第24話 凍てつく冬神殿
ネイスクレファはそこにいる皆を、真剣な輝きを放つ銀色の瞳で見回した。
「水力機関を見に行く。レイファルナスも来てくれ。力を込めたサファイアが無事かも確かめたい。セヴィリヤ白神官、いくぞ」
「俺も行ってもいいか? 何か力に……」
クレスは思わずそう言っていた。
「来てもしょうがないと思うが、来たいのならくるがよい」
そうネイスクレファは厳しく言った。セヴィリヤ白神官が先頭にたって冬神殿裏手にある水力機関へと案内する。
現地についてクレスがみたものは、セヴィリヤ白神官が言ったように、爆破された配管施設だった。破壊されたのは、
「水源は止めました。今、冬島の中央暖房施設は機能を停止しています」
セヴィリヤ白神官は深刻な顔でこの光景を眺めた。
「新しい配管の工事も、すでに手配してあります。代えの
的確に現状を把握しているセヴィリヤ白神官に、ネイスクレファは頷いた。
「すると、温室の野菜類が凍って全滅するかの」
「おそらく。なので今日中に全部収穫してしまいます」
「家畜も凍死するかの」
冬島の平均温度は、連日の厳しい氷点下だ。暖かい日もあるが、家畜棟も暖房施設を使っていた。
「家畜は出来るだけ早く
「春島と秋島から食料の援助を頼むか。主島にも援助を要請しよう」
「お願いします、ネイスクレファ様。季主の道を使えるのは季主さまだけですから。いま馬車と飛行船で各浮島に助けを求めに行くのは、時間がかかりすぎます」
冬島に隣接している浮島は、主島、秋島、春島だ。レイの護る夏島では、主島を挟んで反対側なので、援助は無理があった。
ネイスクレファは小さなレンガ造りの水力機関の建物へ来た。普段は鍵がかけられているその扉をセヴィリヤ白神官が開けると、ネイスクレファのあとに続いてクレスとレイも入って行く。
中には部屋の中央の台座に、青いこぶし大の石が安置されていた。
「私の力は、まだ健在のようだね」
レイが自分の力を込めた特大のサファイアを見て言う。クレスには分からないが、レイには自分の力がこもっているのが分かるらしい。
それを確認したネイスクレファはひとまず安心した。サファイアは砕かれてはいない。工事が終われば 問題なく中央暖房施設は使えそうだ。ネイスクレファはセヴィリヤ白神官の方に向いた。
「セヴィリヤ白神官」
「はい、なんでしょう」
「あたしの力は寒さを維持する力じゃ。暖かくしてやることはできない。この冬島は寒い中で生きる者の為の浮島じゃからの。すまんの」
「もとより知っております」
セヴィリヤ白神官はネイスクレファに深く頭をさげた。
「それでも春島と秋島と主島に援助を申し出てくれるのですから、冬島の人間の長としては助かります。では、私は他に仕事がありますので、これで」
セヴィリヤ白神官は頭を上げると、その場を辞した。
冬神殿の自分にあてがわれた部屋に戻ったクレスは、神殿内の気温が下がってきた、と感じた。
さっきまで程よく暖かかった部屋が、鼻が赤くなるほど、冷えてきている。
とても寒い。
いまごろは、さっきみた首都のゼグダルーナの人々はどうなっているのだろう。
凍えてはいないだろうか。
そんなことをクレスは考えた。
冬島の宿からもってきた一番厚手の服と
外と同じ格好でも暖房の切れた冬神殿は寒かった。
すると、ネイスクレファの気遣いだろう、冬神殿の巫女が保温器で暖かい飲み物をクレスの部屋へ持ってきてくれた。
クレスはこれ幸いに、その巫女に分からないことを聞きだそうと話しかけた。
「あの、ちょっと聞いていいか」
「なんでしょうか」
巫女は保温器と器を食卓に使う台に置くと、クレスの方へ向く。
「いま、ゼグダルーナってどうなっているんだ? ここがこんなに寒いなら、民家はもっと寒いだろ」
「それはあまり問題ありません。冬島では民家でも万が一のためにストーブが用意されていますから。それは炊飯時に使う
「へえ、そうか」
そういうと巫女は保温器から
「飲んでください。きっと温まりますから」
「ありがとう。もう一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょうか」
「何か、俺にできることってないか?」
「今はここで風邪などをひかないよう気をつけて下さい、とネイスクレファ様はおっしゃっていました。それと、手紙の返事の件は少し落ち着いたら書く、とクレス様に伝えてくれ、と」
「わかった、ありがとう」
そういうと巫女はクレスの部屋を出て行った。
入れ替わりのようにレイがやってきて、これからのことを少し説明していく。
彼はさきほどのように青い外套を着ていた。
「クレス、いま冬島は大変なことになってる。ネイスクレファは春島と主島に援助の申請をしにいくから、私もネイスクレファの代理で秋島のアレイゼスのところに行ってくる。季主の道を使えるのは季主だけだからね。一、ニ刻後には帰ってくると思う」
「……ああ、そうか。そうだよな。レイも大変なんだな。俺、なんにも役にたてなくてごめん」
役立たずな自分が悔しい。
クレスはいま、力をもつということとはどういうことかを実感した。
このようなときに、人々の力になって動くことが、この世界の重要職たちの仕事なのだ。
重責も大きいが、それ以上にクレスは人々を助けたいと強く思った。
力が欲しい。
人々を助ける力が。
レイは意気消沈しているクレスを慰める。
「気にすることは無い。これはかなりの重大事件だからね。どうしてこんなことが起きたのか、私にもわからないよ」
レイは悲しそうに目をふせた。
「……そうか」
「だって考えてみてもおかしいじゃないか。人間が自分たちの為に作った暖房施設を、人間が壊すなんて。なんの目的か分からないけれど、私には理解できない」
「……目的……ね」
誰かが、何かの目的のために、冬島の中央暖房装置を壊したんだ。
そう思うと、何か陰謀じみていて、クレスはぞっとした。
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