12 仕事はありませんか?

「では、早速ですが何か仕事はありませんか?」


 当初の予定通り、住込みで働くこととなったパティエンテ。

 「狭い部屋でごめんなさいね」と謝られたものの案内された部屋は日当たりもよく居心地のいい部屋だった。


 荷物などなくあるのは身一つだけ。

 それでいて疲れとは無縁であるパティエンテは部屋を確認するとすぐに仕事を申し出たのだ。


 ところが。


「元々今日はゆっくりしてもらう予定じゃったからのう……」


 困ったようにウォレロが頬を掻いた。


 カリダ亭は多いとはいえない従業員で回している。

 しかもフラーメン夫妻(ウォレロの姓である)を除けば他の従業員は短時間労働者ばかり。

 子育てをしている女性が中心となっている職場だ。


 よって、あらかじめ予定を立てておかなければ新人教育の時間など取れるはずもなく。


「それなら今日は街の散策をしようと思います」

「そうじゃ、それがええ。迷子にならんようにの」

「ご心配なく。もし迷ってもから戻ります」


 アリアは受付業務で冒険者の相手をするのに忙しそうだし、邪魔になってはいけない。


「夕刻迄には帰るんじゃぞ~賄いが待っとるからな」

「はい!」

 

 元気よく手を振り、パティエンテはカリダ亭から出ていく。



 故郷は大自然に包まれたドラグニア辺境領。

 遊びに行く先は単一人種で構成されたロースラグ城下町。


 外を知らないパティエンテにとってイラメントの街は新鮮そのものだった。


 まずは雑多に並んだ屋台。

 城下町でも露店はあったが、食べ物だけではなくよく分からない魔術品や武器まで売っている様に驚く。


 そして次に驚いたのは人種の多さだ。


 ロースラグ王国は白い肌と金髪のキラキラしたヒトが多かったがここは違う。


 パティエンテが姿を作るにあたり、モデルにしたのはヒューマーと呼ばれる世界に多く存在する人種である。

 そも、ロースラグ王国には二つの人種しかいない。ヒューマーの他に居るのは、鱗のあるヒューマーといった見た目の竜人ドラゴニュートだ。


 それがこの街はヒューマーでも様々な髪色のヒトが居るし、獣人と呼ばれる種族も多い。

 すれ違った大きな獣耳の冒険者は狼の獣人だろうか? そんな想像をしながら見渡していく。

 ただ歩いているだけで珍しいものばかりだ。


 とはいえ見た目は絶世の美少女なヒトヒューマーであるパティエンテとて注目を浴びているのだが。


(こんなにわたくしを見ているのに何故、話しかけてくれないのでしょう。わたくしから話しかけようにも話題に困りますね……)


 じろじろと見られているので見つめ返すと誰もがそっと目を逸らす。

 整ってはいるが、迫力のあるパティエンテの顔に小心者達は気圧されているのだ。


(けれどもよいのです。ヒトと話す話題は働きながら見つけるとしましょう)


 いつだってポジティブに。

 色々あったがくよくよしてはいられない。パティエンテは自身を振り返り学んでいた。


 腹は立ったがアルトスにフられてしまったのは圧倒的に会話が足りていなかったからだと。

 ヒトの姿になればきっと喜んでくれるだろう、なんてサプライズをしたのがいけなかった。


 それともうひとつ、モナルの言った言葉。

 

 『お前の自己満足に付き合わされて喜ぶとでも思っているのか』

 

 かなりキツいダメージを受けはしたものの、全くもってその通りだった。

 だからこそ、今度はしっかりと会話をして歩み寄ろうと胸に刻んでいたのだ。


 街を知れば自ずとヒトをよく知ることも出来るだろう。パティエンテはまだ、ヒトをよく知らないのだ。

 今度こそ生涯の伴侶を見つける為に。


 ドラゴンの年齢をヒューマーに換算するとパティエンテはだいたい16、7歳ぐらい。

 今の彼女はヒトと同じく恋に夢見る少女そのものだった。

 

 るんるん気分で街を闊歩するその背中に向けられるもの。

 ひそひそ声や周囲の視線など、全く気にならなかった。




「ダーリンっあの子を見ちゃダメよ!」


 男の視線がパティエンテに向かったところ止められた、まさにその場面。

 

「どうしたんだいハニー? 嫉妬かい? 安心しておくれよ、僕は君しか見ていないんだから」

「違うの! あの子、なんかヤバいわ。とにかく近付くのもダメよ!」


 ヒューマー男性と人型の猫のような獣人女性のカップル。ふたりはペアで依頼を受ける冒険者だ。

 熱々っぷりに周囲からはウザがられているが実力は折り紙つきのふたりである。


 とくに女性の方は獣人特有の勘の良さにより幾度もの危機を退けてきた。

 その彼女が全身の毛を逆立てて警戒している。

 本能の部分で赤髪の少女パティエンテを見るとぞわぞわするのだと。


「ああ、なるほど。君がそう言うのなら近づかないでおこう」


 男はしっかりと頷き、意図的に視界からパティエンテを消した。


「そうだ、ランチは2番街のブックリーヴなんてどうだい?」

「流石ねダーリン! ちょうどあそこに行きたいと思っていたのよ」


 冒険者の基本は危うきに近寄らず、だ。

 実力に見合った動きをしなくてはならない。それが出来ない奴から死んでいく。


 だから今もパティエンテをじろじろと見ている冒険者は二択だ。

 自分の実力に気が付かない者か――或いはよほど自分の力に自信があるかだ。

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