8 キラキラはいりませんか?

 玄関前にて街へ行く為の最終確認をする。


 モナルの家は最寄りの街――イラメントから徒歩で1時間半程の場所にある。

 ちょうど魔の森との中間地点だ。


 渡されたものは一週間ほど生活出来る金銭と、着替え。

 着替えに関しては雇った人間に買わせたというが、それにしても至れり尽くせりだ。


「ここまで親切にしていただけるだなんて」


「お前が思ってるような親切じゃないよ。俺は穏やかに暮らしたい。

 不審者を招き入れて仕事を増やしたくないだけだ。――わかってるな?」


 はい、とパティエンテは頷いた。


「もちろん、街では大人しく過ごしますとも。わたくしは北の村より出稼ぎにきたエンテですもの」


 ひとつ、モナルとパティエンテは約束をしていた。

 それはロースラグ王国から来たという出自を隠すことだ。


 鎖国をしているかの国から来たということは訳ありだと公言するようなもの。

 役人に目を付けられたくなければ目立つなという理由だ。


「あなたに迷惑はかからないよう努めます」

 

「是非ともそうしてくれ。こんな街はずれには住んでるけど、一応街の役人も兼ねてるんだよ。面倒事は困る」


「モナルは薬師だけではなく官職でもあったのですね」

「親から渡されただけの、名前だけの地位だけどな」


 それも下っ端も下っ端だとモナルは自嘲した。

 特に仕事のない役人とはいえ街の異常を放っておく訳にはいかない。

 だからこそ、パティエンテ異常を見なかったことにしたのだ。


「先に渡しておきます。こちらを受け取ってください」


 ごそごそとポケットから取り出したもの。

 紅玉の首飾りをモナルへ手渡した。


 常に身に着けていては命ごと獲られかねないと、見えない場所で持ち歩くよう言われていた首飾り。


「おい、これ!」

「街で私を助けてくれるヒトへの対価として渡そうと考えていましたが、あなたが受け取るべきものです」

「――!」


 モナルの口がぱくぱくと動いた。声になっていない。

 手渡したはずの首飾りが両手でパティエンテに突き返された。


「いいか、街でも絶対にこれを見せるな」

「見せるなと言われましても、あなたに渡したものですよ」


「いらん! 換金するとしても、街での生活が落ち着いて基盤をしっかりさせて――いや、そもそも絶対に売るな。争いの火種になる」

「だからこれは、あなたに――」

「絶対にいらない」


 駄目だ。なんど渡そうとしても突き返される。

 無理矢理モナルの手に握らせることも出来るが、パティエンテの力では骨ごと粉砕しかねない。


 彼女基準で脆い人間相手には強く出られないのだ。


 渋々とパティエンテは首飾りを己の手に戻した。


「無欲は身を滅ぼしますよ」


 まったく、やれやれ。

 わざとらしくパティエンテは肩をすくめて見せた。


 渡すと言っているのに何故受け取らないのか。


 何故、最近のパティエンテは疑問を抱いてばかりだった。


「お前が言うな! これの価値をわかっているのか?」

「キラキラでとても良いものだとわかっています」


「おまっ!……はぁ、スゥ――」


 何かを言いかけたモナルは言葉を止め、深呼吸する。

 自分を落ち着かせる行動ですね。パティエンテは頭の中でそんなことを考えていた。


「家が何軒も……いや、下手をすると城が建つぞ」


 パティエンテが思っている以上に貴重なものだったらしい。


 ドラゴンは金銭的な価値をあまり重視していない。宝石や煌びやかなものの貯めこみはドラゴンの習性。

 加えて収集基準は自分が気に入るか、それだけである。


 この首飾りをパティエンテはとても気に入っていた。

 キラキラしていて美しく、見ていると心が落ち着く。


「父から渡されたものなのですが、これは凄いものなのですね」

「やっぱりいい所の娘か……」


 独り立ち祝に渡された紅玉の首飾り。

 娘の餞別に送ったもので、父竜も金銭的価値を理解してはいないだろう。


「しかもそれ、魔石の類だろ。ただのルビーでもその大きさと色じゃ桁が変わってくるっていうのに」

「魔石であったとは知りませんでした」


 紅玉の首飾りをぷらぷらとかかげて光に反射させてみる。

 ああ、とても綺麗だ。

 軽く振る度にモナルはハラハラとしていた。


「魔力の波長的に癒しの効果がありそうだな」

「見ていると綺麗で癒されますからね」


「そうじゃなくて……まぁいい。持っていれば回復力が上がる宝石だと思っておけ」


 ともかく、お気に入りの首飾りはヒトに見せない方がよいのだと理解した。


「追い詰められた奴が縋りたくなるような逸品だぞ、それは。むしろそれ目当てに血が流れる」

「なるほど?」


 争いの火種になるのはよくない。

 ポケットへ首飾りを突っ込む。


「けれども困りましたね。私があなたから受けた恩を返すには、一番気に入っているものを渡すしかなかったというのに」

「ここからさっさと出ていってくれるだけで十分な恩返しだよ」


「まぁよいでしょう。しっかりとした恩返しは必ずしますので。なにしろ今の私は無一文ですからね!」


「本当にな!」


 むしろ恩を受けている真っただ中である。

 しかも今から街へ送ってもらうところだ。


「街へ行ったら何かしたいこととかあるか?」


「そうですねぇ。生涯の伴侶を見つけたいと思います」

「ふざけているのか」


 本気で言っているのに。


 今度こそ、パティエンテのなりたい姿を好いてくれる番が欲しい。

 生涯を共にするヒトを探したい。


 だからこそ人間が多く住む街に行きたいのだ。


 どうしたら本気が伝わるのかを悩んでいると、モナルはまた溜息を付いた。


「……わかった。とにかく、住み込みで雇ってくれそうなところは紹介する。後は勝手にしろ」


「ありがとうございます」


 街に行ったらやりたいことがもうひとつ。

 この優しいヒトに恩返しがしたい。


 先ほどは恩返しを断られてしまったから、今は言わない。


 ドラゴンは情が深い種族だ。

 愛情や憎悪、全てにおいて。


 やられたことを全て覚えている。してくれたことも全て覚えている。

 パティエンテはモナルに対し、かつてない大恩を感じていた。


 森の中で倒れていたよくわからない存在を助けたその行為が、ひたすらに尊ぶべきものだと思ったのだ。


 ――あの時、大人しく首飾りを受け取っておけばよかった。


 後にモナルが発する言葉である。

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