第41話帰還と報告。








≪リルット視点≫




「な、ななな、なんて……なんて自堕落空間ッ!?」



「自堕落に過ごしてんのはフォルン姉ちゃんだけだよ!?ご主人のスキルその物が自堕落みたいに言っちゃダメだよ!」



「…ふぁぁぁああ………別にダラダラするのが間違ってる訳じゃないんだし、自堕落空間って言っても私の部屋って言ってもいいんじゃない?ルイちゃん」



 いきなり見ず知らずの男性…コナーさんの【アイテムボックス】の中に連れ込まれたかと思えば、中は広い空間に宿屋顔負けのベッドやテーブル、ソファにクローゼット。

 王都の高級宿屋に匹敵するのではないかと思えるほどの広い部屋に思考が停止してしまった。(まぁ王都の高級宿屋何て泊まった事もないからただの想像ですがッ!)



 思考が止まってる間に、どうやらコナーさん以外の人が全員【アイテムボックス】の中に入って来ていたようで、後ろに開いていた≪ゲート≫がすでに閉じており、私の手を引く小さな少女曰く『すでに王都に向けて出発している』らしい。



 まず、私達が【アイテムボックス】の中にいる状態で出発している点は……まぁいいでしょう。

 【アイテムボックス】に人を閉じ込め、人気のない場所まで攫う事件は度々噂に聞いていますし、【アイテムボックス】に人を入れたまま移動する行為自体は不思議じゃありません。(…あれ?もしや私は連れ去られて弄ばれるのでしょうか?)



 まず今、一番に声を上げたい事、それは。



「……何故に荷物やらを運ぶのが用途のはずの【アイテムボックス】の中に…人がくつろげるお部屋がセットされているんですか…?しかも、なんか知らない内にオレンスさんや他の皆さま方も別の部屋?に行ってしまいましたし…」



 普通【アイテムボックス】は荷物を運ぶ為に使われるスキル。

 先程の人攫いの用途で使う犯罪者もいるにはいますが、そういった犯罪者の所為で【アイテムボックス】に人を入れる事自体世間体的にあまりいい目で見られる事じゃないですし、そもそもそういった犯罪者は捕らえた人間の事など考慮して部屋を整えたりする訳がないのです。


 だというのに、この部屋の内装をみるに、どう考えても人を招く為に用意された意思を感じます。

 現に私達と一緒に【アイテムボックス】に入ってきた…フォルン姉ちゃん?と呼ばれた方は身体をふらつかせながら部屋に用意されたベットに倒れ込み『ん”ぅ”ぅ”ぅ”……ぎもち”ぃ”ぃ”ぃ』と聞いてるこっちが恥ずかしくなるような声で伸びをしています。……ちょっと羨ましい。



「ご主人はこの【アイテムボックス】にお客を招いて遠くの街に行くガトラー業をしてるんだよ。あっちのオレンスさん達は用意された自分の部屋に行っただけだから問題ないよ!」



「【アイテムボックス】に人を招いてガトラーを!?……それは…色々と大丈夫なのでしょうか…?」



「ん?大丈夫って何が?」



 くッ!こんな小さな女の子が性犯罪の噂を聞いているはずが無いから、私の危惧する思いを共有出来ない!


 だからと言ってこの純粋無垢な少女に世間で言う【アイテムボックス】の犯罪について事細かに説明するのは気が引けます…。



「……別にそんな気にする事でもないじゃん?商売としてやっていくなら他の客もいるんだしコナーがそんなロクでなし野郎みたいな犯罪を犯すわけないよー。それにそんな度胸があるなら私の胸の一つや二つ無くなってるって」



「胸って無くなる物でしたっけ!?」



 ケラケラと乾いた笑いを放つこのフォルンとやらはどうやら先程のコナーさんの事を信用しているらしく、私の心配事をあっけらかんと否定して見せる。



「どの道ギルドはこのガトラーに依頼をしたんだ。今さら降りて帰りたいなんて言えないよねー?いいじゃん、心配するよりも王都に着くまでゆったりと羽を伸ばせば……ふぁぁあああ……いいでしょ?」



「えぇぇ……もういいです…私だって冒険者ギルドの受付になる前は冒険者として過ごしてたんです。自分の身は自分で守ります……まぁ1年も続けれませんでしたがッ!」



 もうすでに夢の中に旅立ちそうな様子に私は呆れつつ、万が一の事があってもすぐに対処出来るように周りの注意は欠かさないようにしようと決意する。(なお、冒険者時代に倒した魔物の数は両の手で足りる程度で挫折した口である)







◆◇◆◇◆◇◆◇◆





≪コナー視点≫



 【ブラウの街】を出立して約2時間。


 流石に馬での移動は早く、ちょくちょく馬の休憩も兼ねて進んでいたが、もうすでに王都は目の前。


 もうそろそろ馬車での移動に切り替えるべきかと思い、魔物が出てこない内に馬車を出し、他の人達にも声を掛けるべく【アイテムボックス】の入り口、≪ゲート≫を開く。



「――い”い”い”やあ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”…あたし此処に住むぅぅぅ!!!なんでもう王都に着いてるんですかぁ!?早すぎますよ!!もっとゆっくりしたかったぁ!!」


「ほらほら、リルット姉ちゃん?あんまりご主人を困らせたら駄目だよ?それにまたしたくなったらご主人のガトラーに乗ればいいんだから次もあるよ!」



「ルイち”ゃぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ん………また一緒にしてくれる…?」



「うん!オレもご主人に教えてもらって毎日してるからリルット姉ちゃんもまた一緒にやろう?」




 ≪ゲート≫をくぐって出て来たのは、妙に肌ツヤが良くなり、はっきりと頭髪のきめ細やかさ、光沢、さらさら感の増したリルットが駄々をこねる様にルイにしがみつく姿。



(…あぁ…ルイ、リルットにシャンプーをやってあげたのか……)



 リルットだって、まだうら若き女の子。

 美容には気を遣うし、あのシャンプーの気持ちよさを知れば堕落に落ちてしまうのも理解できる。



 一応ルイには【アイテムボックス】内の水は自由に使っていいと言っているし、昨日の夜【ブラウの街】で泊まった時に“万能石鹸”の予備はルイが作成済み。

 お客が使う分も作ってもらっているので、恐らくそれを使ってリルットの髪を洗ってあげたのだろう。


 …というか王都に早く着いた方がリルット的に助かるはずなのにあの言いぐさ……リルットがアホの子っぽいのを抜いてもやはり万能石鹼の影響が強いと見える。



「あ、ご主人!オレ、勝手にお水と万能石鹼使っちゃったんだけど……」



「いいよ。寧ろアレだけ喜んでもらえたならウチのガトラー業の宣伝にもなるかもだしな。……宣伝よりも常連になりそうな勢いだけど…」



 小さなルイに縋り付く様を見て、ため息を吐く。


 気を取り直して、すでに王都は目の前なのでここからは馬車の移動に切り替える事を伝え、馬車に全員乗る様に伝える。



「うぐぅ……これも仕事!頑張れ私!シャンプーの為にッ!」



「あれ?【魔の森】の発生で結構深刻な状況だと思ってたけど…案外そうでもなかったのかな?」



「坊主、言っちゃあれだが、世間一般的に【魔の森】の発生は国が動くレベルの事象だ。あの姉ちゃんが少しおかしいだけだ」



 やはりリルットは少しおかしい系だったか…。



「―――ねぇねぇコナーちゃん!!あの子の言ってたシャンプーってなになに!?もしかしてあのキレイになった髪と関係あるのかしら!?」



 おおぅ…そういえばもう一人美容関係に敏感そうな人が居たの忘れていたな…。

 本当なら【ブラウの街】で泊まる時にお風呂の紹介もしようと思っていたけど【魔の森】関連でそこの所を忘れていたので、まだエルダやバッカス達は“万能石鹼”の事を知らない。



 王都まで後数十分程度で到着するので、その道すがら説明でもするかと苦笑いを浮かべる俺だった。






――――――――――

――――――――

――――――






 王都に到着し、一時的にオレンス達と別行動を取る事になった俺は、ルイと(後、未だ【アイテムボックス】の中で眠りこけるフォルンも)一緒にメルメスの屋敷に報告がてら戻って来ていた。



「【魔の森】……まさか【ブラウの街】で発生するなんて…」



「やっぱり珍しいものなんですね。バルトファルトさんは今まで【魔の森】に入った事は?」



「あるが、表層の弱い魔物ばかりしか居らぬ場所にしか入った事はないな。基本的に王国騎士団に所属する騎士以外は【魔の森】に行く機会がないからな」



 屋敷に入ると、ちょうどメルメスが執務室で休憩中と聞き、訪ねると護衛役のバルトファルトも一緒に居たのでこれ幸いにと【魔の森】について報告を上げる。



「【ブラウの街】から来たリルットって言う冒険者ギルドの人が言うには出来るだけ急いで戦力をかき集めて今日中、もしくは明日の早朝には王都を出発するって事らしいです」 



「…早いですわね…でも確かに急いだ方がいい案件なのは確かですわ。ただそれほど急だと騎士団は応援に向かえないかもしれませんね」



 王国騎士団…【王都ベルナート】における最大戦力であり、国の有事の際、国王からの勅命によって動く組織。前世で言うなら自衛隊の様な組織だ。


 主に他国との戦争や今回みたいに危険度の高い【魔の森】や強力な魔物が発生した時に活躍する騎士団なのだが、国が運営している事もあり、七面倒な手続きやら様々な許可が必要な為、動き出しがとても遅い。


 メルメス曰く、もし仮に王国騎士団が【ブラウの街】に発生した【魔の森】へ向かうとなれば早くとも3日…もしくはそれ以上掛かるのでは?との事。



「……手練れの冒険者が多ければいいですけど…」



「運がいい事を願うしかないですわね。私も万が一の時の為、王国騎士団がすぐに動けるように掛け合ってみますわ。バルトファルト」



「ハッ!」



 乗りかかった船…という訳では無く、メルメスもこの国の貴族として色々と動いてくれるようだ。


 他人の領地なのに、流石は貴族なのだなとメルメスに感心しつつ、俺も微力ながらも手伝える事があるかもしれないとオレンス達が向かった冒険者ギルドへ向かうのだった。













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