20 いらっしゃいませ、何名様ですか?

 カリダ亭で働き始めて数日。今はそこそこ客の賑わう昼時だ。

 今日の仕事場はカリダ亭の食事処、その給仕ホールだ。

 給仕はここ数日間パティエンテが配置されている仕事先だ。


「いらっしゃいませ! 4名様ですね。ではお席へ案内します」


「お嬢ちゃん、新入りかい?」


「はい。厨房のお手伝いをしながらこちらで働きはじめました」


 カリダ亭の浴場こそ近隣の住民も利用しているが、食事処は専ら冒険者が多い。

 ちょうど今入店した客も軽鎧に身を包んだ冒険者パーティだ。

 

「おっじゃあ仕事が終わった時でも一緒に――いでででっ!」

「こいつの冗談だから気にしないでね~」

「ごゆっくりお過ごしください」


 ローブに身を包んだ女性に耳を掴まれる男を見送り、空いているテーブルを片付ける作業へと向かう。

 この席は二人組の男性冒険者が使っていた席だ。

 なんというかまぁ汚い。


 皿の食べ残しにしろ、テーブルの上に散らばった料理にしろ。


(食事のマナーなんて必要性を感じませんでしたが、片付けるヒトの為でしたか)


 ドラゴンの時は一切気にしなかった食事マナー。

 獲物を狩って血の滴る生肉を好きなだけ食べると手頃な場所に放置するだけだった。

 一度集落の人間から腐敗臭がするとクレームが入ったからだ。


 パティエンテは気にならない臭いだったが、ヒトが言うのなら仕方がないと遠くへ捨てていた。

 その食べ残しも肉食の鳥や獣が掃除してくれていたし気にならなかったのだ。


 皿を積み上げ、軽々と運びながら思う。

 実際に当事者にならなければわからないものだ。

 散らばった食事や、テーブルにこびり付いたソースを落とすのは案外面倒なのだと。


「冒険者相手に怖気ないなんてやるじゃないか」

「みなさん、とても面白いヒトたちですね」

「はっはっは、そうだろうそうだろう!」


 藍色の髪を纏めた女性がパティエンテに声をかけた。豪快に笑う彼女の名はオリヴィエ。

 給仕ホールのまとめ役だ。


 見た目こそ三十も中頃に見えるが実際はもう少しだけ年嵩があるらしい。

 元冒険者で、体力に自信がなくなったからカリダ亭で働き始めたのだという。

 世間話でそんな話をしたわけだが(やっぱりヒトの見た目って難しい)とパティエンテは感じた。


「冒険者は気が荒いのだとか、粗暴なのが多くてねぇ。給仕はみんなやりたがらないからエンテが来てくれて助かるよ」


「そうなのですか。冒険者のヒトはみなさん元気でとても可愛らしいと思います」


「言うじゃないか!」


 やっぱりヒトは元気が一番だと思う。

 冒険者はその点、見た目でわかりやすかった。


「それにみなさん声をかけてくれるので、給仕はとても楽しいです」

「いいねぇいいねぇ!」


 飛んできた皿を頭を横にズラし、避けながらパティエンテは微笑む。

 背後でガシャンと皿の割れる音がした。


「ではお皿の代金を戴いてきますね」

「きっちり取り立ててやんな!」


 冒険者にとって喧嘩は日常茶飯事。

 店の備品が壊されたのは午前と合わせて本日3度目だ。

 さすがに今度は皿が割れない様にキャッチした方がいいかもしれない。飛んでくる皿を壊さない様に持てるのかはさておき。


「お客様、当店のお皿の代金をお支払いください」


「うるせぇ! 俺は今こいつと話してんだ!」


 掴み合いをしている冒険者二人組に声をかける。


「関係ねぇ奴はひっこんでろ!」


 もうひとりがテーブルをドンっと叩いた衝撃でグラスが落ちた。

 すかさず髪の毛でキャッチ。


「あら?」


 出来なかった。

 しゅるりと掴んだ瞬間にグラスは粉々に。力加減を間違えてしまった。

 髪は虚空を掴んでいるし、床にはグラスだったものがキラキラと輝いている。


(これは……壊してしまったのはわたくしなので代金の取り立ては出来ませんね)


 パティエンテはあからさまな自分の不手際にしゅんとする。

 失敗続きの機能と比べて今日は順調だった。だから改めて失敗という失敗が悲しい。


「さっきから一方的に言いやがって! 報酬の取り分がおかしいだろうがッ!」

「一人減って、ついてきただけのお前にこれ以上の報酬があるわけねぇだろ~!」

「なんだとッ!」


 おっといけない。仕事中だというのに悲しみに耽っている時間などなかった。

 テーブルに向けられていた拳が喧嘩相手に向けられている。

 このまま殴った殴り返したが始まれば邪魔だ。


「お客様、お話合いは外でお願いします」


 伸びた髪が冒険者の大男ふたりへと絡みつく。

 髪は手を動かすよりも力が入らないから、うっかり怪我をさせてしまう心配も少ない。


「魔物か!?」

「身体がう、動かねぇ」


 もっと力加減が上手くなればヒトと触れ合いたいと思う。

 激しく動き回るヒトを触るのは、強く握りこんでしまいそうでまだ怖かった。


 元婚約者・アルトスだってカッとなりはしたけれどそう力は込めて居なかったのだ。

 なのになった。


「お二人とも、いいですね」


 ヒトと話す時は笑顔が大切だ。嬉しい時も口角を上げるように習ったけど、ヒトは嬉しくなくても笑うらしい。

 パティエンテは口角をあげて、にこりと微笑む。


「わかった! わかったから放してくれっ」


「お店の中で暴れてはダメですよ」


 こくこくと頷くヒトを解放する。

 最初から外で話せばいいのに、と思うけれど。


「またのおこしをお待ちしております」


 会計を済ませ、早足で店を去る二人組にお辞儀をして見送った。

 周りからパチパチと拍手があがる。

 みんなで退店を見送っているんだろう、なんてパティエンテは思っていた。


「最初はヒヤヒヤしたもんだけどやるねぇ。エンテも元冒険者だったりするのかい? それとも宮廷魔導士どか」


「昔からじゃれあいは日常茶飯事な環境に居たので」


「その見た目でお転婆なんて面白いじゃないか」


 給仕の仕事はエンテ自身が思っていた以上に向いていた。

 ヒトと接するのが楽しいし、山盛りの料理を運ぶのだって苦じゃない。

 喧嘩の仲裁だけは傷付けないように細心の注意を払っているが、たいては間に入ると収まってくれる。


 ヒトの生活をパティエンテは満喫していた。

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