第22話エココ村と独りの子供
「お、見えた見えた……あそこに見えるのがエココ村さ」
「あれがエココ村……結構高台にあるんですね」
魔物の集団との戦闘後、特に問題など起きず(ちょくちょく魔物が襲っては来たが)無事に樹海を抜ける事の出来た俺達は、この馬車の目的地である【エココ村】が見える場所まで進んでいた。
【エココ村】は樹海を越えた先の小高い場所に木でできた外壁に囲まれた小さい村のようで、交通の便はとてもじゃないがお世辞にも良いとは言えないような場所。
聞けば、魔物の出る樹海が近い事もあって、魔物対策として森の木々や自然の恵みが少ない標高の高い場所に村を興したのだという。
エココ村の様に『村』と分類される小さい村の規模であれば冒険者ギルドが無い場所も多いらしく、冒険者達に頼らない自衛手段としての知恵らしい。
「あんな高台だと碌な野菜も作れねぇってんで月に何回か新鮮な野菜や工芸品を売る為にガトラーとして来てんだ。個人的にゃもうちょい安全に運べるような場所に村を作って欲しかったがなぁ」
「……そう言われれば、不思議ですね……どうして王都からそんなに離れていないこの危険な場所で村を?王都に移り住んだりしないんですか?」
「そりゃ安全なのは王都だが、こっちはこっちで利点があんだよ。ここは領主の治める土地じゃねぇから税金なんかは特に払わなくていいし、耕せば耕すほど自分の畑や土地が増えるって考えれば自給自足好きで、ある程度自分の安全を確保できるスキル持ちの人間はこっちを選ぶ奴も多いぜ?」
なるほど…つまり、命の危険さえどうにか出来る人間なら多少の不便はあれど、国に高い税金を払わずに生活していけるし、畑仕事や畜産系を行えば大分楽に生活が出来るという訳か。
今向かっている【エココ村】も畑関係は立地の件もあって壊滅らしいが、畜産関係はかなり裕福らしく、ヤギや牛の乳を使った乳製品。豚や鳥の肉や卵が王都でも有名らしく、高値で取引されているのだとか。
御者のおっさんもその【エココ村】で仕入れる乳製品や畜産物を高値で王都に売る為にガトラー兼行商人をしているという話だし、結構な高級品として売り出されているのだろう。
「おぉ……なんか…こう、すごい……」
「くっさい」
「こら!そう言う事言っちゃダメでしょ!あんたはもう少し口を慎むって事を覚えなさいよ!」
【エココ村】に到着して俺の目に映った光景は、村の土地の殆どが牛舎や家畜小屋が立ち並び、村のあちこちにヤギや牛達の姿が見受けられ、この村が畜産をメインにしているのがよくわかる。
……あと、フォルンの様に直接口に出すわけではないが、村全体で動物達の世話をしているだけあって、至る所から動物達のフンの匂いや動物特有の獣臭がかなりひどく、慣れていない人間にとっては鼻がもげそうなくらい臭い。
アーデリアもフォルンに説教をしているが、鼻で息をしない様に鼻声で話しているし、何よりフォルンのなんでも口に出してしまう事に対して怒ってはいるが、村そのものが『臭い』と言う部分に関しては全く否定していない所を見ると、アーデリア本人もかなり臭いと感じているようだ。
「お前達はひとまず1時間くらいは自由にしててくれ!俺は村長との話し合いが終わった後、中央広場で商売してるからそこに集合してくれ。行商が終わり次第王都に戻るから遅刻はすんなよ」
「了解……なら俺達も少し離れさせてもらうかな。久々に会って話したい奴らもいるから1時間後にまた会おう」
御者のおっさんは商人としての商売があると馬車から俺達を下ろした後村の中央広場へ馬車を走らせて行き、ゲルト達男3人衆も何か用事があるようで、アーデリア・フォルン・俺の3人がその場に残される。
「……久々に?…もしかしてゲルトさん達ってこの村出身とかですか?」
「いえ?確か前にゲルトさん達は王都出身と聞いているけど……いつもこのエココ村にガトラーが出る時はよく護衛の仕事を請け負ってるって聞いたから、仲のいい友人とかいるんじゃないかしら?」
『会って話したい奴らが居る』ゲルトの言葉には少しばかりの懐かしさを感じたので、もしかしてこの村出身で、古い友人でもいるのかな?と予想してみたがどうやら違うらしい。
それにゲルトだけのみならずリードディヒやポートも特に疑問を持たずについて行ったのを見ると、3人共有の友人がいるようだし、単純に考えて護衛の仕事を通じて知り合った友達がいるのだろうか?
何はともあれ、折角の自由時間なのだから少しだけこの【エココ村】を観光しつつ、御者のおっさんがやる“行商”を見学しに行こうかな?
「アーデリアさん達はこの後どうするんですか?俺は少し辺りを見たら行商の見学に行こうと思いますけど」
「私は少し疲れたからそこら辺の木陰で休んでおくわ……フォルンは…」
『すぴー……すぴー……』
「……この通りね…」
「あはは……」
すでにフォルンは村の出入り口付近の木陰で丸まって寝ており、それに気が付いた俺とアーデリアは呆れた顔で肩を落とす。
アーデリアも流石に往来の場で寝るような行為はしないが、フォルンの監視も含めて同じように木陰で休憩をしているとの事。
つい、『休むなら俺の【アイテムボックス】の中に入る?』と聞きそうになったが、それを言ったら今までの道中で【アイテムボックス】を使わなかった意味が無くなるし、そもそもスキルの亜空間に異性を招き入れるのは世間一般的に求愛や性犯罪のイメージがあるという事を思い出し、開きかけた口を閉ざし、「……お気を付けて~」とその場を離れる事にした。
「……うお、またフンか……流石に多いなぁ…」
俺は暫く村の中を散策をしに歩き始めたは良いものの、どこもかしこも牛・ヤギ・ヤギ・豚・鶏・ヤギ・豚と動物だらけ。
気を付けなければ道の至る所に落ちている動物のフンを踏みそうにもなるし、気分的にはすでに観光気分と言うより社会科見学の気分になっていた。
「うぅ~ん……やっぱり観光客とか少ないからあんまり見る所が無い感じかな?お店も殆どないし、景色の良い場所も……全部動物のフンだらけで綺麗とは思えないなぁ。観光もそこそこに早めに中央広場に向かおうかな」
個人的にはガトラー…人を運ぶ辻馬車をメインにして商売していくつもりだが、向かった先々の街や村で工芸品やその場所の特産物をついでに買って他の場所に行商まがいな事をするのも悪くはないと思っているので、この機会に行商のノウハウを見学しに行きたいと思っていたのだ。
「……ん?」
ふと、そろそろ中央広場へ向かおうかな?と体の向きを変えると、少し先に何やら子供達が集まっているのが見えた。
……いや、別にこの村に着いてから何度か子供達が走り回る姿も見ていたし、そこに子供達が居ようと特に問題は無いのだが…少しばかり先程見た走り回る元気な子供達とは毛色が違うようだ。
―――ガスッ!
「…ったぁ……よくもやったなこの
「奴隷の癖に生意気だぞ!」
「…へん!だったらやり返してみろよ弱虫ども!口だけの田舎者!」
「「「田舎って言うなぁ!!」」」
……なるほど。どうやら、あそこで集まっている子供達は喧嘩の真っ最中らしく、10メートル程離れた俺の場所まで聞こえる程大声で罵倒し合っている様子。
見た所、中央で1人周りの子供達を『田舎者』と煽っているボサボサ髪の男の子?がその他の子供達と喧嘩相手をしているようだが……奴隷落ち?あの子は奴隷の身分の子なのか?
『……』
『…だわ……』
「……ん?」
ふと、何か話し声の様なものが聞こえ、チラリとそちらに視線を向ければ、俺と同じく喧嘩中の子供達の方へ目線を向けつつ何やら話し込む大人たちが見受けられた。
……あまり褒められた事ではないが、少し気になった俺は物音を立てずにその大人たちの元へ近寄ると何を話していたのかが聞き取れるようになる。
「…ったく、これだからよそ者を受け入れるのは反対だったんだ。死んだ冒険者の子なんてさっさと追放するなり、奴隷として売り出せばよかったのによ」
「だから村長が言ってたじゃない?奴隷として売るのには色々と決まりごとがあるから子供の所有権が移行する3か月間は売れないし、子供を追放して死なせた場合に国にバレたら罰則だってありえる。すぐにどうこう出来る問題じゃなかったのよ」
「…わぁーってるよ……まぁどの道今日で3か月、今日の行商で奴隷として売り出せるんだ。あんなこぎたねぇガキ見なくて済むんだったら俺はそれでいい」
「それはそうだけど……あの子達ってば喧嘩した後は必ず泥まみれで帰って来て、洗濯するのはあたし達なのよ?元気なのは良いけどせめて―――」
ふむ……先程の子供達が言っていた『奴隷落ち』と今聞いた大人たちの会話。あまり気分がいい物では無かったが、恐らくあのボサボサ頭の少年はこの【エココ村】ではよそ者……別の場所から移り住んできた冒険者一家の1人で、ちょうど3か月前に両親を亡くしたのだろう。
俺はまだ奴隷制度には詳しくはなく、奴隷を売る際の規則などはわからないが、親が死んだ場合の子供の所有権が3か月で【エココ村】、もしくは村の長である村長に移る法律?などがあるっぽいな。
…個人的には勝手に他人の子供を売るなんて非道が許されていいのか?とも感じるが、以前メルメス達に聞いた様に『なら邪魔な存在は殺そう』と判断されるよりも奴隷として売られ、新たな未来が見つかる可能性を残してあげた方が、子供にとっても国にとっても、そして村にとっても利益のある選択なのだと、もやもやする感情をぐっと飲み込む事にする。
「うぐぁ…!?」
「はぁ……はぁ……次、田舎者っていったら……こんなもんじゃすまさねぇからな!!」
「バーカバーカ!この泥まみれのうんこ奴隷!」
っと、いつの間にか、子供達の喧嘩もボサボサ頭の少年が倒されていて、他の子供達も服や顔を泥まみれにしながらどこかに去っていく。
「…くっそぉ……田舎者の馬糞ども…」
倒れている少年も負けじと罵倒を口に出しているようだが、すでにこの場から去っている子達には聞こえるはずも無く、ただの負け犬の遠吠え状態だ。
少年は、喧嘩に負けた事を悔しんでいるのか、よろよろと立ち上がった後は背中に哀愁を漂わせながらとぼとぼとどこかに歩き出していく。
「大丈夫か…?…って、やば!そろそろ中央広場に行かなきゃ!」
子供達の喧嘩で色々と考えていた所為で忘れていたが、そろそろ中央広場で御者のおっさんが言っていた行商が始まる頃だ。
是非とも商人見習いの俺としては実際に行商を見学したい。
未だにあのボサボサ髪の少年の事は気にはなるが、俺はすぐさま踵を返して村の中央広場へと走り出すのだった。
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