第17話 諜者は誰だ?
「不思議ですね。どうして、あの宿場町が狙われたんでしょう?」
フラウムは、何気なく口にした。
「元々は、前の宿場町に泊まる予定だったのを、夕方、シュワルツがよく眠っていたから、先の宿場町に変更したのよ?狙っていたのなら、前の宿場町だと思うの」
シュワルツは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「もしや、諜者がいるのかもしれぬ」
「諜者ですか?お父様みたいな?」
「元々、私は諜者に狙われ狙撃された。フラウムが命を助けてくれなければ、この命、いつか果てていたかもしれぬ」
シュワルツと出会った時の事を思い出したフラウムは、小さく頷いた。
彼は、命を狙われていた。だから、家に結界を張り、見えなくなる魔法を何重にもかけ続けた。
「ねえ、あなた。見えづらくなる魔法をかけてもいいですか?わたしも緋色の一族だと知られると誘拐されるとお祖父様が言っていました」
「ああ、かけてくれるか?」
「はい」
フラウムは、呪文を唱えると、シュワルツと自分に魔法をかけた。
「これで顔が曖昧に見えるようになったはずですわ。あと、言葉ね、村娘、村娘」
フラウムは言い聞かせるように、何度も口にしている。
「フラウムは、水晶魔法以外も魔法が使えるのか?」
「はい、お母様が持っていた本を読んで覚えました。水晶がなくても、魔法は使えます」
「自分で本を読んで覚えたのか?」
「はい、お妃教育から帰宅してから、食事の時間まで、時間がありましたから、その時間に魔法の本を読んでいました。治癒魔法は、母がなかなか教えてくれないので、祖父に教えていただきました。時々しか、祖父の家には行けなかったので、本当に最低限ですが。あとは、母の持っていた医学書を部屋に持ち込んで、寝る前に読んでいました。慧眼と魔眼はお妃教育で習ったので、家で自主練しました」
「まだ幼い身で、慧眼や魔眼を習ったのか?」
「触り程度でしょうか?母が持っていた魔法の本を読んでいました。母もお妃教育を受けたと聞いたことがあります。わたくしが持っている物より専門的な物が多かったのですわ」
「フラウムの魔法は、本の知識が多いのだな?」
「そうですね。目にした物や耳にした物を確かめたかったのですわ。キールの村では話し相手もいなかったので小鳥や犬や猫とお話をするのも楽しかったですわ」
フラウムはその頃を思い出したのか微笑む。
シュワルツはお妃候補に、魔力の強い候補がいると噂で聞いていた。フラウムの名前は知っていたが、会ったことはなかった。
皇太子にならなければ、会うことが許されない妃候補は、母君が手塩にかけて育てた我が子同然なのだ。
フラウムの母親を生き返らせた事で、巻き戻しの3年がフラウムに訪れて、フラウムは、3年のうちにその倍の年数、キールの村でシュワルツを待つことになった。
なんと愛おしいことか。
それにしても、またしても謀反が起きた。
第二皇子が謀反を働き、シュワルツを亡き者にしようとした事が、既に皇帝に知れ渡り投獄され、公開処刑が決まっている段階で、まだ第二皇子を支持する者がいるのか?
それとも、また違う派閥か?
フラウムの父も諜者だった。
皇太子は、皇帝の命令によりシュワルツに決定している。
今更、皇帝の言葉を覆す者がいるのか?
シュワルツがいなくなれば、跡継ぎは、魔力の低い皇子達の誰かになる可能性もある。
まるで、フラウムの父親が言っていた弱い帝国を作れと操作されているようで、気持ちの悪さも感じる。
幼い頃から、命を狙われていたシュワルツに、今まで、これほどの危機は起きなかった。
シュワルツの護衛は今まで完璧だった。
食事は毒味が必ず付き、近衛騎士も身元の確かな者が着任していた。
今度は誰が裏切った?
早足で歩いていて、ハッとする。
隣に歩いていたはずのフラウムがいない。
「フラウム」
「……はい」
立ち止まると、後方からフラウムが駆けてきて、息を切らせている。
「すまない。少し、早足だったな」
「わたしが遅くて、ごめんなさい」
「少し、休むか?」
「大丈夫。でも、もう少しだけ、ゆっくり歩いてくださる?追いつけなくて」
「手を繋ぐか?」
「咄嗟に魔法が使えなくなるわ」
呼吸が整うと、フラウムが、歩き出した。
今度は、フラウムの歩みに合わせて歩き出す。
16歳のフラウムと21歳のシュワルツ。身長差はかなりある。
歩く速度が違って当然だ。
まだフラウムは成長期だ。
今でも十分に美しいが、これから、もっと美しくなるだろう。
我が帝国では、デビュタントは16歳の誕生日を迎えてからと決められている。
乙女が一人前のレディと認められる年齢が16歳になっている。やっと恋愛結婚を許される年齢になったのだ。
政略結婚は家同士の結婚で、許嫁として将来結婚をするという約束をする。それは生まれる前でも行われる。
フラウムは政略結婚の相手でもあるが、今は、互いに愛し合っている。
シュワルツは宮廷に戻ったら、父君や母君に、正式にフラウムを結婚相手にとお願いするつもりでいる。
「馬車は追って来ないですね。皆さん、無事だといいですけれど」
フラウムは、背後を気にする。
「明るくなるまでに、できるだけ遠くまで歩こう」
「はい」
「テールの都から、迎えが来ている可能性もある。途中で合流できるといいのだが」
「わたし達、無一文だわ。お金は旅行鞄に入れてしまったから、手元にないの。宮廷に着くまで、食べるのも我慢しなければならないわ」
フラウムは細く息を吐き出した。
「お腹が減ったか?」
「ええ、今日のお昼は、いらないと言ってしまったの。あなたも食べてないでしょう?眠っていたもの」
「眠っていたお陰で、私はあまりお腹は空いていないが、そうだな、夕食も食べていないな」
シュワルツはコートの内ポケットを探って、ニッと笑った。
「多少は、持ち合わせはありそうだ」
「よかったわ」
「朝まで、頑張ろう」
「ええ、頑張るわ」
意気消沈していたフラウムの表情が明るくなる。
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