、いっそ一発痛い思いをしても、そうやって死んだほうが楽なんじゃないかと思ってね。
そんなこと考えるくらいならなぜ病院に行かないんだろう。私はふつふつと怒りを覚えながらも、やっとのことで言った。
怒るかもしれないけどね。そんなこと考えるくらいならまず帰ったら検査受けてみない?どんな状況かわかったほうが気持ちも整理着くんじゃないかな。
すると夫は恐ろしいことを口にした。
検査、検査っていうけどさ。知ってどうなるの。どうせ、あなた、がんですよ。このままだと余命はこれくらいですよ。ここからは抗がん剤を使った治療ですよ、と来るんだよ。ぼくにはまだやりたいことだってあるし、お金だってあるんだ。そんなこと、知らずに気楽にいたほうがいいでしょう。
そうそう。君に頼みたいことがあるんだ。今回の沖縄旅行の間に、いつでもいいから、僕を殺してくれないかな。崖から突き落とせばいいんだ。そうすれば僕は、ひたひたと忍び寄る死の恐怖と戦うことなく、一発で死ねるんだ。いつでもいいから確実にやってほしいんだ。
そうだね、わかった。なんて、いうはずがない。
夫は自分を殺してほしい、と殺人依頼をしている。私は、夫の依頼を受けて、殺人を犯す、ということになったら、私が犯罪者になるんじゃないか。第一、夫を崖から突き落とすなんて、そんなことは考えもしなかった。
まともな返答をしようと必死に考えていると、隣のベッドから静かな寝息が聞こえてきた。こんな難しい問題を振っておいて、寝ちゃってる。
今夜もまた、眠れない夜になりそうだった。
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