第15話 離婚する?
あの言い争いの後、私も夫も、何事もなかったかのように毎日過ごしていたが、時々起こる言い争いは、回数が増えていった。
初めて大きな言い争いをした日。耐え切れず、コンビニに行くと嘘をついて、家を抜け出したあの夜のことは鮮明に覚えている。初めて、夫が死ねばいいのに、と思った日。でも、先生の言葉を借りれば、このまま放置すれば余命、という話になり、余命が終わった後は、夫には死が訪れるのだ。
もうすぐ、死ぬかもしれない人に対して、死ねばいいのに、と思うのはおかしなことかもしれない。でも、あの日の私は、それまでの数日間、集中的に浴びせられた非難の言葉の数々と、ついにミチコと比較し始めた夫に対して確固たる怒りを抑えきれなかったのだ。
死ねばいいのに。
それは、巷でよく使われる言葉だけれど、これまで一度も抱いたことがない感情だ。それがこんな形で私の中に生まれるなんて。しかも10年も一緒にいる夫に対して。きっかけはどうであれ、私は悪い人間になったような気がした。まるで、本当に殺人を犯すことができるような。
時々ふっと、ミチコと夫はどんな会話をしているんだろう、と思ってみたこともあった。しかし、それは別に想像するまでもなく、時々夫から思いもしないタイミングで聞かされることが増えた。
あのさ、君とは最近、本当に言い争いしかしてないよね。ネガティブな、喧嘩ばっかり。楽しいことなんて一つも話してないよね。ミチコとは喧嘩は一回もしたことないのに僕らは何がいけないんだろう。彼女は何を言っても怒らないし、いつもニコニコしてくれるし。一緒にいて安らぐんだ。
そんな話を聞かされているとき、私は、言いようがなく理不尽な思いに駆られていた。私が何をしたというのだろう。
そしてある日、怒りも悲しみも頂点に達していた私は、ついに恐れていた質問をするときが来た、と悟った。
ねえ。そんなに私といるのが嫌なら、離婚する?
その言葉に夫は少なからず驚いたようだった。
だってそうでしょう。最近のあなたときたら、私とミチコさんを比べるか、私が一緒にいていかにつまらないか、そんな話しかしないじゃないの。そんなに一緒にいるのが嫌ならば、離婚だって選択肢として考えるべきでしょう、お互い。
夫はしばらく黙っていたが、私のほうをまっすぐみて、こう言った。
いや。僕は離婚する気はない。いまさら手続きだって大変だしね。
死ねばいいのに。
私の中で2度目の明確な感情。私はもう、この感情を怖いとは思わなくなっていた。
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