第17話 島唄
すっかり眠ってしまったようだ。あと1時間くらいで沖縄に着く、というアナウンスが入った。
隣で夫はまだ眠っている。その横顔をちらっと見た。知り合ったころと変わらない横顔。少ししわが増えて、少し白髪は増えたけど、10年の月日が流れたようには見えなかった。
本当にこの人の体の中には、がんがあるのだろうか。こうしている今でもどんどん繁殖して広がってしまっているのだろうか。
この横顔からは、信じられない。
ふっと、涙が浮かんだ。自分ではどうしようもない大きな力で運命が動かされているという恐怖。そしてこうしている間にも、どんどん病魔が夫の体内で静かに広がっているという可能性。それに対して何もできない私。それに対して何もしない夫。
このまま夫の横顔を見つめていたら、涙がほほを伝って流れてしまいそうで、慌てて目をそらした。
あなたは、いったい何を考えているの。
絶対に答えなど見つからない質問が頭の中でぐるぐると回る。
当機は着陸態勢に入りました。シートベルトをおしめになり...、というアナウンスでようやく夫が起きた。
ずいぶん寝たな。変な夢を見たよ。体が宙にふわふわ浮いていて、自分が寝ているところが見えるんだ。なんなんだろう。
私は夫の言葉にドキッとした。以前、テレビで、人が亡くなると、自分の体から魂が抜けて、自分の寝ている姿が上から見えると聞いたことがあったからだ。
飛行機に乗ってるから、ふわふわした感じがしたんじゃないの?確かに変な夢だね。
私はそれだけ言って、夫の手を握りしめた。私の手の倍はあるんじゃないか、という大きな手は少し汗ばんでいた。夫は本当は飛行機が大嫌いなのだ。飛行機に乗るたびに緊張してしまうらしい。
かくん、という小さい衝撃とともに着陸した。飛行機から出ると、生暖かい空気と、ガンガンに利かせたエアコンの空気が混ざり合い、独特の香りを作っていた。
ああ、沖縄に着いたんだな。
空港は、以前来た時と同じように、修学旅行生の塊や、カップルがたくさんいた。そして沖縄の歌が流れている。そう、これは島唄だ。
このまま永遠に夕凪を...
戦争でたくさんの方々が亡くなった土地。初めて来たときには、今でも悲しみがあふれているような、それでいて悲しみを乗り越えて明るく生きているようなどちらともいえない印象を持ったことを思い出した。
夫が病気で亡くなる、というのはどういう感覚なんだろう。ずっと悲しみを引きずるのか、いつか悲しみを乗り越えて明るく生きられるのだろうか。
まだ、夫の余命が決まったわけではないのに、そんなことを考えずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます