夫婦のきずな

川田ろみ

第1話 嘘だと言って

結婚したのは今から10年前。知り合ってから6か月後のスピード婚だった。

ここ10年間、多少の喧嘩はしたものの、いたって平凡と言ってよい結婚生活だったように思う。


夫は、仕事や出世には全く興味がなく、週末にバイクを乗り回したり、キャンプに行ったりすることが生きがいのような人だった。その点では多少物足りなく感じていてはいたものの、家事は手伝ってくれる、料理はしてくれる、という点では友人たちから聞く彼女たちの夫よりはましなような気もしていた。モラハラ、暴力などとは無縁。刺激はないものの、波風もなく、時々、飽きてしまうほど同じことの繰り返しの毎日で、なんとなく時間が過ぎていく。そんな風に10年間、過ごしてきたように思う。何もないことが幸せと言えるならば、私は幸せだったはずだ。


そう、幸せだったはず。あの電話があるまでは。


それはある日、突然やってきた。月曜の午後、仕事中だというのに、急に電話がかかってきた。マナーモードにし忘れた私は、若干焦りながら、電話の画面を見た。非通知。そういえばガス屋さんが電話してくるって言ってたっけ。この電話かもな、と思いながら、上司に、失礼します、と断り電話に出た。


電話先で小さい声がする。


聞こえないのですが。ガス屋さん?今週は無理なので、来週でお願いします…


と言ったところで相手の声が急に大きくなった。


もしもし、奥さん?


その女は、ミチコと名乗った。


確かに結婚しているから、私は奥さん、なんだろう。でもミチコの声を聞いた瞬間、何と言っていいかわからない不安に襲われた。


あの、どなたですか?


ミチコと言ったでしょう。旦那さんとは親しくさせてもらってるんです。今度一度あってお話しできません?今後について奥さんとお話ししたくって。


よりによってなぜ平日の昼間にかけてくるんだ、仕事してるのに。そもそも今どきなぜ電話?チャットでメッセージ送ればいいのに。いろいろ腹立たしいが、電話でいろいろ問い詰めるわけにもいかず、言われるままに会社帰りに会うことになった。


ミチコは、待ち合わせぴったりの時間にコーヒーショップにやってきた。まだ幼さが残る風貌で、その小柄な体を今どきのファストファッションで飾っていた。真冬だというのに、こんなペラペラなコートとアクリルのセーターでは、寒くて仕方がないだろうな、と関係のないことを考えながら、それで要件は、と切り出してみた。


私、旦那さんと付き合ってて、いずれは子どもが欲しいんです。奥さんとの間にいないし、彼も欲しがってるから。そうなる前にお話しておきたかったんです。そうそう、彼、とても具合が悪いの、ご存じですか?どうしても病院がいやだと言ってるので、奥さんからも病院で検査するように言ってください…


ミチコのセーターの肩のあたりからほつれている毛糸を凝視しながら、そもそも私はなんでこの女と会っているんだろう、とぼんやりと考えていた。






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