花便り
奥山いろは
花便り
春の知らせを運ぶ風が、ついさっき整えた髪を乱していく。菜の花の、鼻の奥をくすぐるような香りがして、一瞬顔をしかめた。僕はこの匂いが少し苦手なのだ。
目にかかる髪を手でよけて前を見ると、少し先でしゃがみこんで小さな花を摘む僕の恋人が見えた。すぐ側まで歩いていくと、摘んだ花を手にまとめて何とはなしに僕に話し始めた。
「ねぇ、どうして花言葉なんてあるんだと思う?」
まるで目の前の花に問いかけるように、視線を動かさないまま僕に話す君の顔は、この一面の春の花と合わさって、とても可愛らしく見えた。言わずとも、それを抜きにしたって綺麗な横顔だ
「考えたこともなかった、どうしてか聞いていいかな」
僕も倣ってしゃがみ、目線をあわせる。
「ひとって、ことあるごとに花を送るでしょう?あれって長々と言葉で伝えるよりも、一つ花でも渡した方が、思いが伝わりやすいのよ」
「そうかな、僕は花言葉なんて詳しくないし、分からない人にとっては、ただのその辺にある植物となんら変わりないんじゃないかな」
「君のそういうところ、正直でいいよね。客観的というか、社会的というか」
棘のある言い方をしたかも、と心配したが、嫌味を感じさせない笑顔を見て安心した。
急に立ち上がって僕に向き直ったので、少し顔を上げて応える。
「じゃあ、そんな社会的な君に質問。好きな人に花を渡すことって、どう思う?」
「そりゃまぁ、素敵なこと、なんじゃないかな」
僕の回答に、君は嬉しそうににこっと笑って応えた。
「そういう、誰かがしてきた素敵、を皆で真似してるんだよ。大昔のどこかの誰かが思いを込めて送った花を、素敵だなぁって、名前までつけて!」
からかうような笑顔で話しているが、どこかその言葉は真面目で賢いと感じさせる。そういう思慮深さが僕を釘付けにするのだ。
「でも、それが悪いだなんて思ってない。私たちは抱えてる思いを伝える手段が少ないから」
俯いた顔を偶然覗き込むような位置にいたからか、一瞬曇った顔を、僕は見逃さなかった。それをなんだか申し訳なく感じて立ち上がると、いつも通りの明るい笑顔を向けて目を合わせてくれる。
「だから、はい!」
これまで摘んだ花を僕に向けて、改まって話し始めた。
「これから、沢山、たくさん、この気持ちを伝えます。だから飽きずにそれに付き合って欲しいんだ」
「私の花を、受けとってください」
花便り 奥山いろは @iroha023
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