第26話 お見舞いですか?
フラウムが自宅に戻ると、お祖母様が抱きしめてきた。
「無事でよかったわ」
「お祖母様のお陰ですわ。図書室で適切な本を読んでいなければ、わたくしも怪我をしたかもしれません」
「役に立ってよかったわ。お茶を淹れて差し上げたいけれど、体が冷え切っているわ。お風呂に入っていらっしゃい」
「はい、お祖母様」
フラウムは図書館で借りた本を部屋に置き、白衣を脱ぐと、着替えを持ってお風呂に向かった。
お祖父様が広いお風呂が好きなので、大浴場に湯が貯められている。
上質なシャンプーとトリートメントで髪を整えて、ボディーソープで体を洗う。
シャンプーもトリートメントもボディーソープもプラネット侯爵家の研究塔で研究されて市販用に発売された物だ。
医者と薬学の専攻がある。
魔力の力を測定され、結果的に専攻を分類される。
戦闘能力が強い者は、屋敷の騎士として雇われる。
フラウムは、一度も魔力の測定はされたことはない。
3年前は、自分で家出をしてしまったので、プラネット侯爵家とは無縁だった。
母もフラウムに緋色の血筋を意識させていなかった。
けれど、フラウム自身は、医術に興味を持っていた。
なので、時々、祖父に医術を習っていて、母の本を読んで勉強をしてきたのだ。
お風呂から上がって、裾の長いワンピースにニットのカーディガンを羽織った軽装で、祖母とお茶を飲んでいると、扉がノックされたようだ。
使用人が慌ただしく、駆け込んでくる。
「皇太子殿下がお越しです」
そう告げる後ろには、既に、シュワルツは来ていた。
「フラウム、怪我はどこにした?顔は大丈夫そうだな?手か足か?」
シュワルツはフラウムを抱き上げると、カーディガンを脱がせて、袖を捲って、そこに傷がないと、スカートを捲ろうとしてくる。
「シュワルツ、落ち着いて。わたくしは怪我をしていません」
「それは、本当なのか?クラスの全員怪我を負ったと聞いた。女の子が二人顔に怪我を負ったと聞いた。心配で、急いで来たのだ」
確かに、急いで来たようだ。
シュワルツは、隊服を着て、今まで仕事をしていたような雰囲気だ。
「確かにクラスの女子、二人は、大怪我をしましたが、わたくしはどこにも怪我はしておりません」
「ああ、よかった。ずっと心配しておった」
シュワルツは脱がしたカーディガンを羽織らせてくれた。
「会いたかったぞ、フラウム。まだ疲れで寝込んでいるものだと思っておった。元気だったなら、もっと早く顔を見にこればよかったな」
お祖母様は微笑んで見ている。
(恥ずかしい)
「シュワルツ、お茶を淹れましょうか?」
「ああ、懐かしいな。フラウムの淹れたお茶を飲みたいな」
「こちらの椅子にどうぞ」
暖炉のあるリビングの椅子に、シュワルツを座らせて、使用人が淹れようと準備していた茶器を使って、紅茶を淹れる。
「雪は降っていませんでしたか?」
「降っていたが、積もるほどではないかと思うぞ」
「馬で来たのですか?」
「ああ、ここは、門番が喧しくて、すんなり入れてはくれぬ。早く、嫁に来てくれ」
「まだ早いわ。わたくし、お妃教育を途中で投げ出していますもの。それに、ここには、お母様がいるのよ。もう少し、甘えさせて」
シュワルツは、眉を寄せた。
「母を救わなければ、未練が残って結婚できないと言ったぞ。未練はなくなったはずだ」
「甘えたい盛りなの。それに、医術をもっと習いたいの」
「フラウムが腕の中にいないと、寂しくて仕方ないのだ」
美しい器に紅茶を入れて、銀の匙を添える。
テーブルに祖母の分も置いて、フラウムはシュワルツの隣に座る。
「フラウムは寂しくないのか?」
「寂しいわ。でも、今の生活も楽しいのよ。シュワルツ、まだ仕事が忙しいのでしょう?今、シュワルツの元に行っても、わたくしは一人で寂しく、シュワルツが戻ってくるのを待つのよ。寂しい思いはしたくはないの」
シュワルツは、グヌヌと反論できないようだ。
シュワルツは、今、非常に忙しい。
謀反を起こした者の取り調べと、その者達の今後を考えている。
腕は立ち、信頼を置ける者達だった。
処刑で済ますには惜しい存在なのだ。
まだ薬の効果が残っているのか?そこも心配でならない。
許して、また攻撃されては困るし、殺してしまうのも惜しい。
「私の元には、全て怪我を負ったと報告が来たのだ」
「今日は解剖が行われたのです。この間、わたくし達を襲った者達でしたわ。わたくしが担当したのは、わたくしが雷で攻撃した者でした。頭に火傷と頭蓋骨に骨折、脳出血を起こしておりました。血を調べたら、PHが0でしたの。強酸性ですわ。思いあたるのは塩酸とか硫酸ですわ。傷の具合では硫酸のようでしたわ。血が硫酸になっていたのですわ。薬物で死人のような者でも立ち上がり攻撃して参りましたわ。薬物は、最後は硫酸になって、最後まで攻撃してきたのですわ」
「血が硫酸に変化したのか?それが薬物の後遺症なら。私の近衛騎士や騎士団も、反逆の恐れがあるなら、血が硫酸になっていてもおかしくはないと言うことだな?」
「それは、分かりませんが、この間、攻撃してきた賊達の血は、皆、硫酸になっておりました」
「私の部下の血を調べよう」
「お祖母様、どうでしょうか?」
「そうね、それがいいと思うわ」
「お祖母様は近い未来予知ができるそうですわ」
「時々、外れるわ」とお祖母様は笑っている。
「それは素晴らしい力だ」とシュワルツは祖母を褒めた。
「フラウム、もう少し、街を案内するのは待っていて欲しい」
「ええ、いいわ。わたくしもやることがありますから」
「フラウムを愛している。気持ちは変わっていないぞ」
「あなた、お祖母様の前で、恥ずかしいわ」
「フラウムは心変わりをしたのか?」
「していません。あなたを愛していますわ」
「シュワルツと呼んでくれ」
「甘えん坊になってしまったわ」
シュワルツは、フラウムを膝の上に抱き上げると、頬を寄せる。
「連れて帰りたい」
「シュワルツには、やらなければならない仕事があるわ」
「ああ、そうだな。そういえば、母君が、面会はいつでも構わないと言っておった」
「お母様にお伝えしておきます」
「週の5日目は空けておく。母君との面談の後は、私と少しデートをしようぞ」
「ええ、分かったわ」
「今は、母君に甘えなさい。一生懸命に救った命だ」
「シュワルツ、ありがとう」
シュワルツは祖母に遠慮して、キスは頬にした。
フラウムの祖父と母が帰宅して、シュワルツは食事に誘われたが、今回は遠慮して帰って行った。
連絡なしの訪問は、失礼になる。
紳士的に振る舞って、馬に乗る前に、フラウムの唇を盗んで馬に跨がった。
「待っておる」
「はい」
フラウムは暗がりでよかったと思いながら、火照った頬に触れた。
馬は、あっという間に行ってしまう。
フラウムもシュワルツに会えなくて、寂しいのだ。
きっと、今日は、心配して急いで来たのだろう。
その優しさも大好きだ。
この心が消えていなくて、よかった。
フラウムは舞う雪を見上げて、母に呼ばれた。
「早く、戻ってきなさい。怪我をしなくても、風邪を引いたら大変でしょう」
「はい」
フラウムは、暖炉に少しあたって、体が温まると、家族で食事が始まった。
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