7 旅行はお好きですか?
朝日の眩しい早朝。
昨夜はまた寝室を貸してもらっていたのだが――起きてすぐ身支度を整えると一階のテーブルにて顔を合わせていた。
ちなみにパンとハムエッグという朝食付きである。
うっとりとパンを頬張るパティエンテに対し、モナルが口にするものは独特な香りのする飲み物――珈琲だけだ。
「お前は魔の森を越えて来たと……? その言葉が正しいのなら、あのロースラグ王国の人間か」
その言葉が正しいのなら。
そう言ったモナルの瞳には確かな疑念が宿っていた。
「
魔の森とはなんぞや。聞きなれない単語だ。
パティエンテは小首を傾げて見せた。
「魔の森は通称だよ。よっぽど運が良くないと生きてロースラグ側に辿り着けないだろ」
先住民は別として、とモナルは補足した。
アルミラ大森林はちょっとした小国程度の規模を誇る山々からなる大森林である。大森林を抜けるには休まずに飛び続けても丸一日かかるほど。
ドラゴンからしてもわざわざ超えようと思えない土地だ。
魔獣が跋扈し、整備されていない森を抜けてロースラグにやってくる人間はまずいない。
ロースラグでさえ、森に住まうエルフといった種族とほそぼそと取引をする程度であまり関りがなかった。
そんな魔の森に居た女をモナルは不審に思っているのだ。
ここでモナルの不信感を募らせるのは得策でない。だが、パティエンテには彼を言いくるめられるような腹芸など出来ない。
「そうでしたか。私はよほど運が良かったので越えられましたが。不思議と魔獣といえば蛇ぐらいにしか出会わなかったので」
だから、そういうことにしてしまおう。無理やりでも言ったもの勝ちだ。
出会った蛇はただの蛇とは言い難い大きさであったが、なにも詳細に伝えずともいい。
さらりとパティエンテはのたまった。
「はぁ……なら、何かドラゴンの祝福でも貰っていたのか。ロースラグにはドラゴンが居るんだろ」
おや? 以外にも納得したような雰囲気。
パティエンテは内心でしめた、と思う。遠からずといった理由だ。
彼女自身がドラゴンであるので、祝福そのものと言えるのだが。
「おそらくそれですね。多少なりとも関りがありましたので」
ドラゴンの祝福と呼ばれるそれ。
竜の魔力や匂いなどを纏わせると、本能的な恐怖によって魔獣が寄り付かなくなるもの。
旅人からはありがたがられるが、ロースラグにおいて狩人からは「頼むから近づくな」と言われている。
人間の獲物さえ逃がしてしまう程だ。
「ここはミネルウァ公国ですよね。そちらにドラゴンは居ないのですか?」
「東方の龍皇国かあんたらの国ぐらいにしか居ない。居たら大騒ぎだぞ」
なんと、ロースラグ以外ではドラゴンはレア種族だったらしい。
自身もドラゴンであるし、人化魔法を完璧に扱えるドラゴンはよく王国内を散歩していたので驚きを隠せない。
「王都でお店をやっているドラゴンとかも居るんですけどね」
「想像も出来ないな。見てみたい気もするが」
特殊個体とはいえ居るには居る。
「よいところですよ、ロースラグは。あなたと同じように親切なヒトがたくさん居るので、是非とも旅行にいらしてください」
きっと楽しい旅行になるだろう。
そう思って告げたのだが、モナルは大きなため息をついた。
「ため息ばかりついていると、幸せが逃げるそうですよ」
これも善意で言ってみたのだが鋭く睨まれる。
「そっちの国ではどう教えられてるか知らないがな、ロースラグ王国は千年単位で鎖国中だよ」
「そんなっ。ですが、海からの貿易品などはあるようですが」
「海路の貿易だけだ。アルミラ大森林と、ドラグニア領に守られて普通の人間は近づけないんだよ」
モナルがじっとパティエンテを見つめる。
「――だから。明らかに訳ありなお前と関わってもろくなことにない」
不審者に対する目つきだった。
熟練の冒険者でも越えられぬほどのアルミラ大森林。それを身一つで越え、血濡れで倒れていた女。
おまけにロースラグ王国から来ただなんて。
怪しいことこの上なかった。
「金も渡す。街で信用できる人間も教える。今日中にここから出ていけ」
「どうしてもですか」
「……俺はお前の事情を聞かない。興味もない。関わるだけの理由がない」
ぴしゃりと言い切った。
無愛想に並べ立てるモナルには取り付く島もない。
出ていけと言われたパティエンテであるが――
「なんだそのニヤけ面は」
自分でも気付かぬうちに頬が緩んでいた。
「あなたは親切なだけではなく、優しいヒトなのですね」
「はぁ!? お前は何を聞いていたんだ。こっちは追い出しにかかってるんだぞ」
心底理解できないと言うように顔をしかめる。
にこにこと常に笑顔のパティエンテと違って彼は常に不機嫌そうな顔だ。
「私をここまで運び、そして私の事情を聞かないだけではなく、街へ行く為のお世話までしてくれるだなんて。
親切と言わずしてなんとい言うのでしょう」
魔の森ことアルミラ大森林の端の方に居たとはいえ、この家まで運んでくれたのだ。
体内魔力の整い方からして、薬を飲まされたのかはわからないが治療までされているはず。
「それに、私の事情を聞かないとあなたは言いました。無関心である優しさもあるでしょう」
面倒を見た上で無理な対価も要求しようとしない。
どこをとっても親切で優しいヒトだった。
「……ぅ」
モナルの視線が宙を彷徨った。
「どうかしましたか?」
急に黙り込み、顔を両手で覆ったモナルをパティエンテは心配する。
彼の浅い褐色の肌は赤くなった頬を目立たせない。
「なんでもない」
「ならばよいのですが」
そもそも、照れると顔が赤くなるヒトも居るとパティエンテは知らなかった。
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