第14話

 ボクも姿勢を正し、自分の死体を遺棄するのにぴったりな場所を考える。確かに百合さんの言うとおりだ。山中に捨てるとして、埋めなければならないスコップが必要だ。それに、体重約四十五キロのボクの死体を担いで、人の目の届かない場所に向かうのはなかなか現実的ではない。

『もういっそ、海に流しますか?』

 半分冗談のつもりで、ボクは言った。

 百合さんは半分本気で捉えて、ボクを睨んだ。

「お前の腹が膨らんで浮いてくるって言うのがオチじゃないか」

『ほら、ミキサーとかでぐちゃぐちゃにして…』

 そこまで言った時、百合さんの肩が跳ねた。威勢が無くなり、何かに怯えるように目を泳がせる。

「そ、そうか…、ぐちゃぐちゃか…」

『どうしました? まるで幽霊を見たみたいな顔をして…』

「そりゃ目の前にいるからね」

 すぐに調子を取り戻した顔になる。

 後部座席に背をもたれた百合さんは、天井を仰いだ後、言いにくそうに口を開いた。

「ヤクザが利用している、死体処理の場所があるんだが…、そこはどうだ?」

『え…、ヤクザ?』

「うん、ヤクザ」

『お尻に差す』

「それはザヤクだろうが」

 こほん…と咳払いをして、百合さんは説明した。

「ここから大体、二百キロだな…。M県の伊出羅市ってところがあるんだが、県境の山の中に、ヤクザが死体処理で使う沼が存在するんだよ」

『もしかして、底なし沼ってやつですか』

「そう、底なし沼」

 百合さんが頷く。

「そこに人を沈めると、基本的に浮いてこない。強烈なヘドロが死体を引きずりこんで、趣味の悪い微生物が肉を食らいつくすんだ。そこならきっとバレることはない」

『へえ…』

 一度沈めばもう浮いてくることが無い沼か…。確かにそこなら、クレーンで底をかっさらわない限り、ボクの死体が見つかることはないだろう。それに、ヤクザ御用達ということは、警察の手も回っていない可能性が高い。

 ボクは希望に満ちた目を百合さんに向けた。

『いいですね。そこにしましょう』

「よしきた」

 百合さんが指を鳴らす。

 その音を聞いて、ボクは胸に浮かんだ当然の疑問を彼女にぶつけた。

『でも、どうしてそんなところを知っているんですか?』

「昔付き合いがあったんだよ」

『付き合い…』

「…まあ、いいだろ? 別に、変なことしていたわけじゃないから。まあ色々あったんだ」

 大事なところをはぐらかした百合さんは、再びバンを発進させる。ただし、もう警察署のある町へは向かわない。前方をろくに確認しないでハンドルを切り、引き返し始めた。

『色々って何ですか? もしかして、適当なことを言って警察に自首するつもりじゃないでしょうね』

「大丈夫だ。沼は本当にある。警察に自首するつもりもないよ」

 首を横に振った百合さんは、それから、にやっと笑い、ボクを見た。

「葵…、お前の死体を捨てるだけで、私は刑務所生活から逃れられるんだ。だったらいかない手はないだろう」

『はあ…』

 それはこちら側も望んでいることなのだが…。

『でも、さっきは乗り気じゃなかったじゃないですか』

「人間欲望には勝てないものさ。君は道端に一万円落ちていたら、いけないことだとわかっていても懐に入れるだろう?」

『入れませんよ』

「口では何とでも言えるさ」

 そう言った百合さんは、アクセルを踏み込み、加速した。

 細かな石が散らばる悪路を、スピードを出して走るものだから、バンは激しく揺れる。その度に、荷台にあるボクの死体が、生々しい肉感を漂わせながら跳ね上がっていた。

『まあ、お願いしますよ』

 ボクは若干の不安を胸に抱えながら、シートにもたれかかった。だが、そこは幽霊。ボクの身体はすり抜けて、荷台へと転がっていき、危うくバックドアから放り出されそうになる。

『あぶねえあぶねえ…』

 何とか踏みとどまったボクは、改めて言った。

『お願いしますよ』

「任せとけ」

 ボクと百合さんの、死体遺棄の旅が始まったのだった。

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